第6話 ④潜入〝裏〟高天原学園




 九鬼洸太郎くきこうたろうは気が付けば見知らぬ教室にいた。

 そこは先ほどと違い周囲が薄暗く、そして濁った空気が教室全体に充満している。


 「なんつー瘴気…………戦闘用の祓衣はらえのまといを着てなきゃ俺なんか一時間も保たねーぞ」


 黒を基調とした戦闘用に造られた祓衣の機能を確かめつつ、洸太郎は教室の窓から外の様子を見る。

 外にはこの学園の校庭が広がっており、それより外は真っ暗で遠くを見る事すら出来なかった。

 それになにより、


 「―――――――――チッ、胸糞悪い」


 校庭には転々と何か黒い染みのようなモノが散乱している。

 目を凝らすまでもなく、〝それ〟がなのは明らかだった。

 胴体が引き千切られたモノもあれば黒く焼け焦げたモノもある。

 校庭だけで恐らく十人前後といったところだろう。

 あやふやなのはその死体のどれもが五体満足ではない事で正確な人数が把握できないという事もあった。


 「っつか、何をどうすればここまで酷い有様にあるんだ? 統一感もねぇし」


 洸太郎が不思議に思っていたのはそこだった。

 大体このケースの怪異が絡んでいると人の死に方は統一されているものだ。

 しかし、この場所にはそれがない。

 しばらく頭を働かせていたが、ふと思い出したように天井を見上げてみる。

 そこには平凡な天井が広がっているだけで魔法陣も無ければ自分がやってきた形跡も見当たらなかった。


 「完全に一方通行だったか―――――こりゃ紅月残して正解だったな」


 ある程度の予測は立てていたが、最悪な方が当たってしまうと何故か損をした気になってしまう。

 だが、ここでうだうだ考えていても埒が明かないので洸太郎は教室から出る事にした。

 周囲を確認し、廊下の窓から見える中庭を見下ろす。

 どうやら今彼がいるのは校舎の三階に位置する場所だというのが分かる。

 洸太郎がざっと見た感じ、ここの造りは先ほどまでいた高天原学園に酷似している事が分かった。

 違いがあるとすれば校庭より外が漆黒の外壁があり行き止まりだという事。

 そして中庭には大きな時計台が置かれており、どの位置からでも時間が見れるように四方に時計盤がある事。

 そしてその支柱にあたる部分には大きな門が四つ用意されているという事が見て分かった。


 「あからさまに〝何か〟あるってのが分かるな―――――ってか隠そうともしてねーし」


 そう呟きながら自分がアウローラから持ち出した装備品を確認する。

 白銀の筒状で術式を起動させる事により簡易式の退魔刀が飛び出す『汎用退魔式迎撃武装シュヴァルツ』が一つと同じく汎用式退魔銃が一丁。

 怪異に効く銀の弾丸が装填されたマガジンが三本に破魔札と結界札が五枚づつ。

 そして、身代わりの護符が十枚。

 装備としては心許ないが、何にせよ戦闘での幅が広がるのは願ったり叶ったりだ。

 自分は劣等術士コードレスだ―――――他の退魔士達とは違い怪異を一撃で屠るような術式は生憎と持ち合わせていない。


 「さて、と」


 まずはここで生きた者がまだいるのかを探すところから始める。

 何も分からないまま全滅していました、という事態だけは何としてでも避けたい洸太郎は静かに伸びる廊下を進んでいく事にした。










 この空間にやって来てどれほどの時間が経ったのだろうか?

