第14話 ⑤悪意の蟲毒
ピンポンパンポーンと軽快な音と共に聞き慣れた声がスピーカーから流れ、洸太郎を始めとする輝夜や高天原学園の生徒達は意識を取り戻した。
『はーい皆さんお元気ですかぁ? 楽しい楽しい
他の生徒もだろうが、一度しか聞いていない洸太郎ですら
「テメェ、何のつもりだ!?」
何処か安全な場所で高みの見物を決め込んでいるレミエルに咆える。
しかし、レミエルはどこ吹く風で気にも留めている様子は無かった。
『何を勝手に終わった気になっているんですか~? ワタクシ言いましたよね? 一度戻ってもらっても構いませんって。誰も終わったとは言ってませんし、試練はまだまだ続きますよ~。皆さんは〝異世界〟に行きたくありませんかぁ?』
〝異世界〟と言うのが何を指しているのか分からない。
だが、ここで分かるのはこの場にいる全員が知っている〝異世界〟とは違う事を言っているのは何となく理解が出来る。
実際、高天原学園の生徒達はそれぞれに否定的な事を口に出していた。
嫌だ、帰して、もう無理、お母さん、ごめんなさいごめんなさい―――――。
恐らく限界は近い。
瘴気に包まれたこの〝裏〟世界で一般人が今まで正気を保てているのが不思議なぐらいだった。
「な、何が目的なの、かな?」
滝沢も洸太郎の後ろでそんな事を呟いている。
ふと、喉に魚の小骨が引っ掛かるような―――――どこか得体の知れない気持ち悪さがあった。
そもそも、
『さぁ、では張り切って参りましょう! 今回は
このレミエルは一体何がしたいのだろうか?
『試練開始は五分後にチャイムでお知らせしまぁす♪ それまでヒントを探しておいて下さいね~』
それだけ言うと放送は終了し、薄暗い教室の中で洸太郎、輝夜を含めた十数人が無言になった。
「は、早く逃げよう!!」
「逃げるってどこに!? 前みたいに隠れてたら殺されるだけだぞ!!」
「もういやぁ…………」
「どうすりゃいいんだよ!!」
もうパニックだった。
無理もないだろう。
現実の世界に戻って来たと思えば学園の外は世界を侵食していく濃霧に包まれ、それを認識する間もなく再び死の世界に戻って来たのだ。
「ね、ねぇ! えっと、九鬼、くんでよかったっけ? な、何とかならないのかな?」
滝沢も狼狽えている。
そう、これが普通の反応なのだ。
「何とかって、それよりレミエルが言ってたヒントってのは何だ?」
洸太郎の質問に滝沢は懐からメモ帳を取り出す。
ずらりと走り書きをしているが、要点は押さえているようだった。
「えっと、前は目が覚めた時に黒板に書いてあったんだ。確か『十二の獣の持つ
「十二の獣ってあのウサギか…………」
何となくだが、凡その展開は掴めてきた。
恐らく〝十二の獣〟が持つ
偶然にもウサギの怪異を撃破する条件が揃った為、次なる試練に突入したという事に繋がっている。
「じゃあ次のヒントを探し出せば―――――」
「なぁアンタ! アンタならこの状況何とか出来るんだろ!?」
掴みかかる勢いで一人の生徒が洸太郎に詰め寄る。
目は血走り刃物を持っていれば刺してくると勘違いしてしまうほど殺気立っていた。
チラッと他の生徒達に目を向けると一斉に視線が洸太郎へと向く。
「あのな、俺だって急にこんな場所に連れて来られてんだ。まだハッキリとした事が分かってねーのに答えれるわけ…………」
そこで、ふと引っ掛かっていた〝違和感〟の正体に気付く。
レミエルは言っていた。
次の試練だと。
初めからここの生徒に狙いを決めていたのならそれも分かるが、今回に限って自分達『退魔士』が絡んできている。
それは向こうからすれば自分達は
なのにまだ試練を続けるという事は、
「(俺らみたいな異分子が紛れ込んでもなんら問題はなかったって事か? ただの気紛れなのか? それとも―――――)」
色々と疑問は浮かぶが今はそれどころではない。
混乱した彼らを止めなければもっと酷い事になってしまう。
