第10話 二章 『吉方と凶方は紙一重』 ①悪性




 嫌な予感は当たっていた。

 『音楽室』から飛び出した洸太郎は、今いる廊下の窓から見える向かい側の廊下にウサギの怪異と輝夜が対峙したのを目撃する。

 禍々しいオーラを纏った大鎌を振り上げて攻撃する輝夜を見て洸太郎はどうするかを考えた。


 「(クソッ! アイツの能力を伝えねーと紅月が!?)」


 グダグダ考えている暇はない。

 意識を集中させ自分の術式刻印システムコードに力を流し込む。

 数度だけだが相対したウサギの怪異の能力は



 あとは、それを〝簡易化〟させ『再現』すればいい――――――。



 「術式展開コード・セット


 伊達に何度も攻撃を受けたわけではない。

 自分の攻撃が当たらなかった理由。

 全く関係のない所に散乱していたモノ。

 そして、〝ウサギ〟という特性―――――――――――。

 それら全てを理解し、構築し、発動させる。


 「劣化版術式起動フェイクコードセット疑似再現トリガーオン


 足元に魔法陣が浮かび上がる。

 そして、あちらではウサギが輝夜から距離を取り攻撃の動作に入った。

 タイミングは一瞬。

 輝夜とウサギの間に


 「いっ―――――――――――――けぇぇぇぇぇえぇぇえッッッ!!」


 叫んだ時、意識と身体がバラバラになりそうだった。

 一瞬で離れた場所に移動するのだ。

 それなりのリスクはあると思っていたが予想以上にキツイ。

 だが、その甲斐あってかウサギが輝夜に攻撃をする前に洸太郎は輝夜の前に跳躍する事に成功した。

 素早く身代わりの護符を取り出し輝夜の髪の毛を一本抜き取りセットする。

 それと同時にウサギの攻撃は護符へと流れ込み粉々に砕けていった。

 間に合った―――――安堵と同時に洸太郎はため息をつきながら輝夜へと声を掛ける。


 「ったく、先輩命令を無視するダメな後輩は後で説教な。―――――大丈夫か? 紅月」


 呆然としていた輝夜には声だけをかける事にした。

 目を背けてしまうと次の攻撃を躱す事が困難になってしまう。

 だから、九鬼洸太郎は目を離さず目前の〝敵〟を睨み付ける。


 「さぁ、決着ケリつけようぜウサ公―――――テメェは、俺らが祓うッ!」


 力強い言葉に呆気に取られた輝夜だったが、ふと我に帰った。


 「せ、先輩ッ―――――い、今のは?」


 疑問に思いながらも、輝夜が立ち上がると月紅牙を構える。

 スラリと伸びた紅蓮の刃を見た洸太郎は内心おっかねーと思いながらも退魔刀を構えた。


 「まぁその説明は後で――――――――――それよりよくここに来れたな?」

 「私も詳しい説明は後ほど。それよりも技術顧問チーフから〝ある物〟を預かってます」


 輝夜から渡された物。

 それは漆黒の手甲だった。

 それを両腕に嵌め拳を合わせる。

 ガァァァン、とけたたましい音が響き大気を震わせた。


 「なるほど」


 退魔刀の刃を納め徒手空拳の構えをする洸太郎。

 その構えは達人、というよりも喧嘩に近い自然な構えでもあった。


 「俺の固有退魔武装シュネーヴァルツァーか…………何かカッコよくない?」

 「そんな事言ってる場合ですか!? 来ますッ!!」


 ウサギはその場で数度、跳躍する。

 そして、姿

 一瞬だったので判断が遅れそうになる。

 だが、そこは退魔士としてのレベルの違いなのだろうか輝夜は瞬時に反応する事が出来た。

 大鎌の柄で蹴りを受け止めるとそのままがら空きになったウサギの身体に洸太郎の拳が刺さる。

 ここに来て初めて攻撃が通った。

 術式を籠めた固有式典武装での攻撃は思いの外効果があったらしく、洸太郎の放った拳の勢いに負けてウサギの身体は思い切り吹き飛んでいく。


 「やった―――――」

 「紅月さんや! それは世間で言うフラグですのよ! このまま追撃だ!!」


