9.5
「んふふ……体とのバランス悪くてちょっと面白い……」
ニヤけ顔で靴を履かせようとする琴音。一方で俺はされるがまま、店長の死角で安堵に胸を撫で下ろす。――が、それも束の間。
「――よし、出来た! じゃあ次は帽子と服選ぼっか!」
「!? ニ゛ャニ゛ャー!?」
「何だその衣装の量は!?」。琴音が指という指に掛けているのは、典型的なイメージ上の王族服や貴族の帽子。更には童話の村人のような服など、見ているだけで今後の展開に予想がつく。
「ニャ、ニャア――」
「確かに、此処へ来た目的は知っているが――」。とはいえ事前に思い浮かべていたのは、自身が衣装を取捨選択をする光景。琴音を凝視したまま後ずさるも、すぐさま距離を詰められる。
「だいじょぶだいじょぶ! ここから巻き返して見せるから! 私のセンスを信じて!」
「ン゛ナアアアァ!!」
次いで俺に降りかかる試練は、琴音による着せ替えの嵐だった。
◇◇◇
弄ばれてから、どれくらいの時間が経っただろう。唯一分かるのは、テーブルに積み上がった写真が、全て俺の恥だということだけだ。
齢40にして、何か失ってはいけないものを失った気がする。だが撮影機を持つ琴音は、俺を見下ろしたまま大きく頷く。
「……うん! 我ながら会心の出来! これならきっと、ぶっちぎりで優勝間違いなし!」
「ニャ……」
「そうか……」とだけ答え、目を伏せる。ようやく。ようやく実った。幾度となくポーズを指示されては、その度に相応しい衣装に交換された苦労が。
『しかし、これだけ衣装替えしたのは婚姻の儀以来だな……』
朧げな懐かしさに浸りながら、疲労に横たわる。果たして自分は今、如何なる格好なのだろうか。落ちてきた写真に手を伸ばすが、やんわりと阻まれる。
「ダーメ。当日のお楽しみ!」
「ニャ?」
「ごめんね、今度こそサプライズしたくって。……よし、それじゃあ脱がせるねー」
「ニャ、ンナァ……」
仕方なく目蓋を閉じ、身を委ねる。被り物やマント、靴に小物。それら全てが身体から剥がれる感覚を味わいながら、僅かばかりの休息をとる。
『いかん、眠気が――』
琴音と店長の談笑が聞こえてくるが、もはや興味も湧かず。キャリーケージに入り、さっさと意識を手放した。
◇◇◇
目を覚ました時には、既に店の外にいた。紙袋がキャリーケージに載っているのか、風が吹く度に頭上がガサガサと音を立てる。次いで鳴り出したのは、帰宅を促す穏やかな音色。
すると琴音は一歩前に踏み出し、店長へ別れの言葉を送る。
「あの……! 今日はありがとうございました! とっても楽しかったです!」
「ふふっ、こちらこそ。本日は来ていただき、ありがとうございました。コンテストの結果、楽しみに待ってますね〜」
「はい!」
結局、店長の行動に怪しい点は見られなかった。それどころか、暴走する琴音をサポートし、終始姉のように接していた。
『取り越し苦労だったか。……此処はあの国とは違う。疑心暗鬼も程々にせねば』
見上げていると、ふと彼女と目が合う。
「ふふっ。ネコちゃんも、またお会いしましょうね〜」
「……ニャ」
キャリーケージ越しに、精一杯の返事をする。すると彼女の口角は、再び怪しく弧を描いた。
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