第10話 猫にも衣装
それから一週間後。俺達は、いよいよ“猫モコンテスト”当日を迎える。開催地である公園内には多くの出店が立ち並び、ちょっとした祭りのようだ。
◇◇◇
目の下に隈を作る琴音は、ソワソワと小動物のように待ち合い室を往復する。
「うう、緊張してきた……」
「出場するのは俺だというのに」
「私だって無関係じゃないもん! というか逆に、何でヨスガはそんな冷静なの?」
「生前、散々場数を踏んできたからな。もっとも、俺の場合はコンテストなどという生易しいものではないが」
「あははっ。猫が人生経験語ってるの、すごい変な感じ」
「それに関しては、いい加減慣れてくれ」
取り留めのない会話に、琴音が笑ったその時。――無粋な来客が、ノックもせずに会話を切る。
「おい。お前が新城琴音か?」
「えっ? あ、はい……そうですけど、あなたは?」
「単刀直入に言う。このコンテスト、辞退しろ」
「ええっ!?」
現れたのは、鋭い目つきで琴音を見上げる、齢10程の少年だった。黒髪は耳が見えるまで短く整え、身に着けているものはすべからく、新品のような輝きを放っている。だが半袖シャツに短パンという格好により、折角の横柄な態度も迫力に欠けていた。
――しかし琴音は、幼稚な脅しに良いリアクションを返す。
「……な、何でですか?」
「教えるつもりはない。いいか、これはけいこくだ。万が一優勝なんかしてみろ。そのときは……そのときは……お前なんかにはとーてい思いつかないくらいの恐怖が、お前をおそうからな」
拷問の想像を誘発させようとしているのか。だが、所詮は子供。戦争のせの字も知らぬ口振りに、冷ややかな目をもって
「……ふん。生意気な目ぇしやがって」
すると少年は、敵意を露わにしながらも、足早に去っていった。大人の対応としては、追及はせず話題を切り替えるべき出来事。だがあまりの不可解さに、思わず本心が漏れる。
「……何だったんだ」
「さ、さあ……」
出場者の身内か、はたまた部外者の乱入か。危険性は感じられなかったものの、念のため彼の特徴を頭の片隅に入れておくことにした。
◇◇◇
波乱の予兆こそあれど、猫モのタイムスケジュールに乱れはなく。総勢15名の熾烈な闘いの火蓋は、大勢の観客を前に切って落とされた。
◇◇◇
着替えた俺は、舞台裏で先駆者達の様子を探る。傍らには、ワンピースで戦闘準備を済ませた琴音がいた。どうやら皆好敵手のようで、頭上からは締まりのない声が聞こえてくる。
「あああ……みんなかわいい……!」
「鼻の下が伸びてるぞ」
「えっ!?」
進行役が出場者――もとい猫の名を読み上げ、その後アピールポイントを各自披露する。覚えた芸で人の目を集め、あざとい声で魅了するのが王道のパターンのようだ。
傾向を捉え、対策を練り続け。そうこうしている間に、俺の前の猫がステージに向かった。出番まであと3分。衣装の緩みを確認していると、琴音は俺の両肩に手をのせる。
「……ヨスガ、頑張って!」
「任せておけ」
舞台は野外。じんわりと汗が滲む気温の中、猫耳を着けた男は声高らかに音頭を取る。
「続きまして、エントリーナンバー7番。ノルウェージャンフォレストキャット、ヨスガくんのご登場です!」
合図とともに、レイピアを咥える。そして俺は――託された全ての期待に応えるべく、マントをはためかせた。
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