第7話 ⑤〝卯〟の襲来




 最初の印象ファーストインプレッションは『不思議の国のアリス』に出てくるウサギだった。

 燕尾服に片目には片眼鏡モノクルを着けた少しお洒落なウサギ。

 しかしその白い体毛に付着している赤い染みが不気味さを際立たせている。

 間違いなく〝これ〟は退魔士じぶんの知る怪異そのものだった。


 「―――――――――――」


 ヒクヒクと鼻を動かす仕草は愛らしいのだろうが、洸太郎は先手必勝と言わんばかりに銀の銃弾をウサギへとブチ込んだ。

 三発の銃弾は吸い込まれるようにウサギへと向かい、そしてその頭部を弾くように着弾―――――

 しかし、


 「あ?」


 着弾する瞬間、弾丸は何処かへと消え去っていた。

 一体何処へ?

 そんな疑問が脳裏を過る間もなく、


 ギュゴッッッッッ!!


 何かが削れるような、そんな不協和音が響き渡る。

 そして、洸太郎の懐から身代わりの護符が一枚ひらひらと粉々になって落ちた。

 身代わりの護符は簡単に言えばゲーム風に言うところの〝残機〟のようなモノだ。

 洸太郎の身体の一部(爪や髪の毛)を張り付ける事により

 つまり、それを意味するものは―――――。


 「ッ!? 攻撃された!?」


 マズイと思った洸太郎は意識を集中させる。

 自身の内側に張り巡らせている術式刻印に力を流す。


 「術式展開コード・セット肉体強化ドーピングポイントッッッ!!」


 一気に距離を詰め同時に『汎用退魔式迎撃武装シュヴァルツ』を起動させる。

 肉体の強化と武装起動の手順を飛ばし術式の展開と起動を同時に進行させ成功したのは久しぶりだった。


 「ぅるぁぁぁぁッッッ!」


 一閃する白銀の退魔刀シュヴァルツはそのままウサギの首へと吸い込まれるように切り裂き―――――――


 「なッ!?」


 ウサギが手を翳し洸太郎を囲うように手で輪を作る。

 内側に入った洸太郎の姿を確認したウサギはギュッと握り締める動作を行う。


 ギュゴッッッッッ!