 短いやり取りを終えるとこのまま祓う為に一気に距離を詰める。

 しかし―――――吹き飛んでいったはずのウサギは再び洸太郎達の背後に立っていた。

 だが、ダメージが無いわけではない。

 ウサギの身体からは瘴気が漏れ血のように真っ赤だった瞳が更に赤く染まっている。


 「いつの間に―――――」


 輝夜が絶句していると、横にいた洸太郎が呟く。


 「


 何かに気付いた洸太郎は構えを解かない。

 そのまま小声で輝夜にウサギの能力について説明をし始める。


 「多分、十中八九なんだが……アイツの能力は『跳躍』だ」


 今までの事を思い返してみる。



 命中するはずだった銃弾はウサギに当たる直前に消えた。

 しかしその銃弾は何故か洸太郎が隠れていた教室に落ちていた。

 くり貫いた教室の壁が何故か校庭に落ちていた。

 ウサギが移動する際の足音が不自然に途切れていた。

 この校舎には生徒達の死体が多数あったが、その中にはのを確認する事が出来た。



 「アイツの『跳躍』は一定の範囲内の物質を瞬時に転移させる。飛び道具はそのまま消えて何処かへ行くし、手で輪っかを作りその中に入った対象を部分的に跳ばす事によって一部が抉り取られてしまうって感じか――――――アイツの術式を解析した感じだと自分の身体もその対象に入ってるから瞬間移動みたいに別の場所に跳ぶことが出来るんだろうな」


 洸太郎が説明を終えると素直に輝夜は感心した。

 ここでどのような戦闘が行われていたか輝夜は知る由もない。

 しかし、どんな退魔士でも手広く観察するには限度というものがある。

 彼はその観察眼に長けている為に今まで戦い抜けてこれたのだろうと輝夜はそう思った。


 「野郎が苦手としてんのは接近戦インファイトだ。一気にカタつけんぞ」

 「はい!」


 幾重にも紅い一閃が奔る。

 自分の倍ほど長い大鎌を振り回す様はまるで舞を踊っているような、そんな優雅さをも兼ね備えていた。

 一方で洸太郎は輝夜の邪魔にならないようにうまく立ち回っている。

 ウサギが輝夜の刃を躱しながら反撃に出ようとするところを残った破魔札で動きを封じようと動く。

 初めての共闘で息が合うか心配だったが、それも杞憂に終わりそうだと二人は思いながらウサギを追い詰めていった。


 ッッッッッ!!


 追い詰められたウサギは徐々に怒りを露わにしている。

 それは人間に攻撃を受けている、

 こちらに顕現してから時間が経ち過ぎているのだ。

 焦燥感に駆られたウサギはその瞳を赤く染める。

 赤く、紅く、朱く、赫く―――――。


 コ、ロ、ス。


 殺意だけが溢れ出し、そしてウサギの中で何かが弾けてしまった。

 ウサギの体躯は膨れ上がり、紳士のような燕尾服は破れていく。

 口から覗かせていた齧歯は鋭い牙に変わり体毛は白から徐々に薄汚れた灰色に染まっていく。


 「な―――――」

 「――――ンだ」


 洸太郎と輝夜が絶句する。

 人型のウサギはやがて獣のような姿となり廊下いっぱいに膨れ上がった。

 本来のウサギの姿と言えばそうなのだろうが、しかしあまりにもサイズがおかしい。

 体毛は抜け落ち肌の部分が見え隠れしているが、その皮膚下にはグロテスクな血管が浮き出ている。

 ドクドクと脈打つ音はまるでエンジンの掛かったトラックのように廊下に響き渡っていた。


 「くっ!」

 「怯むな紅月!! 今の内に仕留めに掛かるぞ!!」


 洸太郎が叫びながら拳を振り上げその巨体に叩きつけようと距離を詰める。





 だが洸太郎の目の前にいたはずの巨大なウサギの姿はどこにもなく、代わりにいたのは死神鎌を構えていた輝夜だった。





 「は?」

 「え?」


 間の抜けた声が出たと二人とも思った。

 洸太郎が慌てて攻撃するのを止めると辺りを探るが、あの巨体がどこにもいない。

 一体どこに?

