第72話 王都強襲4 【衛兵エドガーside2】

【衛兵エドガーside2】

 俺が門を飛び出しマチルダさんの下に駆け寄った頃には、大きな西門は閉じられていた。


 悲鳴や怒声が飛び交っていた。


 俺は下唇を噛んでこの状況を受け入れた。十人隊長の判断は正しい。俺達の仕事は王都を守る

仕事で、人の命を助ける仕事ではないのだから……。


 でもな、仕事とこれは別問題だ。好きになった女を見捨ていい筈がねえ。俺は死んでもアイツを守る!


 俺が田舎町から王都に出て、十人隊長に目を付けて貰えて衛兵見習いになったのは十年も前の話だ。その頃から、街中で見かける農家の女の子が気になっていた。


 五年前に覚醒の儀で剣兵ソルジャーの能力を貰えた。衛兵を目指していた俺にはうってつけの能力だった。欲を言えば剣豪ソードマスターとか剣技ソードスキルがよかったけど、貰えただけでも感謝しないとな。


 そして衛兵になって十人隊長が守る西門の門番になった。俺はこの仕事が好きだ。毎朝、恋い焦がれている女の子に挨拶が出来るから。人伝に彼女の名前を聞いた。マチルダさん、良い名前だ。


 そのマチルダさんがオーガーに殺されるなんて、俺には耐えられない。出来る事なら門の中に入れてやりたかった。でもすでにその時間は終わっている。だから俺がやれる事は―――。


「マチルダさん、俺から離れるなよッ!」


 彼女を守る事だけだ!



◆◆◆



「兵士さん、なかなかやるね〜」


 俺に話しかけてきたのは、冒険者パーティー、シルバーフォックスのリーダー、エドウィンだ。


「あんたらがいてくれて助かった」


 逃げ遅れた人達は門の前で一塊ひとかたまりになっている。無論、俺一人ではものの数分でオーガーに殺られていただろう。


 しかし、逃げ遅れた人の中にC級冒険者パーティーのシルバーフォックスと、先日解散したと聞いたストライクラビットの元リーダー、バーンがいてくれた。


 この二人とは酒場で数回だが酒を飲み交わした仲だ。勿論、俺よりもこの二人の方が強い。特にバーンはBランク冒険者にして、剣技ソードスキル持ちだ。カッコいいよな。


「おりゃあッ!」


 近付くオーガーの腿を剣で斬り裂く。体長が二、三メートルあるオーガーの腹や頭は狙わない。エドウィンやバーンの戦いを見て、俺もそれにならってオーガーの動きを鈍らせる攻撃を繰り返す。


 赤い狼煙が上がってまだ数分だ。今はオーガーを倒す事よりも、時間を稼ぎながらマチルダさんや逃げ遅れた人達を守る事に集中する。


 前面に出てきているオーガーの動きが悪くなれば、後ろのオーガーが前に出づらい。流石は冒険者といった戦い方だ。



◆◆◆



「流石にしんどいな」


「後衛はもう魔力切れでヘトヘトモード。ここからが正念場だよ。彼女に良いとこ見せないとね」


 俺がチラチラと後ろを気にしていたのをエドウィンは気が付いていたみたいだ。


 だがしかし、マチルダさんは俺の彼女じゃないし、ろくに会話もした事も無い。でも俺は命を賭けても彼女を守る。


 俺もエドウィンもオーガーの引っ掻き傷で血みどろになっている。幸いな事に全てのオーガーは武器を持っていない。剛腕からのパンチや引っ掻き攻撃だけだ。だから今まで粘る事が出来た。


 しかしそれは一つのつまずきから綻びが生じた。オーガーのこぶしを受け流す事が出来なかった俺の剣が折れたのだ。


「クソッ!」


 続いて繰り出されるオーガーの拳。腕をクロスさせて受け止めるが、一撃で両腕の骨が粉砕された。


 今は逃げ遅れた人達を囲う様に、四方からオーガーの攻撃を受けている。これを俺とエドウィン、バーンの三人で防いでいるのだ。俺が崩れたら一気に前線は瓦解する。


 更に振り下ろされたオーガーの拳。踏ん張れッ! 俺の後ろにはマチルダさんがいるんだ!


 気合いッ!!


 その拳を眉間で受け止めるが、意識が飛びそうになる。


「オリャアアアアアアアッ!」


 折れた剣でオーガーの腕を斬り裂く。しかし、別のオーガーが俺にパンチを繰り出してきた。クソッ、この攻撃は耐えられそうにねえな。諦めの思いが頭をぎった瞬間、オーガーの首が宙を舞った。


 赤く長い髪が視野に入る。赤い鎧が陽の光を反射して神々しく輝いて見えた。


 ……女神?


「遅くなった」


 赤い髪の戦女神がそう呟いた刹那、更に一匹のオーガーの首が飛ぶ。そして乱撃の嵐が起こり、あれほど凶暴に見えたオーガー達を、まるで紙でも裂くかの様に薙ぎ倒していく。


「……ア、アイシャ様」


 十翼剣将の一人にして紅翼の天女の異名を持つアイシャ様。噂に聞いた神速の剣技は本物だった。


 バーンのいる反対側からは「聖人様ッ!」と声が聞こえ、オーガーの群れの後方では落雷の嵐が吹き荒れていた。


 俺達はどうやら助かったみたいだ……。



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