第12話 ③純粋な悪意




 〝裏〟の高天原学園とは違った場所。

 それは一目見れば大聖堂のような神聖な場所で自称、天使レミエルが生まれたままの姿で事の顛末を鏡で見ていた。


 「わぁ、凄い人もいるものですねぇ~。一応~」


 カーテンで仕切った一角にはどこから水道が引かれているのか分からないバスタブが置かれていた。

 彼女はそこに入るとシャワーを浴び始める。


 「でもぉ、〝退魔士〟っていうのも酷くないですか? ワタクシ、こう見えてもれっきとした天使ちゃんなんですよ~? そんな愛らしい天使に魔を退ける人が来るなんて…………?」


 一人きり、と思っていたが大聖堂にはもう一人いた。

 その人物はただ横に首を振るだけでレミエルの裸体から視線を逸らしている。


 「なーに恥ずかしがってるんですかぁ? 別にワタクシは気にしませんよ~。人間に見られたところで何も思わないですし、アナタはこの美しい姿を直視して感動で跪けばいいんですよ~」


 挑発するかのような発言にその人物はイラっとしながらもただ呟いた。


 ―――の邪魔にならないの?


 そんな人物の疑問を鼻で笑うかのようにレミエルは軽くあしらう。


 「ジャマ? 可笑しな事を言う人ですね~。退魔士といえどたかが人間。そんなのがワタクシの立てた完璧で究極な計画プランを崩せるはずがないじゃないですかぁ」


 シャワーの水を止めるとレミエルがゆっくりとバスタブから出てくる。

 そして裸のまま大聖堂の祭壇へ腰を掛けた。

 ふわりとウェーブのかかった銀色の髪から雫が落ちる。


 「さてさて、〝次の試練〟ではどんな結果が待ってるのか…………楽しみですねぇ」


 おおよそ、天使とはほど遠い笑みを浮かべながらレミエルは口の端しを吊り上げる。

 それを見ていた人物は背筋に薄ら寒いモノを感じた。

 本当に、自分は〝これ〟を信じても良かったのか? と。


 「大丈夫ですよ~。ワタクシは天使です。迷える子羊アナタを導くのが使命ですので―――――ワタクシは〝使命〟の為に、そしてアナタは〝自分自身の物語〟の為に。これぞウィンウィンというものですねっ」


 ―――分かってる。


 その人物が呟くとそのまま大聖堂から姿を消した。

 蜃気楼のように、スゥと消えたのだ。

 レミエルを残した大聖堂は静寂に包まれている。


 「さて、と」


 レミエルは指を鳴らし、同時に純白の羽衣が彼女の裸体を覆う。

 先ほどまでの笑みは消え失せ機械のような表情になった。


 「〝創造の種子〟は撒かれました。ここからどう動くのか…………楽しみですね」


 彼女の言葉だけが虚空に響いた。

 その言葉に返答する者は誰もいない。










 一方、高天原学園での死闘を終えた九鬼洸太郎と紅月輝夜の二人は途方に暮れていた。

 ウサギの怪異を撃破したのは良かったのだが、そこから何か劇的な変化がある。

 二人はそう思っていた。

 しかし、いつまで経っても閉鎖空間に変化はなく静寂だけが残っている。


 「で? これからどうするのかな?」


 聞いてきたのは滝沢雅紀で、彼も怪異と退魔士を名乗る二人の戦闘が終わった事を確信した後にひょっこりと出てきた。

 彼の後ろを見ると、まだ生き残りがいたのだろう。

 ちらほらとこの高天原学園の生徒達が次々に中庭へとやって来た。


 「どうするって―――――さぁ?」


 洸太郎もそう答えるしかなかった。

 全ての元凶であろうウサギの形をした怪異は確かに消滅した。

 それは洸太郎だけでなく、輝夜も確認している。

 しかしこの閉鎖された空間に何も変化が起きない以上、他にも何か原因があると考えるのが普通だった。


 「ですが先輩、他の原因を探るにしてもこの人達を何とか元の世界に戻す事は出来ないのですか? ここへ来たように元の世界に戻る魔法陣を探すとか」


 輝夜の提案も分かる。

 しかし、


 「今俺達が別々に動くのはマズいんじゃね? 


 洸太郎の言葉に輝夜はギョッとした。

 今のウサギの怪異みたいなのがまだいる?

 輝夜の表情を察したのか、洸太郎は続けた。


 「さっき滝沢が言ってたんだよ。俺が来る前に馬と鳥みたいなのが襲ってきたって。そうだよな?」


 洸太郎の問いに急に振られた滝沢はオロオロしながらも答えた。


 「う、うん―――――さっきのウサギの前に鳥のバケモノで、その前の最初に来たのが馬だった」

 「多分だけど、あのウサギに似た様な怪異は他にも〝十一体〟いるはずだ。もしかしたらそいつらが襲ってこないとは限らねぇんだよ」


 十一というのは具体的な数字だな、と輝夜は思った。

 一体どこからその数字が来たのだろうか?


