23.5
それから俺とレイは、窓際に横一列に並んで待機する。その間、黒く塗りつぶされた世界は、ふたりの今世の姿をまざまざと見せつけてくれた。
『……』
複雑な心境に、自然と焦点がずれる。その先の庭では、琴音の母が忙しなく支度をしていた。彼女の足もとには、長方形のパッケージとロウソクが転がっている。
『随分と大荷物だな。バケツまで取り出して、一体何をするつもりだ?』
やがて彼女が手にしたのは、長さ30cm程の細い棒の数々。先が穂のようにぼってり太っている物もあれば、ひらひらとした色紙が付いている物もある。更によく見れば、こよりに似た物もあった。目を凝らしていると、窓越しに声が飛んでくる。
「ヨスガくーん、どれが気になる?」
「ンー……ニャ」
「こっちね、おっけー」
俺が選んだのは、色紙がついた方だ。すると彼女は口角を上げ、先端にライターを近付ける。――直後。色紙が燃え、瞬く間に火花が散った。
「! これは――」
形は違えど、煌めき具合が映像上の花火にそっくりだった。赤や緑の閃光を放つ様に、瞬きも忘れ眺めていると、やがて花火は
『……忌み嫌っていた火花が、こうも美しく感じられるとは』
生前の火花といえば、“戦禍の合図”という意識が通例だった。しかし眼前の輝きに、過去は関係なく。火花に泣き叫んでいた娘ですら、腰を据え見惚れている。
そんな俺達に気を良くしたのか、琴音の母は新たに筒を手に取った。
「うふふっ、まだまだいくわよ〜」
地面を走り回る花火、間欠泉の如く噴き出す花火。どれをとっても真新しいものばかりで、俺達は時間を忘れ楽しんだ。
◇◇◇
夢のようなひとときから暫くして。片付けを終えた琴音の母は、先程とは異なる装いで玄関から戻ってきた。
「ふたりとも、どうだった?」
「ニャーニャニャン!」
《とても楽しい時間だった。貴重な体験、心から感謝する》
「ふふっ、良かった。私だけ張り切ってたんじゃないかって、少し不安だったから。……実はまだ結構残ってるんだけど、明日も見る?」
《是非ともお願いしたい》
俺の書き記しに、彼女は琴音のような無垢な笑みを見せる。そうして最後に一呼吸置くと、キッチンに向かいエプロンを着始めた。時刻は20時丁度。レイが夕食を催促する程度には、遅い時間だ。
『琴音は花火を見上げている頃合いか。毎年数多の人間を虜にする、豪華絢爛な花火……。就寝前に動画を見れば、興奮で寝付けんかもしれんな』
鼻腔をくすぐる焼き魚の匂いに、ソファーから飛び降りる。
しかし、待ち望みとは裏腹に。――数時間経てど、朝日が昇れど。琴音が帰ってくることはなかった。
◇◇◇
「先生! 琴音は――琴音は無事なんですか!?」
「落ち着いてください。お子さんの命に別状はありません。詳しくは病院でお話ししますので、今日の午後2時に来ていただけますか?」
そんな切迫したやり取りがあったのは、つい5時間前のことだ。
花火大会から一夜明け、昼頃にかかってきた一本の電話。発信者は、近所の大学病院に勤める医者だった。報せを受けた琴音の母は、身支度もせずに直行。そして大量の書類を胸に、今しがた帰宅した。
「はぁ……。こんなの渡されても、頭になんて入ってこないわよ……」
心労の色は足音にも表れ、流石のレイも口を閉ざす。そんな折、書類はテーブルに投げ出され、リビングは気まずい空気で満ち満ちた。だが、ここで沈黙していても事態は改善しない。レイに目配せをし、ペンと紙を咥えてソファーから下りる。
「ンー」
「……ヨスガくん。うん、ただいま」
《それで、様子はどうだったんだ?》
「っ……。琴音は、琴音は――」
椅子に腰掛けた彼女は、
「ああ、どうしてこんなことに……! あの子を失ったらもう、私は生きていけない……!」
《……気持ちは分かる。俺も妻子が
「ヨスガくん……」
《だが、ただ嘆くは時間の無駄だ。それ故に――傷心のところ申し訳ないが、一つ頼みたいことがある》
「頼みたいこと……?」
すると彼女は顔を上げ、困惑と淡い期待を混ぜたような表情を見せる。その瞳は、藁だろうと戯言だろうと、構わず縋ると言わんばかりだった。
「ニャア」
俺は返事と共に意志表示を書き連ね、彼女と目を合わせる。
《二階堂の住所を教えてほしい。彼女と協力し――そして必ずや、琴音の意識を取り戻してみせる》
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