 再び洸太郎の身代わりとなった護符が粉々に砕ける。

 目に見えない攻撃は色々な怪異で目にした事はあるが、かなりやり辛い。

 恐らく攻撃の動作モーションは〝対象に手を翳す〟という行動なのは理解が出来る。

 しかしウサギの移動速度が洸太郎の予想を遥かに超えているのだ。

 肉体強化を経た洸太郎の視力でも捉えるのは現段階で不可能に近い。


 「(このウサ公ッ! 見た目に反してエグイ事しやがるッッッ!)」


 既に身代わりの護符は二枚破壊された。

 残り八枚でこのウサギを撃破しなければこの先何が起きるか分からない状況では心許ないがそれを言っても仕方がない。


 「(問題は――――――――――)」


 チラリと周囲を見回す。

 今、このウサギは洸太郎を敵と認識している為か他の生徒達を攻撃する様子はない。

 だが、いつ気分が変わり標的を変更してしまうか分からないのはあまり宜しくなかった。

 なので、


 「アンタらは早く逃げろッ!! 死にたいのか!?」


 数発銃弾を空へ向け発砲する。

 普段、発砲音を聞く事がない生活をしていた彼らにとってこれ以上の恐怖はない。

 一斉に悲鳴を上げながら散り散りに一人、また一人と逃げていく。


 「よォ、やっと二人っきりになれたなぁ? ―――――あ、お前は一羽になるのか?」


 片手に銃と反対の片手に刀を遊ばせながらゆっくりとウサギの周りを歩く。

 ウサギの削る攻撃の射程距離が分からない以上、その場にいるのは危険だ。

 ならば動き回って的を定めさせない方がいいと判断したのだが、


 「―――――――――――――」


 ヒクッと鼻が動いた刹那、

 距離は数メートル。

 しかも先ほどとは違い、一切の油断を洸太郎はしていなかった。

 目を離さず、どんな動きをしても対応が出来るように用意をしていたほどだったのだがそれらは全て無意味だった。


 「お、あ、―――――あああああああああああああああああッッッ!!」


 必死に躱そうと身を捩る。

 身代わりがあるとはいえそれに頼ってばかりいてはならない。

 彼が他の術士より劣っている為に護符が尽きてしまえばそこで死んでしまうのバッドエンドは確定してしまうのだ。

 だからこそ情けない姿を見せてでも逃避する。


 ゴッッッッッ!!