 外がずっと暗いので時間間隔が上手く掴めない。

 ふとスマートフォンを手にするも当然のように圏外という表示。

 そしてなぜか画面にノイズが奔り文字化けまで起こしている。


 「唯一時間が分かんのはあの時計台だけ、か」


 そう呟き時計台に目を向ける。

 特に変わったところはない―――――とは言い切れなかった。

 四方から見れるように設定された時計盤には漢数字が表示されているだけ。

 更にその下の部分には大きな門が一つ。

 長短針もなければそれが時計としての役割を果たしているかも怪しいものだった。


 「はてさて、どうなる事か――――――――――――ん?」


 ふと、妙な気配を感じた洸太郎はある教室の前で立ち止まる。

 上を見上げるとプレートには『図書室』と書かれていた。

 何気なく立ち寄ると、むわっとかび臭い匂いが鼻腔を刺激する。


 「……………………怪し、い?」


 見たところ変わったモノは置いていない。

 ただ、どうしても気になった洸太郎は周囲を探索し、やがて机の上に無造作に置かれていたモノに目を向けた。

 その視線の先には雑に置かれた一枚のメモが置かれている。

 それを手にし、用紙の裏面には小さく〝M〟とだけ書かれていたのを発見した。

 くるりと返すとそこには小さく綺麗な文字でこう書かれている―――――。





 この世界は監獄だ。

 暗くて先が見えない。

 まるで私の人生そのもの。

 私の娯楽は美しい小説だけ。

 あぁ、この世界は

 なんて

 残酷なのだろう。





 とだけ書かれていた。

 字体は綺麗で整っており、これを書いた人物は潔癖症なのかもしれないと思うほど列も綺麗に整えていた。

 そして、洸太郎はそのメモ用紙が重なっているのに気付き二枚目にも目を通す。

 先ほどのポエムじみた内容ではなく、これは物語の一文のようにも見える。





 不思議な世界に住んでるウサギさんは、楽しそうに飛び跳ねている。

 広く輝く場所でぴょんぴょんぴょん。

 逞しい足で一生懸命に飛び跳ねている。

 でも気を付けて。

 ウサギさんの邪魔をしてはダメ。

 邪魔しちゃうと大人しいウサギさんが怒って全部くりぬいちゃう。





 と書かれていた。

 何のこっちゃ、と頭を捻っていると廊下で微かにだが話し声のようなものが聴こえた。

 そっと気配を消し、廊下への扉を開く。

 そこには数人の学生らしき少年少女達が話し合っているのが見える。


 「感覚的にあと数分で次の扉が開くって! 俺は今度こそ中に入るぞ!!」

 「そんなこと言ってももしかしたらってあるじゃない!! 下手すれば〝アイツら〟に殺されちゃうんだよ!!」

 「お、俺も行こうかな…………ここで待ってても死ぬ事には変わりないし」

 「いやでも―――――」


 何やら言い合いをしてるのが見えたので刺激しないように廊下へと出た洸太郎は、そっと話しかける事にした。


 「あの~、ちょっといいか?」


 突然声を掛けられ身体を強張らす生徒達。

 混乱させるわけにもいかないので慌てて両手を挙げ自分は無害だと主張する。


 「落ち着けって! 俺は―――――――さっきここに来たばっかで何も分かんないんだ」


 あくまでも巻き込まれた、という風に洸太郎は説明する。

 ここで助けに来たぞと言って希望を持たせた時、


 「(まぁこんなところで俺は退魔士ですって言っても頭のおかしい奴に思われるだろうしな)」


 ここは穏便に―――――そう思っていた矢先、





 ごーん、ごーん、ごーん、ごーん―――――。





 不気味な鐘の音が響き渡る。

 人を不快にさせる音に耳を塞ぎたくなるほどの不協和音。

 しかしそれは洸太郎だけのようで、先ほど小声で口論していた生徒達数名。

 他に何人もの生徒が教室に隠れていたのだろう、鐘の音を聴くと一斉に幽鬼のような足取りで出てきては視線を時計台へと移す。

 その目には〝狂気〟のようなモノを含んでいる――――そう洸太郎は思った。


 「お、おい―――――」


 洸太郎の静止も虚しく生徒達は我先にと走り出す。


 「やった! 鐘の音だ!! しかも今度は四回!!」

 「今度こそ―――――!!」


 生徒の様子もだが、洸太郎にはあの鐘に何か嫌な予感がする。

 それは退魔士としての第六感なのだろう。

 そのまま放っておくことも出来ず洸太郎は彼らの後を追いかける事にした。










 洸太郎が時計台の周辺まで来ると先ほどの生徒の他にまだ二十人ほど人がいた事に驚いた。

 制服を見るに行方不明だった高天原学園とは違う制服に身を包んだ者もいる。