そう考えた洸太郎は穏便に事を済ませようと自分に突っかかってきた生徒を落ち着かせた。
「とりあえず、俺からはまだ何も言えない。ただあの天使が言ってたヒントを探そうじゃねーか。まずはそっからだ」
徐々に落ち着きを取り戻した生徒達はそれぞれに散らばりそのヒントを探し始める。
その様子を見て輝夜が何かに気付いたらしく洸太郎に近付いた。
「先輩、少し気になったんですが…………」
「ん? 何だよ」
視線だけを動かし、輝夜はポツンと取り残された〝とある席〟へと向ける。
「皆さん必死にヒントを探してますけど、あの席だけ敢えて避けている節があるんです」
彼女の言う席とは件の御巫という少女が座っていた席。
他に比べボロボロになっている机はどこか薄ら寒いモノを感じた。
「……………………よし」
洸太郎が呟くと一直線にその席へと向かう。
椅子を引き、机の中を探っていると洸太郎の手に何か紙のようなモノの感触がある。
「ビンゴ!」
その用紙を取り出し見てみると、例のごとく〝M〟と書かれた冊子がそこに入っていた。
ページを捲り中身を観察する。
そこには、
『ワルプルギスの少女と十二の
と書かれた文字が飛び込んできた。
今時珍しい原稿用紙に手書きで書かれたそれは、今風で言う自家小説のようだった。
気になった洸太郎はその小説の冊子をポケットへ捻じ込むともう一枚メモのようなモノを見つけた。
同じように〝M〟とだけ書かれており、先ほどの綺麗な文字とは違い無機質なワープロで書かれたような文字が並べられていた。
四方の門の役割は〝吉〟と〝凶〟。
凶方は北東、南西。
吉方は亡き友の為に血を捧げん。
とだけ書かれていた。
恐らくこの方角がヒントなのだろうが、一体どう言う事なのだろうか。
ふと洸太郎が視線を上げると、先ほどまでヒントを探していたはずの生徒達が洸太郎と輝夜に視線を集めていた。
自分達がヒントを探し出したのを見つけて見守っているのかと思っていたが、何故か彼らの目には『恐怖』や『後悔』と言った感情が浮かんでいると何となくだが悟った。
「な、なんだ?」
戸惑いながらも洸太郎が聞くが誰も答えようとしない。
一体なんだと言うのか?
しかしそれを問いただそうにも、時間は待ってはくれなかった。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音がスピーカーから響く。
それを意味するのは、
『はーい、では五分経ちましたので第二の試練開始でーすっ。皆さんは頑張って生き残って下さいね~』
レミエルが言い終えたと同時に、重々しい重低音が響き始めた。
振動は教室を、いや校舎全体を揺らすほどで生徒達は悲鳴を上げる。
「先輩!!」
「分かった!」
洸太郎が教室の床に手を置き、輝夜は月紅牙の柄を同じように突き立て意識を集中させる。
結界術式。
外部からの攻撃を防ぐのに用いられる防御だ。
洸太郎一人では教室ほどの範囲に結界を張り巡らせる事は出来ないが、そこは輝夜が上手くサポートしてくれたので素早く展開する事が可能となった。
「俺らが教室の外を見てくる! お前らはこっから出んなよ!!」
それだけを言い残したが、一人の男子生徒が怯えたように叫ぶ。
「お、俺達だけでここにいんのかよ!? あ、アンタら先に逃げんじゃないだろうな!!」
男子生徒の叫びに呼応するようにそれぞれが責め立てようと二人へ詰め寄る。
しかし、洸太郎はあっけらかんとしたような声で、
「安心しな。俺だけならともかくこっちの後輩は優秀だから簡単にこの結界は壊れやしねーよ。もし壊れるとしたら…………」
どこか皮肉めいた表情で無慈悲に告げる。
「自己中的な考えで馬鹿な事を仕出かした時だよ」
それだけを告げるとばつが悪そうな表情の彼らを無視し、洸太郎と輝夜は教室を後にする。
そんな二人の後ろ姿を見ながらもう誰も彼らを詰め寄ろうとはしなかった。