 「馬が七回の鐘。鳥は十回。でさっきのウサギは四回の鐘で現れた」


 そこまで言われ、輝夜が何かに気付いた。

 鐘の回数と獣の種類で思い浮かんだのが一つだけある。


 「………………もしかして、干支えと―――――ですか?」


 輝夜の回答に洸太郎は指を鳴らす。

 考えはどうやら同じだったようだ。

 子 丑 寅 卯 辰 巳 馬 未 猿 鳥 戌 亥の十二支を順にするならば、色々と合点がいく。


  『十二の獣は鐘の音が響くと門より這い出てくる。それは果てなき虚空の闇。安寧の洞。出入り口はそこでありそこでない。四つの獣は時を刻みし金色を追いかけ闇へと落つ』


 その推測にプラスしてこのメモに書かれている通りならば、四つ音の獣―――――〝卯〟を門の中へ叩き戻せば元の世界に戻れるものだとばかり思っていたのだが、それも違うとなるとどうすればいいのか、と頭を悩ませている状態なのだ。

 洸太郎と輝夜が二人揃って考え込んでいると、教室のスピーカーから大音量で放送開始のチャイムが響いた。





 『みなさーん、お疲れ様でーす。みんなの天使、レミエルちゃんで~す』





 この地獄じょうきょうを作り上げた張本人がコンタクトを取ってきたのだ。

 洸太郎と輝夜がポカンとしている中、他の生徒達はざわつき始める。

 そんな騒ぎをものともせずにレミエルの放送は続く。


 『はーい、静かにして下さいねぇ。まずは第一の〝試練〟お疲れ様でした~。すこーし予定とは違った人達イレギュラーが紛れ込んでいたようですが、ワタクシは大いなる神に使えし者。寛大な心で寛大に受け止めましょうっ』


 大袈裟な言い回しにいい気はしなかったが、洸太郎達の動きはどうやら筒抜けのようだった。

 輝夜がそっと洸太郎に近付き、小声で話し始める。


 「(この放送、もしかして放送室にいるんじゃ?)」

 「(もしかしたらな。けど罠の可能性もあるだろうし、もうちょっと聴いてみよう)」


 二人を置いて放送は続く。


 『では、を用意しますのでしばらくそのままお待ちくださいね』


 その言葉に生徒の一人が声を上げる。


 「も、もう嫌だ! 帰らせてくれ!! みんなも帰りたいだろ!? 俺は普通に暮らしたいんだ!!」


 その悲痛な叫びに共感したのか、他の生徒の声が次々に上がっていく。


 「そうだ! 頼むからもう家に帰りたい!」

 「私も、異世界になんか興味ないからっ」

 「お家に帰してよ……」

 「こんな場所は嫌だ!! 頼むから元の世界に帰らせてくれ!!」


 声は大きくなり、悲痛な叫びが教室に充満していく。

 相手レミエルはこの声が届いているのだろうか?

 輝夜の予想通り、『放送室』にいるのなら当然聞こえるはずはない。

 もし、この声が聞こえているのならば―――――。

 しばらく間が空いた。

 そして、


 『はぁ―――――――皆さん、?』


 その一言に、教室は一瞬で静かになった。

 朗らかな人が怒ると怖いというのはよく聞くが、ここまでの効力があるのか?

 明るかったレミエルの声は低く淡々としていた。


 『ワタクシと最初に交わした契約を勝手に破棄しようだなんて無謀無知にもほどがありますよ? いくら温厚と言われたワタクシでも怒る時は怒りますよ~。この意味、分かります?』


 スピーカー越しとはいえ、ここまでの圧力プレッシャーをかけてくるとなると、本当に天使なのかもしれないと洸太郎は思うほどだ。

 なので、


 「じゃあ関係ない俺らは帰らせてくれよ。正直ここの空気は耐えらんねーんだよな。空気も気分も暗いし」


 洸太郎の発言に全員の視線が集まる。

 その中には当然のように輝夜も含まれており、


 「先輩ッ!?」


 だが、洸太郎は気にせずに続ける。


 「どうだい? 神の御使いと言われる天使様だってんなら、俺に慈悲ぐらいはくれよ。それとも、それこそ天使ってのは名ばかりか? ここにいる全員を帰せないって程度の天使ならたかが知れるよな~」


 あからさま挑発。

 スピーカー越しから圧力というより、最早その圧は殺気に近いものがあった。

 全員が固唾を飲み込む中、レミエルの声が響く。


 『――――――――――――いいでしょう。一度だけ戻る事を許します』


 声と同時に教室に魔法陣が展開される。

 純白の光に全員が包まれる中、レミエルの声だけが耳に届く。


 『もし次の試練に挑戦するのならもう一度その魔法陣に入りこちらに戻ってくればいいですよ~。もちろんそのままあちらへ帰ってくれても結構です。まぁ、、ですがね』


 最後に気になる事を言い残した後、その場にいた全員の意識は遠退いていった。

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