第67話 王太子殿下からの呼び出し

「殿下、アルスタです」


 王城に着いた僕は、アイシャさんと一緒に王太子殿下の自室の扉を叩いた。


「入ってくれ」


 殿下の部屋に入ると、王太子殿下は執務用の机の奥で豪華な執務椅子にゆったりと座っていた。


「僕にご用と聞いて伺いました」


「悪いね。レスティ達との夕食の邪魔をしてしまったかな」


「いえ、宜しければ殿下もこの後ご一緒に如何ですか?」


「嬉しい誘いだけど、また今度にしよう。今は色々と立て込んでいてね」


 そりゃそうだよね。僕に急ぎの用があるぐらいなんだから。


「実はね、コワッパーン伯爵とザコイールが脱獄しちゃったんだよね」


 爽やかな笑顔で、とんでもない事をサラッと言う王太子殿下。


「なるほどな。それでゲート封鎖かい」


 殿下の言葉でアイシャさんも納得の顔をする。


「それで、軍務大臣からは何か聞き出せたのかい?」


「意外と口が固くてね。こちらも物的証拠が無いからちょっと手詰まり感があったんだよ」


 軍務大臣のコワッパーン伯爵と息子のザコイールさんは、僕に対する不敬罪で投獄されていた。しかし、王太子殿下はここ最近で起きている出来事にコワッパーン伯爵が一枚噛んでいるのではないかとの見立てらしい。


「それで逃がしたのかよ」


 えっ!?


「まあね」


 えぇぇぇッ!?


「で、殿下、それはどういう事ですか?」


「まあらちが明かなかったんだよね。アルスタ君への不敬な態度は王室に対する不敬と同義だから、伯爵とはいえ死刑にすることも出来る。ただそれでは私的には未消化でね。伯爵が他の案件に関わっている可能性がある以上、安易に死刑にはしたくないんだよ」


 他の案件とは国王一家暗殺事件やゴブリン襲撃事件などの事だろう。


「拷問官の話しでは息子のザコイールは何も知らない感じだが、伯爵は何かを隠している可能性が高いとの事だ。私としてはそちらの証拠が欲しくてね」


「それで敢えて脱走させたと?」


「あはは、それでは私が脱走共謀罪になってしまうよ。拷問官から死罪の話しをして貰った後に、少し警備の手を緩めて貰っただけだよ。脱獄するかしないかを決めたのは伯爵だよ。警備がいないから脱獄して良いなんて法律はないからね」


 悪い顔付きでフフフと笑う王太子殿下。……腹黒い。


「となると殿下、僕を呼んだ理由は伯爵を捕まえる事ではないですよね?」


「まあね。アルスタ君には伯爵の動向を探って欲しいんだ」


「僕がですか? そういうのって専門にしている人達がいますよね?」


「勿論いるし、既に伯爵が潜伏している場所に配置しているよ」


「それでは何故、僕なんですか?」


「伯爵には王都を抜け出して欲しいんだ。とは言え、体面上大っぴらに逃がす訳にもいかない」


 だからゲート封鎖をしているのか。


「伯爵は中央貴族で領地を持たない。そんな伯爵がどこに逃げ込むのか確認したいんだよ。アルスタ君が使う索敵魔法はかなり精度が高いとメッシーナから聞いているよ」


「僕の索敵魔法ですか?」


 レスティの部屋でゴキ◯リを探しだした件かな?


「アルスタ君は座標アンカーの魔法も使えるんだよね」


「はい」


「私の間者が伯爵の潜伏先にいる。その者に座標アンカーでマーキングした品を渡して欲しい」


 ゴ◯ブリの件は関係なかった。


「つまり、マーキングした品を持ってその人も一緒に伯爵と逃亡して貰うと」


「いや、流石にそれは難しい。伯爵の荷物にその品を忍び込ませるだけで十分だろう」


 確かに、それで十分だ。


「それでアルスタ君。まだ答えを聞いていなかったね。私に協力して貰えるかな」


 王太子殿下の顔付きがなんか悪い顔になったのは気の所為かな?


「アルスタ君は聖人様だから格は私より上なのは無論承知だ。とは言えアルスタ君は特級公爵でもあり、王室公爵と同列にある」


 国王様からそう話しは聞いている。


「つまりアルスタ君は私の身内と同然であり、レスティの婚約者となれば私の弟だよね。兄のお願いを聞いては貰えないだろうか、弟よ」


 うぐ、理詰めで四方を固められた気がする。


「……はい」


 まあ、手伝うつもりだったからいいんだけどね。


「それで僕はどうしたらいいんですか?」


「伯爵の潜伏先は、伯爵の館なんだ」


「それはまた安直ですね」


「フフ、彼の館の周囲の警備は薄くしておいたからね。下手に変な場所に逃げ込まれるよりは家で大人しくして貰ったほうがいい。深夜に間者との定時連絡がある。その時に座標アンカーをマーキングした品を渡して欲しい」


 話しは終わり、王太子殿下が執務机の上に置かれていた金色の小さなベルを手に取りチリンと音を鳴らす。


 扉が開くとティーセットを乗せたカートを押してメイドさんが入ってきた。


「お茶も出さなくて悪かったね」


 メイドさんが部屋にあるソファーセットのテーブルに三人分のお茶を並べて退室する。


 その後は王太子殿下から常闇のダンジョンの事を聞かれて、今の状況を説明しながらお茶をいただいた。


「なるほどね。雪女とはまたみやびな魔物だね。でもアイシャが言うように女性への耐性は付けておいた方がいいよ」


「そこはあたしに任されてくれ。今日はアルスタの背中を流す約束をしているからな」


「そ、そんな約束はしてないよねッ!?」


『おや?』みたいな顔をするアイシャさん。相変わらず人の話を聞いていないよ。あの時、僕はしっかりと否定した筈だ。


「それはまたロマンを感じる話だね。私も誘って欲しい話だ」


 食事は駄目だけど、お風呂はオッケーなんですね……。

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