 その疑問はすぐにやって来た。

 ふと廊下が暗くなったので何気なく窓の外を見る。

 薄暗い空間とはいえこの明るさなら反対側の校舎は普通に見えるはずだったが、今はそれが見えない。

 代わりに灰色の物体が彼らの視界を覆っていた。

 それが巨大化したウサギだと気付いた頃には二人の背丈ほどの脚が窓を突き破り衝撃となって襲い掛かっていた。


 「う、ぐぅぅぅっ!」

 「が、―――――はっ」


 廊下を抜け、教室を突き破りそのまま窓を破壊しながら二人は校庭へと飛ばされていた。

 まるでアクセル全開のトラックに体当たりをされたような、そんな衝撃だった。


 「ぶっ、無事か―――――紅月?」

 「…………ど、ちらかと、言えば…………無事じゃ、ないです」


 洸太郎と輝夜は祓衣を着ている。

 そのお陰でダメージがのだ。

 今のを生身で受けてしまえば一瞬でただの肉塊に変わってしまう所だった。


 「(クソが―――――身代わりの護符は霊的攻撃にのみ作用する。それが発動してないって事は今のウサ公の攻撃は単純な物理って事かよ)」


 あんなのを何度も喰らっていると装備は一級でもそう何度も保たない。

 そう思っていると、空から大きな物体が落下してきた。

 ズゥゥゥン、と着地をしたのは灰色に変色したウサギ。

 どうやら自分達を逃がすつもりは全くないらしい。


 「動けるか? 紅月」

 「なん、とか―――――ですが今のは一体?」


 混乱している輝夜を余所に洸太郎は今起きた現象について思うところがあった。


 「多分『跳躍』が進化っつーか〝変化〟したっぽいな―――――自分を含めた対象の位置をランダムに跳躍ジャンプさせて入れ替える。ウサギの場所に紅月が、ウサギは外にジャンプしたって感じか………………ここにきて『悪性変異』するとは思わなかったぞ」


 明らかに先ほどとは違う能力に目覚めたウサギは涎を垂らし、耳を震わせる。

 筋肉量が増えた事により蹴りの威力、そして獰猛さも倍増しているのが見た目からでも分かった。


 「悪性変異―――――――確か大量の瘴気に当たっていると怪異の力が上がり変化していく現象、ですよね?」

 「あぁ、要するに面倒くさい奴が余計に面倒くさい奴に変身したって事だよ」


 そう呟きながら、さてどうしたものかと思考を巡らせている洸太郎。

 ふと、自分の足元にキラリと何かが落ちている事に気が付いた。

 戦闘中とはいえ視線を逸らすのは間違っているのだが、洸太郎は〝それ〟を拾い上げる。

 金色の丸い形の物体に鎖のようなものが付いたアンティーク。

 突起物を軽く押すとパカッと蓋が開き、それが懐中時計だと分かった洸太郎はウサギが今まで以上に殺気を溢れさせている事に気が付いた。

 ウサギを一瞥し、そして手元の懐中時計に目を移す。


 「………………どーやら〝これ〟が大事みたいだな」


 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる洸太郎。

 今日、初めて会った輝夜ですら「あ、悪い顔してる」と勘付いたほどだ。


 「紅月…………耳貸せ」


 ごにょごにょと何かを伝える洸太郎。

 それを聞いた輝夜は最早呆れててしまう。


 「本気で言ってますか?」

 「本気と書いてマジと読むぐらい本気。頼んだぞ――――」


 それだけ伝えると輝夜はその場から去ってしまった。

 そして、残された洸太郎は巨大ウサギと対峙する。


 「さて、これが大事なら取り返しに来いよ」


 ウサギは声にならない咆哮を上げ突進してくる。

 これが最後の戦闘になるだろう、そんな予感を抱きながら洸太郎は身体中の術式刻印に力を籠めた。

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