 洸太郎の頭頂部スレスレをウサギの鋭い蹴りが通過する。

 通り過ぎた後にやってくる風圧がウサギが放つ蹴りの威力を物語っていた。

 全身がヒリつく感覚を肌に感じながら引き金を数発引く。

 だが、やはりウサギには通用しないのか銃弾は虚空へと消え去りもう一度距離を取る事にした。


 「ほんっっと面倒くさいウサギだな!?」


 悪態をつく洸太郎だったが、内心落ち着くように冷静になる。

 そして、もう一度ウサギを観察した。

 燕尾服を纏ったウサギの服装は乱れておらず、唯一の汚れは生徒達の返り血だけだ。

 傍から見るとかなりのホラー演出だが、恐怖よりも徐々に苛立ちが勝るようになってくる。

 燕尾服に片眼鏡だけでもお洒落なのにそれを着けているのがウサギというのも腹が立つし、時折鼻をヒクヒクと動かす仕草も段々腹が立つ。

 耳もちょこまかと動かしている仕草などは、一般的から見て癒しになるのだろうが余裕を見せているだけなのかもしれない。


 「―――――――――しゃーねーな」


 周囲を確認し、生徒達が逃げ切ったのを見届ける。

 この場にはウサギが殺めた生徒達と、その当の本人と洸太郎しかいない。

 ならば、


 「術式展開――――――」


 銀色の筒に力を流し込む。

 何をするのか分からないが、ウサギは先手を打とうともう一度瞬間移動をし洸太郎の背後へと回った。

 だが、それを見越していた洸太郎はニッと笑い銀の筒を手から離す。



 瞬間、目映い閃光と爆音が周囲に轟く。



 閃光手榴弾スタングレネード―――――敵地から撤退を余儀なくされた場合に使用する現代兵器の一つ。

 怪異相手にも効果を発揮する魔科學班の特製だ。


 「――――――――――ッ!?」


 悲鳴にならない声を上げるウサギは目を覆いのたうち回る。

 追撃が来ると思ったウサギは態勢を立て直し、気が付けば周囲には誰もいなかった。

 先ほど相手をしていたはずの人間がいない。

 身体を震わせ怒りを露わにするウサギは、ひっそりと佇む校舎を睨みつける。

 そのつぶらな瞳は真っ赤に、まるで鮮血のように染まっていた。










 「ッだぁ! めんどくせー」


 閃光手榴弾の閃光と爆音に紛れて退避した洸太郎は、校舎に入るとすぐに物陰に隠れながら自分の武器を調べる。

 消費したのは銀の弾丸が入ったマガジン一本と身代わりの護符が二枚。

 そして先ほど使用した特製閃光手榴弾が一つ。

 しかも極めつけは攻略法が全くない。

 さてどうしたものか、そう思っていると――――――――。


 ひたっ、ひたっ、ひたっ。


 足音が聴こえた。

 他の生徒―――――ではない。


 「(チッ、もう復活しやがった)」


 このままここにいては格好の餌食になるのは明白。

 今は身を隠すしかないと判断した洸太郎は近くの教室へと入っていった。

 不気味なほど静かになった校舎にウサギの足音が響くだけで他に物音を立てる者はいない。

 息を殺しながら銃を構えた洸太郎は、ふと人の気配を感じる。

 周囲を見ると、こちらの様子を窺ってくる視線を感じた。

 それは先ほど中庭で偶然助けた少年で、視線が合うと怯えたように「ひっ」と短い悲鳴が上がる。


 「シーッ、声を出すな」


 小声で注意を促すと慌てて少年は自分の口を塞いだ。

 同時に、


 ひたっ、ひたっ、     ひたっ、ひたっ、    ひたっ。


 「――――――――――――――」

 「……………………………………」


 息を殺し、ウサギが通過するのを待つ。

 すぐそこにいる。

 洸太郎はともかく少年の恐怖は増していくばかりでガタガタと震えるのが近くにいても分かった。

 そして、ウサギの足音が止まりこの辺りを探しているのが分かったのですぐに動けるように身構えた洸太郎は足元で何かが当たった感触を覚える。

 視線を落とし足を避けると、そこには見た事のある銀色の物体が転がっていた。


 「(これは―――――――――――)」


 普通に考えれば絶対にあるはずのないもの。

 その銀色の物体を取り上げまじまじと観察していると、


 ゴバァァッッッ!!


 けたたましい音を響かせながら教室の壁がごっそりとくり貫かれた。

 穴の向こう側から覗かせるのは白い体毛に覆われた紅の眼を持つ怪異ウサギ

 洸太郎は即座に退魔刀を抜刀しウサギへと突撃する。

 白銀の刃がウサギの命を絶つために奔らせるも全てが躱されていく。

 攻撃は全て大振り。

 ただ振り回しているだけで、そこには技術も生きるための執念も感じられない。

 相手も馬鹿ではない。

 大振りな攻撃をしてくる洸太郎はいいカモだった。


 ―――もう一度。


 手を輪にし洸太郎を囲うようにその輪の中に収める。

 それだけ。

 それだけで全てに決着ケリがつく。

 そう思っていた。


 「―――――ッ! 今だ!!」


 洸太郎は退魔刀を放り投げ一気にウサギの懐へと入る。

 肉体強化は既に発動済み。

 ウサギの身体に一枚の札を押し当て、術式を起動し


 「術式発動セットアップ――――――――――吹き飛べこのウサ公」


 バチバチバチィィィィィィッッッ!!


 そうけたたましい音を鳴り響かせ、手にしていた破魔の札が破裂する。

 あまりの衝撃にウサギは吹き飛び廊下の窓を突き破りながら校庭のグランドを転がっていく。


 「逃げんぞ!!」


 そう叫びながら洸太郎は少年の手を取り教室を去った。

 今の一撃で祓えれば良かったのだが、あまりにも手応えがなさ過ぎる。

 ふと、校庭の隅に目を奪われた。

 そこには瓦礫が円形状にくり貫かれた状態で放置されているのを見て、疑問に思いながらも今は撤退するべきだと思いその場を後にした。

 しばらくして、

 校庭に舞い上がった土煙が晴れてくる。

 そこにいたのは、白い体毛は転んだ拍子に薄汚れ、綺麗な燕尾服が焼け焦げただけでほぼ無傷の状態のウサギが立っていた。

 懐から取り出したのは丸い形の懐中時計。

 それをパカッと開き、〝何か〟を確認するとウサギの眼はより鮮明に真っ赤に染まっている。

 感情は読めないが、その眼から分かるようにウサギの感情は〝怒り〟に染まっている。

 校舎を再び睨みつけると、ウサギは一瞬で姿を消した。

 傍から見るとそれはまごう事なき『瞬間移動』そのもの。

 誰も居なくなった校庭には不気味なほどの静寂だけが残った。





 だが、他の誰も気付いていない事が一つ。

 校庭の端で、ただ一人だけ事の顛末を見届ける者がいた。

 陽炎のようなその存在じんぶつはただ無言で見守り、そして蜃気楼のように消え去る。

 今度こそ、校庭には誰一人として居なくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る