第3話 一章 『百鬼洸太郎の長い一日』 ①黎明機関アウローラ


 人理保護機構じんりほごきこうの退魔組織『黎明機関アウローラ』―――――世間一般には知られていないが闇に蔓延る神魔妖霊を相手にする退魔士達が所属する組織の名前でもある。

 もちろん国内でも数か所は似たような組織が存在する中、九鬼洸太郎くきこうたろうはその『アウローラ』に所属している。

 彼らの流派は千差万別であれど、それぞれが一流の技量を持っているのは確かだった。



 ―――――



 「で、息巻いたはいいけど結局途中で倒れちゃったの?」


 『アウローラ』内には医療施設も完備されており、任務の途中で怪我を負っても即座に対応が出来る場所もあった。

 そこでは現在治療中である洸太郎が包帯を巻いた状態で同僚である一人の少女に色々と皮肉を言われ続けている。

 赤みがかった茶髪をふんわりと巻いた毛先を弄りながら呆れた声を上げていた。


 「うっせ。俺だってあの程度―――――」

 「でも意識無くしたんでしょ?」


 中々な切れ味の言葉ぼうりょくに傷ついた洸太郎は傷口を押さえながらムキーッと暴れていた。

 そんな洸太郎を見舞からかいに来た少女、神代澪奈かじろみおなはそんな彼を見ながらいたずらっ子のように微笑む。


 「ま、こーたろが怪我するのは昔っからだけど……あんまり無茶しないでよね」


 そう言いながら怪我をした箇所に手を当てそのつぶらな瞳をそっと閉じ意識を集中させる。


 「術式展開コード・セット身体回帰ヒーリングヒール


 淡い光が洸太郎の傷口を包み込み暖かい光が流れ込む。

 徐々に傷口が塞がれていくのを間近で見ていた洸太郎は感嘆の声を漏らした。


 「相変わらず澪奈の術式コードはすげぇな。確かその術式は対象者の回復力を上げるんだっけ?」

 「んー、まぁ大まかに言えばそんな感じかな? 回復力っていうよりも人間が本来持ってる治癒能力を高めるって感じ? よく分かんない」


 要は天然でそれをやってのける澪奈も天才には違いなかった。

 どの組織にも天才は一人いる。

 それが学校であったり会社であったりと、その分野において必ずいるものだ。

 それがここ『アウローラ』にだった。

 それぞれの得意分野―――――『法術』『魔術』『陰陽術』『神通力』などと様々な分野を極め、そして〝魔〟を〝退〟ける者として活躍しているのが現状だった。


 「さっすが、やっぱ『冠位グランド』の階悌を持つだけあるよなぁ」


 それが洸太郎の素直な感想だった。

 しかしどうやらその返答は澪奈のお気に召さなかったようで見るからに不機嫌になっていく。


 「むっ、そんな事言ったこーたろキライ」

 「何故!?」


 昔から付き合いはあるが怒るポイントがイマイチよく分からない。

 洸太郎からすると澪奈を誉めたつもりだったのだが、それでも機嫌が直らない澪奈にどう言おうか迷っていた時、医務室の外で黄色い悲鳴が上がった。

 何かあったのか?