「―――――あんな言い方しなくても良くなかったですか?」
教室を出た後、輝夜がそんな事を言い出した。
それはどこか呆れたような、そんな顔でもある。
「ああでも言わねーと本当に馬鹿な事をやりかねねぇだろ? それに」
洸太郎は途中で口を閉ざす。
漠然と嫌な予感を抱きつつも洸太郎は中庭へと目をやる。
前回あったはずの時計塔のようなモノは消え去っており、ウサギの怪異との戦闘で破壊されたはずの校舎も元通りになっていた。
本当に一度リセットされるんだ、とそう思いながら洸太郎が薄暗い廊下を進んでいく。
「先輩?」
途中で言葉を止めた洸太郎に疑問を抱いたのか輝夜が呼びかける。
はっと我に返った洸太郎は「悪い」と言うと話の続きを聞かせた。
「人ってのは極限まで追い込まれると暴動を起こすモンだ。しかもアイツらの場合は一度自分達は助かったと安堵してからの
一応気休め程度だが結界を張ったとはいえ、あれはあくまで『外部からの侵入を拒絶するモノ』であり、内部から外へ出るのは容易い。
内部で疑心暗鬼が生まれ、そこから悲惨な事になった人々を洸太郎は知っている。
「まぁ外にはバケモンがいるって分かってるんだ。そんな状態で外に出るモノ好きはいないハズ―――――」
ふと、強烈な悪寒が背筋に奔る。
長い廊下の曲がり角の先に何かがいる。
「先輩―――――先ほどのヒントというのは?」
輝夜が『月紅牙』を構えた。
彼女もこの先にいる〝何か〟に嫌なモノを感じ取ったのだろう。
「なーに、ウサギの怪異を考えりゃ簡単だよ。さっきのメモに書いてただろ? 凶方は北東、南西って―――――それを干支に置き換えりゃ北東と南西を司るのは必然的に何が出てくるか想像しやすいもんだ」
その先は輝夜にも分かる。
それと同時に、
廊下の曲がり角から手が伸びてきた。
いや、
それは手というよりも
〝卯〟を体現した怪異はまだウサギの原型を留めていがこれは違う。
表現するならば
ただでさえ狭い
「チッ―――――うっせぇな」
洸太郎は銃を構える。
果たして、効果があるのかは不明だがそれでも目の前のバケモノ相手に丸腰で対峙するよりかはマシだった。
更に、彼らの〝最悪〟はまだまだ続く。
―――うきぃぇぇぇぇぇぇっ。
二人の背後から気持ち悪い鳴き声がした。
洸太郎の考えを読み取り輝夜は背後を振り返る。
そこにいたのもまた合成獣と言わんばかりの怪異だった。
完全な挟み撃ち。
してやられた、と輝夜は『月紅牙』の柄を強く握りしめる。
洸太郎の目の前にいる怪異が姿を完全に表した時、筋骨隆々という言葉が合っているなぁと暢気に思ってしまった。
先ほど見えた蹄はごく一部で、焦げ茶色の体躯に丸太のように太い腕は二対ある。
一組はコンクリートの壁すら簡単に破壊できそうな蹄。
そしてもう一組の腕は同じ太さの縞模様が施されたモノで、蹄とは違い手の部分は鋭い爪が闇を照らす輝きを放っている。
そして頭部は猛獣の名に相応しい〝虎〟をモチーフにされている。
しかし、その虎の頭部のこめかみ辺りには鋭い角が生えていた。
その姿はまるで〝牛〟のようにも見える。
そして向かい側の廊下の先。
輝夜と対していたのは奇妙なフォルムの怪異だった。
手足は異様に長く、雲のようなモノに乗っている為ふわふわと浮いている。
更にはその体躯はひょろっとしており、危険を感じるほどではなかったが薄気味悪いモノを感じた。
これも頭部が唯一〝羊〟をモチーフにしているのだろうが、どことなくその顔には〝猿〟の要素も含まれているような気がした。
洸太郎の言っていたヒント―――――それは干支を方角に置き換えた場合、〝鬼門〟と呼ばれる別の名称があった。
北東、それを鬼門・〝
南西、それを裏鬼門・〝
これらは
天使レミエルが課した第二の試練は困難を極めようとしていた。
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