第2話 探索は災難を呼ぶ

 未知の世界は忙しなく、喧騒に満ちていた。


「しかし……。啖呵を切って歩み出したものの、何処へ向かうべきか」


 馬はおらず、自然も皆無に等しく。代わりに隙間無く建てられているのは、膨大な建造物と人工物。その狭間で金属のオブジェは人を乗せ、白線に沿うように走っている。そして行き交う人はみな、無表情で何処かへ向かっていた。


「ひとまず散策でもするか」


 堂々と、しかして人を避けつつ遊歩する。


◇◇◇


 双眼に入るのは、読解が可能だが見たことのない物体。両耳に入るのは、聞いたこともない雑音。


『……情報量が多すぎる。全て読んでいたら日が暮れてしまうな』


 “ねこ”の視点で削られている、灰の柱の貼り紙を見上げては前進する。だが、流し見ばかりもつまらない。故に手頃な場所で立ち止まり、ひときわ興味をそそられた文字を音読する。――それは、スタンドに支えられはためく一本のフラッグだった。


「おにぎり……10円引き、ふぇあ……実施中? なんだこのふざけた内容は。添えられている三角形の白黒謎絵といい、戦場いくさばとは思えん気の抜けた有り様だな」


これでは兵士の士気も上がるまい。その証拠に、フラッグの背後に佇む建物は、しんと静まり返っている。


『いや――あるいは、既に制圧されているのか?』


 建物に歩み寄り、車輪とハンドルの付いた金属椅子に飛び乗る。そして上半身を伸ばし、無用心にも大きく開いたガラス窓から内部の様子がうかがう。


「ほう……書物に食糧、衣類もあるな。頼りなさげな外観からは推測できない充実ぶりだ。しかし……この世界のドアは、怪音を奏でひとりでに開くのが普通なのか?」


 窓の如く透明なドアは、人が出入りする度に「ピンポンパンポン」と怪音を響かせる。その度に耳が下を向くが、目を逸らさず観察を続ける。すると間もなく、一つの解が浮かんだ。


「! そうか、あれはノコノコやって来た侵入者を知らせる鐘の音だったのか。いささか間抜けな音だが、更なる敵の油断を狙っているのかもしれん。……この世界の兵法も侮れんな」


 疑問を解決したところで、軽々と地面に飛び降りる。そうして胃袋を誘惑する芳しい匂いを堪えながら、次のエリアへ移動する。


◇◇◇


 次に気を引かれたのは、ハサミの絵がでかでかとドアに描かれている、なんとも物々しい建築物だった。その周囲では、自らの陣地を主張するように、鮮やかな花が花壇に咲き誇っている。


「む、こっちは……赤、青、白の三色で塗りたくられたポールが高速で回転しているが、どこぞの国旗か? いや――もしやこれは、救援要請の合図!? 内部で戦が起きているのか!?」


 であれば、加勢し恩を売るのが得策。伸び放題の髪の男とともにドアを通過し、渦中に飛び込む。


 ――しかし、時すでに遅し。列を成した椅子の上には、白いローブの死に装束を纏う者の姿があった。無抵抗に髪を切られる彼らは虚ろな表情をしており、眼前に写る哀れな最期を目に焼き付けている。


『くそっ、応援はまだなのか!?』


 振り向けど、そこに希望はなく。先程突入を共にした長髪の男が、大人しく壁際の椅子に腰掛けているだけだった。


『かくなる上は――!』


 決心に爪を立て、ハサミを構えた老婆に飛び掛かる。


「ヴヴヴ……ナーオ!」

「うわっ、何だいこのでか野良ネコは! 生憎とここにエサは無いんだよ! ほら、しっしっ!」

「ニ゛ャー!!?」


 しかし結果は悲しきかな、振りほどかれハサミで脅される。老婆相手とはいえ、体躯差に呆気なく敗北を喫した。


◇◇◇


 その後も、めげずに新たな発見をしては退散を繰り返す。だが目ぼしい情報は得られず、いつのまにか日は傾き、遠くで黒鳥が鳴いていた。


「はあっ、はあ……。くそっ、未だ野営の支度も済んでいないというのに……!」


 彷徨っていた為か、土地勘がない為か。気づけば俺は、最初の“公園”に戻ってきてしまった。


『せめて水だけでも飲んでおくか……』


 砂場の隣に設置された給水器へ向かい、蛇口に手を伸ばす。体が小さいと、小規模なスペースでさえ良い運動になることが分かっただけマシかもしれない。そんな自虐を並べていると、わらべの声が耳を刺す。


「あっ、ねこじゃん! なあ、みんなでつかまえよーぜ!」


 それは、先程まで園内を駆け回っていた筈の童だった。最もガタイの良い彼はリーダー格なのだろうか。彼が木の棒で俺を指すと、残る連中も足を止め、俺に注目する。


『……下手に逃走しては、かえって刺激してしまう。よって俺が、今ここで取るべき行動は――』


 蛇口から手を離し、我関せずといった素振りで歩こうとするが、悪餓鬼どもに小手先は通じず。間もなく奴らは砂埃を巻き上げ、一直線に向かってきた。


「ニ゛ャー!」


 「これだから教育のなってない奴は!」。だが叫んだところで、悪餓鬼どもの良心には届かない。むしろ声を上げたことにより加虐性に火を付けてしまったようで、一層スピードを上げて迫ってきた。


「ぎゃははっ、アイツでけーくせに足はえー!」

「おいレン、もっとはやく走れ!」

「わかってる!」


 しかし獣の姿になったことで、俊敏性と体力は大幅に増加しており。一瞬の隙を見て木に登り、どうにか悪餓鬼どもを巻くことができた。

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