第16話 ⑦艮と坤




 先に動きを見せたのはうしとらの怪異だった。

 二対四本の腕を振り上げながら猛牛が如く突進力で洸太郎に突っ込んでくる。


 「って脳筋かよ!?」


 容赦なく突進してくる艮を相手に洸太郎は引き金を数度引く。

 退魔式の銃弾は吸い込まれるように艮へ着弾しようとし、鋼が如く体躯によって簡単に弾かれてしまった。


 「ッ!? 紅月!!」


 洸太郎の声に反応した輝夜は一度回避する為に身を捩らせようとした。

 しかし、


 ―――うきぃぃぃぃぃぇぇぇぇっ。


 気が付けば目の前にいた坤の呪詛のろいにより身体が硬直してしまう。

 このままではノーガードでトラックのような艮のタックルに轢き殺されてしまうと判断した洸太郎は一か八かの賭けに出る。


 「術式展開コード・セット! 肉体強化ドーピングポイント!!」


 術式刻印に力を注ぎ己の肉体を強化する。

 腰を落とし受け止めようと低く構えた。


 「せんっ、ぱいっ」

 「来いよ!!」


 洸太郎の声と同時にガァァァァァンッッッ!! と激しい衝突音が廊下に響いた。

 艮の体躯を洸太郎が受け止めたのだ。


 「ぎっ、んぎぎぎぎぎッッッ」


 血管や筋肉が悲鳴を上げている。

 強化の術式と祓衣の両方が無ければ一瞬で肉塊に変わってしまう所だったが、何とか耐えれた―――――洸太郎がそう思っていると更に左右から強い衝撃が加えられた。

 艮の一対の腕、蹄のような手で洸太郎を自分の欲望のままに殴打し始めたのだ。


 「ごっ、がっ、――――――アアァァッッッ!?」


 いよいよ衝撃を吸収しきれなくなった装備に亀裂が走る。

 そもそも先の戦闘で怪異ウサギの攻撃を受け過ぎたのだ。

 身体もだが、祓衣の耐久値も紙くず同然に変わってしまっている。

 更に運が悪いのは、身代わりの護符は霊的攻撃は大丈夫でもシンプルな物理攻撃は身代わりにならない。


 「先輩!! このっ!!」


 金縛り状態にあった身体を無理矢理動かし月紅牙を振り上げ、坤の脳天に突き刺そうと振り下ろした。

 技術も何もない単純な力技。

 だが、雲のような乗り物に乗っていた坤はその紅蓮の一閃を難なく躱す。


 「血壊戦技ブラッドアーツ―――――飛刃血爪ひじんけっそう!!」


 飛ぶ真紅の斬撃が坤を襲い、そして背後にいた艮の肉体へ突き刺さる。

 怯んだ隙を見つけた洸太郎は腰に差していた白銀の筒を取り出し退魔刀へと変化させた。

 弱点などは分からないが、とりあえず太い首を断ち切ろうと刃を奔らせる。

 しかし、


 「な、に?」


 強度が足りなかったのか?

 それとも艮の身体が思った以上に鍛え抜かれていたのか?

 刃は通る事無く、無惨に白銀の星屑のように散っていくだけだった。


 「こんなんばっかかよ!!」


 現状どうにもならない。

 なのでとりあえず洸太郎は退魔式銃を零距離から発砲する。

 僅かに怯んだ隙を突いて二発目の閃光手榴弾を取り出し術式を発動させた。

 輝夜は洸太朗の意図に気付き坤から距離を取り目を閉じ耳を塞いだその瞬間、眩い閃光と爆音が廊下を包み込み、直撃した艮と坤の二体は悶える事しか出来なかった。


 「今だ紅月!!」

 「はいっ!!」


 それだけで次は何をするべきか悟った輝夜は洸太郎と共に戦線を離脱しようとした。

 しかし、


 ズバンッッッ!!


 強い衝撃と鋭い痛みが洸太郎を襲う。

 蹄は脇腹に、爪は肩に喰い込んだ状態で艮は洸太郎を逃がさなかった。

 眩い閃光に目と耳は使い物にならないはず。

 だが、恐らく〝寅〟としての本能が獲物こうたろうの正確な位置を捕らえていたのであろう。


 「こン―――――の、クソッたれがああああああああああ!」


 足を思い切り振り上げ踵を振り下ろした。

 しかし艮の強固な肉体に効くはずもなく、洸太郎の意識が朦朧とし始める。


 「(あ、まず――――――)」


 〝死〟という言葉が脳裏に浮かぶ。

 輝夜がこちらの現状に気付き慌てて向って来ようとしたが、それでも坤に邪魔をされ来る事が出来ない。


 「(仕方が、ねぇッ)」


 出来る限り拳に力を溜める。

 朦朧とした意識の中で上手く出来るか分からないが、今はそれどころではない。

 意を決し、充血した眼を艮へと向ける。

 その時、





 「うらーっ! こっちだよーっ!!」





 聞き覚えの無い声が耳に届いた。

 洸太郎より早くその声に気付いた艮が視線を向けると、小さな小瓶が目の前に放り投げられる。

 残った腕でその小瓶を叩き割ると中から液体が漏れ、艮の顔に降り注ぐ。

 たったそれだけ。

 それだけで今までにないほど苦しみ藻掻き始めた。


 「がっ、ゴホッゴホッ―――――」


 肺に空気を入れ呼吸を整える。

 僅かにシトラスの香りが漂ったが今はそれどころではなかった。


 「先輩!! 大丈夫ですか!?」


 駆け寄って来る輝夜に「大丈夫」と声にならない声を出す。

 よく見れば割れた小瓶から漏れた液体から漂うシトラスの香りに同じように悶えていた。

 一体何があったのか?

 そう思っていると、大きな声が聴こえた。


 「何してんの!? 早く逃げるよ!!」


 そこにいたのは高天原学園の制服に身を包んだ少女。

 制服は所々ボロボロになっておりポニーテールにしている髪も少し傷んでいるが、他の生徒と違うのは少女の目は死んでいない。

 この場を乗り切るために必死で生きているというのが印象的だった。


 「先輩………どうしますか?」

 「―――――――今は悔しいけど撤退するぞ。ムカつくけどありゃ強すぎる」


 生き延びる為、洸太郎と輝夜は一度戦線を離脱する事にした。

 今は、あの二体の怪異うしとらとひつじさるを相手にどうすればいいのかを探る為に。

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