 そう思った洸太郎と澪奈は医務室の扉を開けると、何人かの男女達が二人の男性を取り囲んでいたのが見える。

 その中心にいたのが、洸太郎のよく知る人物だった。


 「うげぇ、〝天才〟がもう二人増えた…………」

 「あっ、『あっきー』と『ベルくん』じゃん」


 洸太郎とは対照的に澪奈は呑気な声を上げている。

 そこにいたのは黄金に輝く長髪に、澄んだ青い瞳。

 そして嫌味なほど整った顔立ちはつい先日に『ベルくん』ことヴェルトルード・オーエンハイムその人だった。

 更にその隣にいたのはヴェルトルードと同じぐらい整った顔立ちで、ワイルドな表情がヴェルトルードと正反対だなと感じる。

 そんな二人を見ていたのに気付いた『あっきー』と呼ばれた青年は片手を上げる。


 「よォ、ご両人。元気にしてっか?」

 「秋嗣あきつぐ………………」


 取り巻きを適当にあしらい、秋嗣―――――不知火秋嗣しらぬいあきつぐは2人の前にやって来た。

 その後ろからは同じようにヴェルトルードもやって来るのだが、秋嗣ほど豪胆には出来なかったのだろう。

 取り巻き達をあしらいきれずにいた。


 「―――――珍し、くはないか。何か任務でもあるのか?」


 出来るだけ平坦に答えたつもりだったが、どこか不機嫌さを隠しきれていない洸太郎の質問に少し可笑しかったのか秋嗣は苦笑気味に答える。


 「んや、任務っつても俺ら二人が出しゃばるほどのモンじゃねーよ。ヴェルトルードとはさっき会ったから食堂にでも行こうぜって誘っただけだ」

 「そりゃいい。今二人が食堂に行きゃそこのおばちゃん達も喜んでサービスしてくれるぞ」


 嫌味とも取れる言い方だが、実際〝彼ら〟が行くとなると他の取り巻き達も喜んでついて行き大盛況間違いなしなのだ。


 「おっ、いいねぇ。んなら二人も一緒に行かね?」


 悪気が有るのか無いのか。

 恐らく前者だろうと洸太郎は感じた。

 秋嗣という男はそう言う者なのだから。


 「俺パース。怪我してるし、肉体的っつーか主に精神メンタルが重傷だ」

 「えっ!? そーなの? っかしいなぁ…………あたしの術式コードも完璧じゃなかったかぁ」


 澪奈はそう呟き本気でへこんでいる。

 天才様には冗談も通じないのだろうかと洸太郎は呆れていたが、そんな三人の会話が噛み合っていないのを後ろで聴いていたヴェルトルードがクスリと笑った。

 笑い方もイケメン過ぎて胸焼けを起こしそうな洸太郎。


 「あぁ失礼。―――――まぁいいじゃないかアキツグ。今回は僕達だけで行こう」


 ヴェルトルードはそう促すと「それもそうか」とだけ言い取り巻き達を引き連れ去っていった。

 一体何がしたかったのか最後まで分からなかったが、何か思い出したかのように秋嗣が振り返ると、


 「あぁそうそう―――――洸太郎に伝言。『魔科學まかがく』技術顧問と玄蔵げんぞう所長が呼んでたぜ」


 その一言に洸太郎はうんざりとした表情を隠さない。

 本気で体調不良を訴えてやろうか?

