第13話 ④侵食領域《イクリプス》
トンネルを抜けた時、出口から差し込む陽射しに眩暈を感じるような感覚を受けながら洸太郎は乗り物酔いに陥った感覚に身体が傾いた。
「づッ―――――気持ち悪ぃ」
頭がクラクラする感覚を強引に現実に戻した洸太郎は教室の周囲を見回す。
隣では似た様な感覚に落ち着きを取り戻した輝夜。
そして、一緒に転送されたであろう高天原学園の生徒達は完全に気を失っていたのか誰も目を覚まさなかった。
「戻って、これたんですね?」
「あぁ…………なんとも強引な気がするけど、とにかく帰ってこれてよかったよ」
だが、洸太郎の疑問は晴れる事はない。
どうにも最後にレミエルが残した言葉が気になってしまうのだ。
―――まぁ、元の世界が無事だったら、ですがね。
一体どういうことなのだろうか?
ふと、教室の窓から外を見る。
先ほどとは違い、よく晴れた青空。
そして現代に戻ってきたと実感できる景色が――――――見えなかった。
先ほどまでいた〝裏〟高天原学園は、校門から先は黒い影のような壁に阻まれていた。
現実世界に戻ってきたはずの高天原学園は校庭までは見えるのに、そこから先は深い濃霧に覆われておりそこから先が見えなかったのだ。
「おいおい、ンだよ…………これ」
「現実、ですよね?」
いつの間にか隣に立っていた輝夜も言葉を漏らす。
呆然としている二人だったが、腕につけていたデバイスに通信が入り声が聞こえたのをきっかけに現実に引き戻される。
『九鬼くん! 輝夜ちゃん!! 良かった、二人とも無事やったんやね!?』
通信してきたのは魔科學部技術顧問のアイリスだった。
久し振りに聞く声に安堵した二人だったが、今はそれどころではない。
「アイリス! 一体何が起きてやがんだ!?」
『九鬼くんも声を聞く限り無事そうで何よりや。こっちの状況を説明する前に何があったか説明してくれるか? 今はこっちもバタついててな…………玄蔵所長もここにおるし、ちょうどええやろ?』
どうやらアウローラでも何かがあったようで、スタッフ達の慌ただしい声が後ろで聞こえてくる。
確かに落ち着いて状況を確認したい洸太郎は簡潔に今まで起きた事を無駄なく、そして迅速で丁寧に説明をし始めた。
一通りの説明を聞いていた所長やアイリス、そしてスタッフ達は先ほどまでの慌ただしさが嘘かのように静かに洸太郎の話を聞いている。
『ふむふむ、ウチの思うてた『神託の術式』とは勝手が違うかったみたいやね……それに〝天使〟なんて物騒なモンまで出てくるとは』
神妙な声でアイリスは声を漏らす。
いつもの間延びした喋りはどこへやら、それほど今の状況は良くないらしい。
「ってか他の
輝夜からの報告を事前に聞いていた洸太郎は訊ねる。
一瞬の間を置いた後、アイリスは口を開いた。
『今―――――アウローラに所属するどの退魔士とも連絡がつかんねん。こっちで把握しとるんは『百鬼夜行』に似たモンが全国各地で発生しとる。便宜上、ウチらはこれを〝
言葉を失う。
更にアイリスは話を続ける。
『他の退魔機関も似たようなモンや。それぞれ各所で対応しとるみたいでな……どの機関も猫の手を借りても足りん状態や』
通信の向こう側の非戦闘員であるオペレーター達が慌ただしく動いてるのが聞こえる。
どうやら今置かれている状況はかなり悪いようだった。
「―――――ってオイ、今どの退魔士とも連絡がつかないって言ったか? それって…………」
『そう、キミも知っとる
黎明機関『アウローラ』が誇る最大戦力の誰一人として連絡が取れないという。
それは洸太郎がこの組織に入ってから初めての事だ。
「澪奈―――――秋嗣ッ」
昔からの顔馴染みの二人の名を呟く。
「(アホな事は考えるなッ! アイツらは俺なんかと違って紛れもない〝天才〟だ。大丈夫…………絶対、大丈夫だ)」
何とかざわつく心を落ち着かせて洸太郎は拳を握った。
そんなやり取りをしていると気を失っていた生徒の一人、滝沢雅紀を皮切りに次々と目を覚まし始める。
『他の人らも目を覚まし始めたから手短に話すな。九鬼くんにもう一つ言わなアカン事があるんや。窓の外見てみ?』
アイリスの言葉に洸太郎は視線を窓の外に向ける。
