第11話 羨望に猫はなく

 拍手に出迎えられ、ステージの中央で立ち止まる。瞬間、向けられる数多の視線。好奇心に輝く瞳、無表情の黒い瞳――その光景は、皮肉にも死の直前を彷彿とさせた。


『っ……いかん、集中せねば』


 少しのざわめきを残して、早速技を披露すべく両足で踏み込む。そしてレイピアを振りかぶろうとした刹那、4つの瞳が俺の身体を硬直させる。


「うわ、でっか……! でもかわいい!」

「ねーねー、あのねこがもってるのはなに?」

「うーん……なんだろう? あんなに細い剣みたことない」


 耳に届いた、幼き姉妹の会話。すると猫耳男は目を細め、“マイク”に満悦の声を乗せる。


「うんうん、実に素敵な衣装です! これは――“長靴をはいた猫”がモチーフでしょうか? お父さんお母さん。是非とも今日の思い出話の延長として、ご自宅で物語を読み聞かせてあげてください!」


 男が大袈裟な道化仕草をすると、突如として会場の縁に立つ“画面”が起動する。


 ――そこに映し出されたのは、真紅に染まる、羽付き帽子とマント。丁寧になめされた靴に、金属のような光沢を放つ白銀のレイピア。そしてそれら一式を纏う、美しい毛並みをもつ一匹の猫だった。


『……俺は今、これほどまでに勇ましい格好をしていたのか。断頭台で着ていたボロの布とは大違いだ。……それにしても、一体どういう原理なんだ?』


 まじまじと観察していると、画面は再び暗闇を映す。間髪入れずに現れる影を見上げれば、猫耳男が困惑に笑みを重ねていた。しかし男は、すぐさま観衆に一芝居打つ。


「おおっと、ここで機材トラブル……いえ、“真実の鏡”が、ヨスガくんの勇ましい姿を映してくれました! この子とは昔からの付き合いなんですが、気まぐれにイタズラするんですよ〜」

「アハハッ、まるでネコみたいだな!」


 観衆の笑い声に、会場はほのぼのとした空気に包まれる。まるで、ホームパーティーのようなひと時。しかし俺は、嫌な予感にタイマーを一瞥する。


「!」


 ――やられた。タイマーは既に起動しており、持ち時間は残すところ30秒となっていた。


『……だが!』


 レイピアを咥えなおし、猫耳男の前に立つ。すると観衆の視線は、瞬く間に俺のもとに集まった。


「チッ、気付いたか……」


 猫耳男の本性が垣間見えたが、レイピアを構える俺を止められる筈もなく。男を尻目に、華麗なる足掻きを披露する。


「わあっ……! カッコイイ……!」

「は、はやく動画撮って! これ絶対バズるから!!」


 ――剣舞。それは生前培った、努力の賜物と誇り。存在しない敵を切り裂き、見えぬ切っ先をかわし、無から剣戟を生み出す。


「ニャアアアア!」


 仕上げに決め台詞もとい、とどめの咆哮を披露する。直後、タイマーは鳴り出し――観衆は手を叩き、大いに湧き上がった。


「……。おーっとこれは、今日一番の歓声です! 優勝は彼に決まりかーっ!?」


 賛同するかのように拍手をする観衆。マイクを握る猫耳男の笑みは、ひどく張り付いているように見えた。


◇◇◇


 晴れた気と確かな手応えに、悠然と舞台裏に戻る。


『ああ――この高揚感、早く脈打つ心臓……。いかん、未だ血が騒いで止まぬ』


 歓声は遠く、次の猫を迎える拍手が聞こえ――やがて静寂と仄暗さが、興奮を冷ましてくれた。一方琴音は、手を伸ばすや否や俺を強く抱擁する。


「すごい、すごいよヨスガ! 今まで見てきた猫の中で一番カッコ良かった!!」

「フッ……当然だ。店長の期待にも応えねばならんからな」

「うん! 後は結果を祈るだけだねー……って」

「どうかしたか?」

「あ――ううん、何でもない」


 露骨に逸らした視線を辿る。そこに佇んでいたのは、ひとりの少女だった。

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