第75話 新たな敵

「あ、あの……聖人様、助けて頂きありがとうございました」


 衛兵のお兄さんが頭を下げると、後ろのお姉さんもペコリと頭を下げた。


「いえ、感謝されるには……」


 僕はオーガーが暴れていた街道や街道脇の草原を見渡す。そこには何人もの食い千切られた死体がある。感謝されて喜べる様な状況ではない。


「アルスタ、あの惨状はお前のせいじゃない。アルスタが責任を感じる必要はないぞ」


 アイシャさんがポンと僕の頭に手を乗せると、ムシャムシャと頭を撫でてくれた。僕は下唇を噛んで、拳を握りしめる事しか出来なかった。


「そうです、聖人様。聖人様のおかげで俺もマチルダさんも、他の人達も命を救われたんだ。本当にありがとうございました」


 衛兵のお兄さんが僕の握りしめていた手を両手で取ると、固く熱く握り締めてきた。お兄さんの気持ちが伝わってくる。僕らが来て救われた命もある事を僕は素直に受け止めた。


「あれあれ、エドガー君? いつの間に彼女と手を繋ぐ仲になったのかな〜」


 エドウィンさんがニヤケた顔で衛兵のお兄さんを囃し立てる。


「バ、馬鹿、まだそういう関係じゃねえよ」


「まだって事は、これからって事だろう。良かったな、エドガー」


 エドウィンさんがエドガーさんの頭を揉みクシャにすると、バーンさんがエドガーさんと肩を組んで「頑張れよ」と応援の言葉を贈っている。


 お姉さんの方を見れば、少し赤い顔をしてはにかんだ様な笑顔を浮かべていた。


 なんか青春って感じだ。


「よし、それじゃ次に行くぞ」


 アイシャさんがじゃれあっている男組三人衆のうち、バーンさんとエドウィンさんの襟首を掴むと、ヒョイと持ち上げた。


「な、何でしょうか、アイシャ様……?」


 バーンさんが恐る恐るといった感じでアイシャさんに問いかける。アイシャさんというと『はて?』みたいな顔をしている。


「行くよ」


 バーンさんの顔から血の気が引いていき、顔が青ざめていった。アイシャさんの『行くよ』はつまり、一緒に行くよって意味っぽい。


 西門の戦闘で精根尽き果てながらも、死闘を演じていたバーンさん。それをまたやれとアイシャさんは言っている。


「ま、ま、待って下さい。バーンはともかく俺は冒険者ですよ。依頼や報酬がなければ、行く義理はない」


 エドウィンさんもバーンさんを売飛しつつ、自らの自衛に走る。『行きたくない』とはっきり言わないのは冒険者のプライドなのか?


「なるほどな。ならば私がエドウィンに剣の稽古をつけるというのではどうだ?」


 剣の稽古って報酬になるの?


「マジですかッ!」


 瞳を輝かせるエドウィンさん。報酬になるみたいだ。


「ズルいぞ、エドッ! アイシャ様、俺にもお願いします!」


 バーンさんまでが剣の稽古をお願いする程に、アイシャさんの稽古は価値あるものなのだろう。二人の鼻の下がデヘヘと伸びているのは見なかった事にしようね。


 アイシャさんはその後にシルバーフォックスの他のメンバーにも声をかけた。目的は前線での戦闘はなく、後方での救護活動だ。


 シルバーフォックスのメンバーは、エドウィンさんが依頼を受けた手前もあり、苦笑いしながらもアイシャさんの申し出に快諾をした。


 因みに衛兵のエドガーさんは、その光景を見て、声をかけられたらどうしよう的な顔で、冷や汗を流して見ていたが、アイシャさんから西門の後処理を任せると言われて、めちゃめちゃ安堵していた。



◆◆◆



 アイシャさんとの話の中で、僕達は南門に向かう事になった。理由は南門が王都における玄関口で、人の出入りが一番多い門だからだ。つまり、負傷したり、門の外に取り残されている人が一番多いって事になる。


 南門には十翼剣将の一人、ダーイシュ将軍が向かっている。アイシャさんばりの強さがあればオーガーごときに遅れを取る事はないと思うけど、何せオーガーの数が多い。僕達が早く向かう事で助かる命もあるかもしれない。


 僕はここ数日で東西南北の外壁の上に座標アンカーのマーキングは済ませてある。瞬間移動の魔法で即移動可能だ。


「それじゃ、僕はエレナさんを迎えに行ってきます」


 エレナさん以外が西門の外に全員集まっている。状況が分からないエレナさんは、まだ外壁の上に一人でいる。先ずはエレナさんを外壁から下ろして、全員で南門に移動をする。


 僕は瞬間移動の魔法で外壁の上へと移動をした。



◆◆◆



 外壁の上に降り立ちエレナさんに声をかけたのだが……。


「エレナさん……。エレナさんどうしました?」


 エレナさんは外壁の上から王都の街中を見つめ、顔からは血の気が引いていた。


「ア、アルスタ君……あれは……?」


 エレナさんが言うところの『あれ』が有る王都の中心街に目を向けた。


「あれは――」


 王都中心街、いや、あの位置はコワッパーン伯爵邸の辺か? 


 そこには身の丈十メートル近くある巨大な人型の魔物がいた。


「――ゴブリン・ジャイアント?」


 常闇のダンジョン六十階層で見た事からある巨大なゴブリンが、コワッパーン伯爵邸の近くに突如として現れていた。


「あれも卵使いエッグマスターの仕業なのか?」


 呟いた僕の声は、恐怖に震えるエレナさんの耳には届いていない。僕は震えるエレナさんの肩を軽く叩いた。


「エレナさん、あれは僕が何とかするから大丈夫だよ」


 そう言って僕は瞬間移動の魔法を唱える。


「瞬間移動。『コワッパーン伯爵邸』ッ!」


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