第7話 異文化とはかくも

 廊下を抜け、未開拓の地を探し視線を動かす。内部の戸締まりに関しては意識が緩いのか、至る所でドアが半端に口を開けていた。


 中でもとりわけ気になったのは、スライド式のドアだった。丸くくり抜かれた引手を除いた一面にはクリーム色の薄紙が貼られており、何とも頼りない外見をしている。


「――くそっ、もどかしい。流石にこの手では閉められんか」


 ふらつきながらも立ち上がり、手を引手に引っ掛けるも、びくともしない。それどころか、爪で傷つけているのではないか不安に駆られる始末。


「フッ……我ながら情けない」


 やるせなさにため息をつくと、不意に未知の匂いが鼻腔をくすぐる。


「……ん? 何だこの香りは。この奥からか?」


 折角だ。閉められぬのであれば、その先を知ろう。そう決心し部屋に立ち入ろうとしたが、紐のように細い草が敷き詰められた床に身体が硬直する。


「!? こ、これは――」


 まさか、タイルを工面出来ぬほど困窮していたとは。しかし顔を近付けてみれば、一枚一枚緻密に編まれていることが分かり、暫し観察する。


「たかが草だと思ったが、こうも繊細な仕上がりであれば立派な化粧板だ。だが……」


 廊下や琴音の部屋は、きちんと木製のタイルだった。仕様なのかもしれないが、此処だけなおざりにされている可能性もある。


「……是が非でも“猫モ”の頂点に立ち、賞金を獲得せねば」


 両手をグッと握り締め、独り決意表明をする。そしてようやく、俺は未知の世界に足を踏み入れた。


「――ほう、悪くない。この独特な香りも、存外クセになるではないか」


 好奇心から、試しに寝転がってみる。すると、柔らかくもしなやかな感触が全身に伝わってきた。ベッドはおろか、絨毯でも得られない摩訶不思議な心地。思わず仰向けになり、目を瞑る。


『……油断すれば眠ってしまいそうだ。先のボールといい、この国は技術力が高いのかもしれん』


 早くも探求心が満たされ始める。だが重い目蓋を開けると、スライド式のドアの上の見落としに気付いてしまった。


「あれは……何だ? モザイク画――いや、ステンドグラス……とも違うな。彫刻の一種か?」


 ドアと天井の間にはめられた、額縁のような何か。一面に波打つ木々が彫られており、隙間からは光が差し込んでいた。同時に向こう側からの新鮮な空気を感じ、感心に唸る。


『成程。単なるオブジェではなく、部屋の採光や換気機能も兼ねているのか』


 とはいえそれ以上の収穫は得られず――もとい飽きたため、一度琴音の部屋に戻ることにする。そうして仮眠をとり、ランチを済ませ、再び仮眠をとり……。


◇◇◇


「ヨスガ、ただいまー」

「……ああ。戻ったの、か――って」


 猫用ベッドの余韻を味わえたのもつかの間。俺の顔を覗き込む琴音に飛び起きる。


「何!?」

「どうしたの? そんなに慌てて」

「……い、今は何時だ!?」

「? 6時過ぎだよ」


 不思議そうに首をかしげる琴音。止まる思考に窓の外を見れば、そこには橙色に染まる空があった。


「何、だと――」


 呆然と項垂うなだれる。今日一日の行動は、美術品鑑賞に終わった。――だが。外出許可のひと声は、間もなく訪れた。


◇◇◇


 今日は休日らしく、朝食を済ませた琴音は自室のベッドでくつろいでいた。スマホを眺めている――かと思いきや、何かを閃いたかのように飛び起きる。


「ヨスガ〜。今日一日、付き合ってもらうことってできる?」

「構わんが、どうした急に」

「ほら、“猫モ”の話したの覚えてる? その下準備をしようと思って。なんか、後から「衣装や小物は自前じゃなきゃいけない」みたいなこと言われちゃって」


 下準備……戦支度といったところだろうか。だが軽微な独白よりも先んじて、率直な疑問を投げかける。


「成程。だが、猫は外出不可能なのではないか?」

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