 そんな事を思うほどだった。










 本州より五十キロほど先にある名も無い人工離島に『黎明機関アウローラ』は位置している。

 表立った活動が出来るわけがない組織にとって、この人工島の存在はいい隠れ蓑になっていた。

 島の周囲には所属している退魔士の他、そこで働くスタッフ用の宿舎が用意されており、外界から隔離されているとはいえ不便さを感じないほどには快適な空間になっている。

 もちろん非公式の組織である為、その島の周囲には視覚疎外の術式が張り巡らされており簡単には見つかることは無い。

 故に、観光地としても成り立たない無機質な島なので目立つ物と言えば島の中心部に聳え立つ一棟の〝窓の無いビル〟があるだけだった。

 その〝窓の無いビル〟こそが彼らの本拠地アウローラなのだ。


 「はぁ、昨日の夜から散々だよ」


 他のスタッフと挨拶を交わしながら洸太郎はため息混じりに呟く。

 大体何を言われるか想像がつく洸太郎にとってアウローラの所長と、更に魔科學まかがく部の技術顧問チーフに呼ばれるというのは憂鬱以外の感情がない。


 「もしかしたら玄蔵所長もチーフも「昨日はよくやった! 大丈夫だったか?」って労ってくれるのかもよ?」


 一緒について来た澪奈はそんな呑気な事を言っている。

 んなわけあるか、とツッコミを入れたい衝動に駆られるもそれ以上に憂鬱さが勝っている。

 所長室への道のりを歩いていると、他の退魔士達が洸太郎と澪奈を見ながらコソコソと小声で喋っているのが耳に入ってきた。


 「またやらかしたんだって、あの『劣等術士コードレス』」

 「またって―――――何回任務失敗してるんだ? よくここにいれるよな?」

 「神代さんも可哀そう…………あんな劣等術士のお守をしないといけないだなんて」

 「澪奈様はこのアウローラでも数人しかいない『冠位階梯グランドクラス』のお方だぞ? なのに―――――」

 「それだけじゃないって。聞けば不知火さんとも交流があるんだろ? あんな凄い人達と同じ土俵に立てるはずがないのに」


 と好き放題言われているようだ。

 まぁ事実なので反論する必要も無ければ義理も無い。

 なので、


 「おーい澪奈さん? お願いなので隣で殺気を振り撒くのやめてくれません?」


 ちらりと視線を動かすとコロコロと変わっていたはずの澪奈の表情が〝無〟に変わっている。

 周囲を睨みつけ一頻ひとしきり黙らせたあと拳を握り締めた。


 「だってさ、悔しいじゃん。こーたろがどれだけ頑張ってるのか誰も知らないのに好き勝手―――――」


 どうやら自分ではなく、洸太郎が馬鹿にされた事に腹を立てているようだった。

 それを聞いた洸太郎は照れ隠しで頭を掻く。


 「あー、別に俺は気にしてねぇよ。澪奈が怒ってくれた――――それだけで俺は十分だよ」


 それだけ早口で言うと足を速める。

 そんな彼の後ろをトコトコと澪奈はついて行った。





 『劣等術士コードレス』―――――九鬼洸太郎がアウローラに来て随分と経つが中々言い得て妙だった。

 退魔士の体内には術式刻印システムコードと呼ばれるモノが存在している。

 これは持って生まれた〝先天性〟と退魔の家系から受け継がれている〝後天性〟の二種類があるのだが、それによって刻印の総数が変わってくる。

 一般的な退魔士で五十から六十。

 優秀な者ならばその数は百以上が常なのだ。

 対して洸太郎はその才能が無かったのか、刻印の数は十にも満たない。

 これは退魔士としては致命的であり、それ故に『劣等術士』という侮蔑と皮肉を込められた二つ名が付いてしまったのだ。





 「(ま、事実は事実だしな)」


 正直、この手合いの―――――裏でコソコソとしか言ってこない輩には慣れてきた。

 そんな臆病者チキンに何を言われたところで気にする必要はないのだから。

 そんなやり取りをしている内に洸太郎はとある扉の前に立った。

 その扉のプレートには『所長室』と書かれている。


 「(どっちかっつーとこっちの方がメンドクセーんだよなぁ)」


 気が重いまま扉を軽くノックすると中から「どうぞ」と声が掛った。

 気を悩ませても仕方がない―――――そう思った洸太郎は勢いよく中へと入って行く。


 「九鬼洸太郎、ただいま馳せ参じまし―――――た?」


 このまま説教を受けると思うと気乗りしないまでも最低限の礼儀をするつもりが、途中で言葉を詰まらせる。

 部屋の中には洸太郎がよく知るふくよかな男性と白衣姿に丸い眼鏡を掛けた幼女が一人。

 そして、見慣れない少女が一人いた。


 「えっと――――――?」


 言葉が出てこない。

 学生のブレザー風の黒を基調とした祓装束にそれに合う黒い髪を一つにまとめている少女。

 澪奈が可愛いと表現するなら彼女は綺麗と表現した方が分かりやすいかもしれない。


 「(それに―――――)」


 何より気になっていたのは少女の〝目〟だった。

