第23話 瞳に映る輝きは

 時は過ぎ、いよいよ花火大会当日になった。リビングには疲労気味の琴音と、着付けを仕上げる彼女の母の、取り留めのない会話が広がる。


「ふう……浴衣って結構暑いんだね」

「そうねぇ」

「歩くのも大変そうだし、途中で脱げちゃいそう」

「かもしれないわねぇ」


 帯や花飾りがテーブル上で待機する中、「天気は快晴、最高気温は35℃。風もほぼ吹かなければ雨も降らない、まさに絶好の打ち上げ日和です!」と、ニュースキャスターは嬉しげに話していた。すると同調するように、微笑みまじりの声が聞こえてくる。


「でも――こんなにテンション上がるの、洋服じゃ絶対ムリ。髪飾りも巾着も、お祭りの一部みたいでかわいいし。……どうしよ、もう楽しくなってきちゃった」

「ふふっ、そうね。――よし、完成よ。早速お披露目してきなさいな」

「うん!」


 着崩れぬうちに、二階堂らのもとへ向かうのだろうか。疎外感に丸まっていると、背中をトントンと叩かれる。振り返ると、薄いピンクの花を散らした琴音の姿があった。


「ヨスガ、見て見て! ……似合う?」

「――ああ。まるでプリンセスのようだ」


 本心からの言葉を贈ると、琴音は照れくさそうに髪飾りを揺らした。


◇◇◇


 そして浴衣姿の琴音は、昼間に玄関に立つ。俺とレイ、二匹による愛らしい見送りだ。


「それじゃふたりとも、行ってくるね。あと……一緒に行けなくてごめん。花火、見たかったよね」

「気に病む必要はない。それより、道中気をつけるんだぞ。窃盗に誘拐、盗撮や痴漢等々……僅かな違和感だろうと見過ごさず、周囲の大人を頼れ。そして――俺達の分まで楽しんでこい」

「ニャアニャ」

「うん! 動画とかヨーヨーとか……とにかく、お土産たくさん持って帰ってくるから!」


 軽快な施錠の音を聞き届け、レイと無人のリビングに戻る。――「何故誰もいないのか」? 琴音の母も、「買い物してくるわね」と何処かへ行ってしまったからだ。


「さて、俺達は何をするか」

「ニャ」

「“猫じゃらし”か、良いだろう。……今度はを獲ってくれるなよ」

「ニャン!」


 部屋の隅の玩具おもちゃ箱から猫じゃらしを取り出し、ソファーに飛び乗る。そうして竿を咥え振ると、レイは全力で応えてくれた。こちらも真っ向から受け止めるべく、追撃の手を間一髪で避け、彼女の背中に魚を乗せる。


「ンナニャ……!」

「フッ、上体を反らして手繰り寄せるか。強引だが悪くない。ならば――!」

「ニャ……!?」

「これはどうだ!」


 竿を旗のように振り上げ、魚を空に泳がせる。その間は僅か数秒。しかし流石に予想外だったのか、レイは目を丸くして固まってしまった。だがすぐに身体を低くし、魚めがけて飛びかかる。そして――


「ニャン!」

「……驚いた。さながら鳥を狩る獅子ではないか」


 見事、魚はレイの牙に捕らえられた。


◇◇◇


 やがて一段落し、揃ってソファーでくつろいでいた頃。ガサガサという物音が玄関口から聞こえ、レイの耳がピンと立つ。間もなくドアを開けたのは、はち切れんばかりの買い物袋を提げた、琴音の母だった。


「ただいま〜。ふたりとも、元気にしてた?」

「ニャニャンニャ」

「ふふっ、お迎えありがとう。レイちゃんの好きなピューレ、追加で買ってきたわよ」

「ニャン! ……ミャ〜?」

「あらあら、今すぐ欲しいの?」

「ンー」


 猫撫で声で擦り寄るレイは、何ともあざとい。彼女もそれを理解しているらしく、見事買ったばかりのピューレを手に入れた。


『そういえば、生前も欲望に忠実だったな。……もう少し自制心を鍛えておくべきだったか』


 だが、同時に羨ましくも思う。自身を律するということは、心を押し殺すも同義だからだ。


『俺も……欲を言えば、本物の花火をこの目で見たかった。だが、こればかりは如何ともし難いからな』


 仮に可能だったとしても、琴音達の手を煩わせるべきではない。ピューレを舐める娘を眺めていると、琴音の母から声がかかる。


「ねえ、ヨスガくん。今からサプライズしてもいい?」

「ニャ?」

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