 「(銃の一発でもブチこめば静かになるんだろうが…………)」


 そんな事をすれば始末書だけでは済まないのでするわけないのだが、これでは埒が明かない。

 ふとそんな事を思っていると、門に何か書いてるのが見て取れた。

 文字は小さく先ほど洸太郎がいた場所からでは死角になっていた為見えるはずがなかった。


 「何て書いてんだ…………おい、そこの少年」

 「うへぇッ!? ぼ、ぼく?」


 適当に近くにいた生徒の一人に声をかける。

 多分この中では一番〝まとも〟だろうと判断したためだ。


 「あの門のところに書いてる文字、あれ何て書いてんの?」


 どうやら今更そんな質問をしてくるとは思っていなかったのだろう。

 戸惑いながらも少年は丁寧に質問に答えてくれた。


 「えと、確か『指針はクルクル回る。いい方向にもわるい方向にもくるくると。だけど気を付けて、間違えちゃうとこわーい門番がやってきてみんなを襲っちゃう』ってのが今見えてる門に書いてあった文字だけど…………」

 「今見えてる門に? ってことは他にも何か書いてんのか?」


 今いる位置からは当然見えない。

 なので少し場所を移そうと洸太郎は動く。


 「あっ、待ってよ! キミは門が開くの待たないの? 文字の意味は多分〝いい方向に回れば元の世界に帰れる〟って意味だと思うんだけど!」


 意味だけを捉えればそうなのだろう。

 だが、


 「まぁ、言わんとしてる事は分かるけどさ―――――あの字面みりゃって書いてるんだろ? そんなモン待ってたら―――――」


 洸太郎が言い終わる前にガゴォンと重々しい音が響く。

 恐らく門が開き始めた音なのだろう。

 他の門も気にはなるが人ごみを掻き分け門の正面に行こうとし、





 強烈な悪寒が洸太郎の背筋を奔った。





 「な―――――――――」


 誰も気付かない。

 門が開けば開くほど〝災厄〟は目の前に迫っている。

 だが、他の生徒達は助かりたい一心で我先にと門へと押し寄せていく。


 どけ、私が、俺が、僕が、お前ら、みんな、邪魔だ、助かるのは、俺だ私だボクだいや自分だ。


 突然立ち止まった洸太郎を放っておき少年も一緒に門へと進もうとし、

 驚く間も無く、

 目を見開き声を上げようとした。

 だが、

 それよりも早く、


 「せ、ろ―――――」


 ありったけの声で洸太郎は叫ぶ。





 「全員伏せろォォォォォォォォッッッッッ!!」





 ホルダーから退魔式銃を素早く抜くと躊躇する事なく銃を上空へ向け引き金を引く。

 突然の銃声に悲鳴を上げながらほとんどの生徒は伏せるが数人は聴こえていなかったのか門へと吸い込まれるように走って進む。

 待て――――――そう叫んだ洸太郎の声も虚しく、



 ドギュッッッッッ!!



 と何か削れるような、

 そんな不快な音が響いた。


 「い、一体何が」


 少年が顔を上げると同時にパシャッと顔に何かの液体がかかる。

 まるで水風船が破裂したかのような、そんな感覚。

 次に目び飛び込んできたのは

 上半身が綺麗に無くなっており、ふらふらと立っていたのは下半身のみだった。


 「あ、――――――」


 戸惑い、そしてふつふつと身体の芯から沸き上がるモノがあった。

 それは〝恐怖〟という感情。

 少年が叫ぶ前に、誰かの悲鳴が先に聴こえた。


 「クソったれ!!」


 自分を引き摺った―――――もとい、助けてくれたであろう人物が悪態をつきながら発砲音が数発響く。

 あまりの轟音に耳を塞ぎながら視線は門へと吸い込まれる。

 目に飛び込んできた〝モノ〟を見て最初に思ったのは『不思議の国のアリス』だった。

 もふもふとした白い体毛。

 つぶらな紅い瞳。

 鼻先をピクピクと動かして首をかしげる仕草は愛嬌がわく。

 しかし少年は目の前の〝それ〟がとてつもなく恐ろしかった。

 真っ白な体毛は紅く染まり、その仕草の全てが怖いのだ。


 「はっ―――――〝全部くり貫くウサギさん〟ってか」


 誰かの声が聴こえた。

 あぁ、そうだ―――何故そんな簡単なことに気付かなかったのだろう。

 見たことがあるフォルム。

 風貌がまるっきり〝ウサギ〟だったのだ。

 ならば何故それが最初はウサギに見えなかったのか?

 それはそうだろう。



 何故なら、

  その〝ウサギ〟は、

   



 そんな不可思議な存在をウサギと認識出来るほど、少年の容量キャパシティは大きくないのだから。


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