第31話 Non Enemy,Keep Own
その日の夜。俺はレイとエマを見守りながら、琴音のベッドで独り思案に耽っていた。
『そもそも何故、スティエラは俺を猫に転生させたんだ?』
人間の観察が目的であるならば、あえて異種にする必要はないはず。むしろ、悪手と言えるのではないか。
『記憶を中途半端に残しているのも理解出来ん。……懊悩する人間を学習するためだとしたら、悪趣味だな』
部屋の暗さに未来が重なり、自然と溜め息が漏れる。さしずめ、腹心の闇討ちに遭った気分だ。
『そういえば……しきりに「猫に会わないか」と持ちかけられたな。それがこの猫なのか? ……いや、早合点は禁物だ。どうにかして、小鳥遊兄弟に確認をとらねば』
目蓋を閉じ、今日一日の振り返りを開始する。すると早速、一つの疑問点が浮かび上がった。
『ここに来て、レイを人に
……ならば乗ってやる。
やがてペンは、エマの2字で立ち止まる。彼女は琴音が眠りにつき、入れ替わるように現れた存在だ。それは、つまり――
『……まさかとは思うが、“人間の真似事”をしているのか? 俺が魚を捧げたように、奴は琴音を生贄にして――』
唇を噛み締めた直後。ベッドの端がもぞもぞと動き、エマが顔を覗かせる。
「ナァン?」
「……っ。すまん、起こすつもりはなかった。気にせす寝ていてくれ」
「ンニ」
「違う、ここではない。手狭かもしれんが、向こうの猫用ベッドで――」
しかしエマは言うことを聞かず。ベッドに上ると、俺の隣で身体を丸めた。彼女の寝息に運ぶのも
『数時間、あれほど怯えていたのが嘘のようだ。……ん? 前にもこんなことがあった気がするな。前世の記憶だったか……?』
だがいくら遡れど、それらしい過去は見つからず。ただ、エマから発せられる眠気が這い寄るばかり。「せめて思い出すまでは」と抵抗するも、程なくして――答えに辿り着く前に、俺の意識は遠のいた。
◇◇◇
そして、翌日の午前10時頃。膠着状態かと思えた事態は、一気に進展する。
「さあ、着いたよヨスガくん。ここが彼女の眠る部屋だ。あまり長居は出来ないから、手短に頼むよ」
俺はシンプルな私服を着た小鳥遊兄に運ばれ、病院を訪問していた。……否、侵入していた。宿泊セットを装うボストンバッグは、俺の身体にはやや小さく。ファスナーの隙間から頭を出すと、小鳥遊弟は声を殺して笑った。
「では凜太郎。後はお願いしてもいいかな?」
「おう。カンペキに“けなげな弟”を演じてみせるぜ!」
力強く胸を叩く弟に、兄は微笑み。そして俺ごとボストンバッグを床に置き、足早に退室した。次いで弟はリュックを下ろすと、ドアの向こうをきょろきょろと見渡し、出入り口を塞ぐように仁王立ちする。
それは弁慶さながらの頼もしさなのだが、着ている服装が故か、どう見ても空き地を陣取るわんぱく小僧にしか見えない。小さく笑い返してやりつつ、4本の脚で純白の床に立つ。
『よし――始めるか』
俺はリュックに駆け寄り、ファスナーの引き手を噛んで端まで下ろす。するとエマは、待ってましたと言わんばかりに飛び出した。
「ナ〜」
「長い時間閉じ込めてすまなかった。体調に変わりないか?」
「ンニ」
「そうか。ならば、早速で悪いがついてきてくれ」
エマを引き連れ、堂々と窓際まで向かう。琴音を囲うカーテンの他に、病床は無く。道中視界に入るトイレや風呂を見ていると、まるで手狭なワンルームに居るようだ。
『……この向こう側に、琴音がいるのか』
数十秒ほど歩き、到着した悲願の現場。一切物音のしない空間に固唾を呑みつつも、先陣を切ってカーテンを潜る。
「琴音!」
カーテンを抜けるや否や、ベッドに飛び乗り、彼女の顔を覗き込む。――その直後、俺は言葉を失った。
「っ……」
生気はなく、少し頬の辺りが痩せた少女の顔。そんな彼女は腕に管を刺され、口に透明な蓋をされ、傍らの機械に命を預けていた。
『……あれだけ寝相が悪かった琴音が。寝返りも打たず、静かに眠っている』
そこにかつての面影は存在せず、見知らぬ肉体がただ維持されているだけのように見えた。
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