 双眸は紅玉石ルビーのように紅くずっと見ていると何故か


 「ッッッ!?」


 一瞬、呆けてしまった澪奈は洸太郎の前へ飛び出すと術式を起動させる。


 「術式展開コード・セットッ!」


 自分の刻印に力を流し込む。

 先ほどの牽制とは違い、本物の殺気。


 「ちょ!? 澪奈!?」


 洸太郎の声も届いていないのか、または無視したのかは分からない。

 何が起きたのか変わらないまま戦闘が開始されようとした時、





 「はいはい、ちょっとタンマや。澪奈ちゃんそこまでにしときや~」





 少女と澪奈の間にいつの間にか白衣の幼女が割って入ってきた。


 「アイリスちゃん―――――止めないでほしいんだけど」

 「まぁまぁ、ここで澪奈ちゃんが本気出すとウチらだけやない。そこにいる九鬼君も巻き添え喰らう事になるでぇ」


 そこでハッと気付いた澪奈はチラリと洸太郎を見ると溢れんばかりの殺気を抑える。

 澪奈が落ち着いたのを見計らいアイリスと呼ばれた幼女はにぱっと笑顔になると満足したように、


 「堪忍なぁ澪奈ちゃん。せやけど〝冠位〟の階梯を持っとる澪奈ちゃんが本気になると玄蔵所長はんの胃にまた穴が空いてしまう事になってしまうさかいな」


 よく見るとふくよかな男性―――――玄蔵と呼ばれた男は顔を青くしており脂汗が浮かんでいた。

 自分が注目されていると気付いた玄蔵は用意されていたハンカチで汗を拭い、コホンと咳払いをした後真剣な顔つきになる。


 「オホン、まぁ色々とキミ達も言いたい事があるんだろうがまずは私の話を聞いてもらおうか…………まずは九鬼くん、先日はお疲れさまだね。あの後の事は説明するのも億劫なんで報告書に目を通して貰えるとありがたい。でだ、キミを呼んだのは他でもない―――――えっと、自己紹介をしてもらえるかね?」


 視線を少女へと移す。

 今気付いたのだが、この少女は澪奈が攻撃しようとした時も決してその場から動こうとはしていなかった。

 豪胆なのか、それとも驚いて動く事が出来なかったのか?


 「輝夜―――――紅月輝夜こうづきかぐやと申します。どうやら私の〝眼〟に反応をしたようで、流石は冠位階梯グランドクラスの神代澪奈さんですね」


 紅月輝夜はそう名乗ると深々と頭を下げた。


 「驚かせてごめんなさい。牽制―――――のつもりはなかったんですけど、どれほどの実力があるかを試してみたかったんです」


 どうやら洸太郎の気付かないところでそんな高度な戦いが行われていたとは知る由もない。

 だが、当の澪奈は薄々感付いていたようで少し乱れた髪をかき上げる。


 「まぁ、あたしもムキになってごめんなさい。でもここではあんまりしない方がいいよ―――――冗談が通じないヤツも多いから」


 それだけ言うと澪奈は口を閉ざす。

 ようやく落ち着きを取り戻したようで洸太郎は話の続きを玄蔵に促した。


 「で? 所長とチーフは俺を呼んで何を?」


 まだ本題にすら入っていない。

 なぜ自分が呼ばれたのか?

 この輝夜という少女は一体何なのか?

 疑問は尽きない。

 そんな事を思っていると、玄蔵が口を開く前にアイリスが微笑みながら細い指先を洸太郎へ向ける。


 「そうそう九鬼君、アンタにお願いしたいんはこの輝夜ちゃんの事やねん。キミには輝夜ちゃんと一緒に〝ある任務〟をお願いしたいんや」


 任務?

 つい先日やらかしてしまった自分が?

 そんな事を思っていると横から澪奈が話に割って入る。


 「ちょっと! こーたろはこの間怪我をしたばっかなんだよ! だったらあたしが」

 「そ、それは困るんだねッ!? キミには別の任務をお願いするから不可能だよ!?」


 玄蔵が更に割り込んで介入してくる。

 そもそも澪奈はここに呼ばれていないのでそうなる事もあるのだろう。

 そこに洸太郎は疑問を抱くことはない。

 だが、それよりも気になる事が一つ。


 「一緒にって―――――紅月と?」

 「まぁそうゆう事やね。輝夜ちゃんはこのアウローラに入ったばかりの新人さんってことなんよ。で、新人研修で九鬼君に色々と教えてもらおうと思ってんねん」


 また無茶を、と洸太郎は思ったがここで反論しても一緒だろうと悟った彼は諦めのため息と同時に深い息を吐く。


 「で、今度の任務しごとは?」


 洸太郎の返答に満足したアイリスが手元にあったパソコンを操作し、色々と書き込まれたデータファイルを広げた。


 「最近、都内を中心に拡散されている〝とある噂〟なんやけど、その調査及び可能なら解決ってトコやねぇ」


 アイリスは少し溜めた後、声のトーンを一つ下げる。

 まるで今から恐怖体験を話す語り部のように。





 「巷ではこう言われとるんよ―――――『集団神隠し』ってなぁ」

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