第79話 南門の戦い1 【sideダーイシュ】

【sideダーイシュ】

「しょ、将軍、アレはなんですか!?」


 南門の外壁の上から、百匹近くいるオーガーの群れと、オーガーの王都襲撃を阻止すべく戦う兵士達の戦況を見守っていた時の事だ。


「コワッパーン伯爵邸の近くか」


 それは、俺が見ていた外壁の外側ではなく、王都の中に轟音と共に現れた。


 王都の貴族街に巨大な魔物がいる。肩の高さは、近くの建物の屋根よりも高い。ざっと十メートル近くある巨人だ。そして、その醜い容姿からあの魔物は――。


「……間違いなくアレはゴブリンジャイアントだろうな」


 ゴブリンジャイアントはゴブリンジェネラルやゴブリンキングなどの上位種とは異なり、突然変異的に現れるらしい。


 しかし、このタイミングで現れたと言う事は、くだん卵使いエッグマスターが関係しているのだろう。


 その巨体が動くと、近くの建物が倒壊し、大量の埃が白く立ち昇る。あそこには伯爵邸を見張る衛兵がいる筈だが、彼らだけでどうこう出来る相手ではない。


 どうする。


 城には今は近衛兵しか残っておらず、城の警備を捨てて出撃する事はありえない。俺も今はこの南門から離れられる状況ではなかった。


 南門の前での戦況はこちらがやや押されている。特に右側の衛兵達の部隊が、オーガーの分厚い筋肉を斬り裂く事が出来ず、数を減らすどころか負傷者を増やし続けている。これ以上劣勢になるようであれば、俺が出るしかない。


 街中を見れば、ゴブリンジャイアントは更に歩みを進め、二軒、三軒と建物が破壊されている。


 どうする。


 俺は中と外を見て思案する。他の門はどうなのだろうか? 東門に向かった宮廷魔術院の魔法使い。攻撃力は高いが、逃げ遅れた人々をどう守っているのか。


 前院長のハーラス伯爵であれば、平民を守る事もなく、見捨ててオーガーの殲滅を優先しただろうが、新任のベントレー伯爵は平民を見捨てたりはしないだろう。であれば割ける戦力はないか。


 北門に行ったエンデヴァー。あちらは騎士団が主力だ。防衛用の重甲冑を装備していたから、戦況的には一番優勢な筈だ。あらかた片付けばあちらに向かえるかもしれないが、重甲冑を着た騎士の歩みは遅い……。


 そして聖人様が向かった西門。竜殺しの聖人様とアイシャがいるから、オーガー相手に遅れを取る事はないと思うが、百匹のオーガーを殲滅するには戦力的に時間がかかるだろう。よって西門は一番望みが薄い。


 我が物顔で歩くゴブリンジャイアント。やはり俺がアイツの相手をするしかないか。東門の魔法部隊が方を付ければ、こちらに回ってくる筈だ。俺は腹をくくった。五分五分の勝負になるが、捨て置く事も出来ない。


「よし、俺がアイツを……えっ?」


 建物を壊し、前進を続けていたゴブリンジャイアントの頭から大量の血が吹き出すのが見えた。


 そして巨体がゆっくりと倒れていく。しかし、巨体が建物を押し潰す瞬間、その姿が忽然と消えてしまった。


「何が……おきた?」


 先ほどまでの肌に張り付くような緊張感も突然消えた。ゴブリンジャイアントがいた事が幻だったと思ってしまう程に。


「誰か調査に向かわせろ」


 後方で待機している騎士を一人、貴族街に向かわせる。馬の足なら十分もあれば到着する。俺は気持ちを切り替え、オーガーと戦う兵士達の方をみた。


 やはり右側が弱いか。俺は腰に下げた剣の柄を握る。外壁の高さは五メートル。飛び降りても問題ない高さだ。俺が外壁の縁に足を踏み出した時――。


「とっつあん、調子はどうよ」


 十翼剣将の俺をとっつぁん呼ばわりするヤツは一人しかいない。


「アイシャか。西門はどうした」


 いつの間にか外壁の上にアイシャが、いや、聖人様とレスティーア王女殿下、侍女のメッシーナとシルバーブロンドの長い髪の少女、更には冒険者が四人いる。


「向こうは終わったよ。ついでにアルスタがゴブリンジャイアントもぶっ倒してきた」


 アイシャがさらりととんでもない事を言う。俺はアイシャの後ろに立つ、まだ十五歳にも満たない少年を見つめた。


 なるほどな。竜殺しは伊達じゃないか。


「おいおい、右側がおされてんじゃないか。アルスタ、行くぞ」


 アイシャがヒョイと外壁の上から飛び降りると、聖人様も姿を消していた。


 そして俺は目の当たりにする。前人未到の常闇のダンジョンを踏破した強者の戦いを……。


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