第17話 寄る辺は袂に
帰宅後、琴音の私室にて。ベッドに座る彼女に向き合い、説明を開始する。
「俺の仮説。それは――“妻子と俺は、同時期に同エリアで転生している”というものだ」
「ほうほう?」
「俺の言葉が分かる者は限られている。現状では、琴音と二階堂のみだ。それが何を意味するか、お前には分かるか?」
「ん〜? 分かんない」
「……では聞き方を変えるか。琴音、何故お前は俺と会話が可能だと思う?」
すると琴音は、半ば独り言のように推理を開始する。
「ん〜……こういうのって、漫画やアニメなら鍵になりがちだよね。中盤の辺りで、“ふぉっふぉっふぉ……実はお主が持っているスキルは、物語を動かす重要なものだったのだ”って明かされるやつ。――えっ、もしかしてそういうこと?」
「ああ。この仮説が正しければ、藤香の傍にいたレイも“転生猫”の可能性がある。さしずめ、魂とその導き手というわけだ」
「うぇぇスルーされた……」
仮に本物の猫だとしても、試さない理由はない。あらためて方針が決まったところで、しょげる琴音に手を乗せる。
「
「……。小鳥遊さんのとこでの台詞といい、ヨスガって結構ロマンチスト?」
「何とでも言え。ともかく、明日以降も頼むぞ」
「あいあいさー!」
◇◇◇
そうして俺と琴音は、それぞれの使命を果たすべく日々を過ごしていく。
俺はというと、家事手伝い及び家の警らをこなしていた。畑に襲来する蝶を追い払い、失せ物を見つけ、悪質な訪問者に吠え猛る。
「今日もありがとう。この家が安泰なのも、ヨスガくんのおかげよ」
「ニャ」
琴音母より与えられた職務は、生前の業務の延長上のようでとても楽しい。そして何より――生きることを許されているようで安心できた。
◇◇◇
一方で琴音は、学業及びバイトに精を出していた。彼女いわく、衣装を貸してくれた店長とバイト先の店長は知り合い同士だったらしい。猫モの事情を聞くや否や時給に色を付けてもらえたと、今日も張り切っていた。
『それにしても、二階堂を連日ランチに誘うとはな。秘密を共有する同性であれば、多少のトラウマ軽減に繋がると見込んでいたが……よもやここまでとは』
あるいは、人間不信の程度が軽いのか。こちらの想定よりも早く、二階堂との距離を縮めているようだ。しかし頑なに親に打ち明けないため、時折彼女の母に筆談にて報告する。
《――というのが、今回の内容だ。順調に自立は進んでいるが、手がかからなくなるのも寂しいものだな》
「そうねえ。でも、嬉しくもあるわ」
《……》
「あら? ヨスガくんは嬉しくない?」
《無論、喜ばしいことだと思っている。ただ――……いや、何でもない》
“このまま仕事も見つけ、あっという間に嫁に行ってしまいそうだ”。とは口が裂けても言えず、背を伸ばす野菜達に目を向ける。……時の経過を痛感させられる、窓越しの風景。すると琴音の母は、何かを察したかのように笑う。
「ふふふっ、夫もおんなじこと考えてたわ。“パパは反対だ”って、あの子が赤ちゃんの時から目を三角にしてたの」
《いつの時代も、我が子を想う気持ちは変わらないのだな。……時に、琴音の父は今何処に?》
「海外赴任中よ。5年くらい行きっぱなしだったけど、そろそろ戻ってこれるみたい」
《! そうか。さぞ琴音も喜ぶだろう》
琴音の父は如何なる人物なのだろう。明朗快活な性格か、あるいは謹厳実直か。
『いずれにせよ、健在で何よりだ。……しかし、俺についてはどう説明したものか』
当たり前だが、猫は喋らない。筆談などもってのほかだ。相手の立場からしてみれば、長らく家を空け――いざ妻子と談笑かと思いきや、突拍子も無い話を持ち出されるのだ。
『先手を打ち、反応を見る他ないな』
俺のせいで、家族の絆が揺らぐのは御免だ。ひとり覚悟を秘め、琴音母との談話を再開した。
◇◇◇
……平穏な日常は恐ろしい。転生して間もない頃携えていた警戒心は、今ではすっかり転がり落ちてしまった。琴音に背を撫でられようと無視することもあれば、散歩中に人を避け物陰で息を潜めることもない。
「初めこそ注目されていたが、ひと月も経てば見向きもされなくなるものなんだな」
行く先々で、子供に追いかけられていたのが懐かしい。避けられ写真を撮られていたのが、今やすれ違い様に視線が来る程度にまで落ち着いていた。そこに薄寂しさがないといえば嘘になるが、町内を気兼ねなく散策出来るのは都合がよい。
――しかし、間もなくして。油断していた俺に、鞭を打つかのような出来事が襲来する。
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