外は相変わらず濃霧に覆われており、数十メートル先も見えないほどだった。
恐らく、外に出ればもっと視界は悪くなるのだろう。
『実はな、その高天原学園を中心として濃霧は外部へと広がっていっとるのが分かったわ。ウチの解析班が調べた結果その濃霧は高濃度の瘴気で構成されてるみたいでその霧に触れたら最後、霧散されて消されてしまうみたいや。それは範囲を拡大していき、やがて全てを食い尽くす魔の濃霧。これの現象を
更に状況は悪化する一方だった。
どうやら自分達はとんでもない場所の中心にいる。
正直、それだけでも頭が痛い。
『ゴホン! だが悲観することないぞ』
唐突にアウローラ所長の玄蔵が割って入ってきた。
『他の退魔士達とは連絡が取れない状況だが、唯一連絡が取れた君達がいる。それは絶望ではなく希望なのだ。今、我々が出来るのは君達をサポートするぐらいだが我々は全力を以てこれに当たるつもりだ!』
普段は寡黙な所長の熱弁に思うところがあったのか、洸太郎は拳を握りしめる。
それは先ほどのやせ我慢ではなく、やってやるという決意の表れ。
「あぁ、任せ――――――――――――――」
キィィィィィィィンンと耳鳴りがした。
それはその場にいた全員が感じたようで、激しい痛みに所々から悲鳴が上がる。
「先輩!」
輝夜の声にハッとした洸太郎は悪寒がする方へと視線を向ける。
そこには、
「…………アンタは、
机に座り俯いたままの少女の姿があった。
ゆらゆらと上体を前後させる姿は少し不気味ではあったが、それでもどこか悲痛な姿だなと洸太郎は思ってしまう。
悪意はない。
敵意も、憎悪も、負の感情を感じるわけではないのだが、何故かこの少女を見ていると不安になってしまう。
「きゃぁぁっ!」
「み、御巫!!」
「幽霊だ!!」
「助けて!!」
「もう嫌だよっ…………」
パニックになった生徒達を横目に微かな違和感を感じる。
何故、こんなにも彼らは怯えているのか?
先ほどまで地獄のような場所にいた彼らにとって今更幽霊など―――――。
「………………なぁアイリス」
『何や? 何かあったんか?』
ほんの少しの違和感。
なので洸太郎は生徒達に聞こえないぐらいの小さな声で話しかける。
「この高天原学園に〝御巫〟って女子生徒がいるんだが、そいつの事を調べてくれるか?」
『かまへんけど、何かあるん? そっち側が何か騒がしいみたいやけど』
「後で説明する! とにかく頼んだ!!」
それだけ告げると強引に通信を切る。
まだ御巫はその場におり、相変わらず上体だけを前後に揺らしていた。
洸太郎と輝夜の視線が合うと互いに頷きゆっくりと近付いていく。
だが、二人が近付いたと同時に霧のようにすぅっと消えてしまったのだ。
「一体、何が?」
輝夜が呟く。
彼女の言う通り、何が目的なのか分からないがこうして姿を見せたのは二度目。
何か意味があると思い御巫という少女が座っていた席へ近付く。
そこは洸太郎が何気なく不思議に思った席だった。
他は綺麗な机なのにここだけボロボロの傷だらけになっている。
そして、彼女が座っていた机の上には一枚の〝M〟と書かれたメモ用紙が置かれていた。
消えたい。
私の居場所はここにはない。
消えたい。
空気、いや私は霧のように漂い散っていく。
消えたい。
私が何をしたというのだろう?
消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。消えたい。
そうだ――――――全て、消えてしまえばいいんだ。
とだけ書かれていた。
どこか悲痛な叫び。
「〝霧のように散っていく〟か…………御巫、お前は一体何を?」
彼女の言葉であろうメモと今の状態。
恐らく無関係ではないのだろう。
もう少し情報は無いのかを調べようとし、机に手を掛けた。
しかし、
キィィィィンと教室の床に魔法陣が浮かび上がり眩い光が包み込む。
この感覚をこの場にいる全員が知っている。
「ま、さか」
洸太郎が呟く。
だが、彼の呟きは掻き消され教室から姿を消した。
残されたのは静寂のみ。
彼らは再び〝裏〟の世界へと誘われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます