第65話 シオン殿下の事件簿2 【シオンside】

【シオンside】

 窓の外に見える王都の街並み。晴れ渡る空の下、未だに崩れた家々が並ぶ街路を行き交う人々の顔に笑顔が戻ってきている。街は少しずつ復興しているが、ゴブリンの爪痕が無くなる迄は今しばらくかかるだろう。


 アルスタ君が魔物の肉を冒険者ギルドに度々提供している話は私の耳にも届いている。窓からも見える中央公園では今日も炊き出しの煙が登っていた。


 アルスタ君が魔法学院の近くに居を構えて一週間がたつ。彼は常闇のダンジョンを攻略中で七十階層に到達していると、彼の館に勤めさせた私の配下から報告を受けている。彼が留守の間は、彼の家で働く者に命じて、肉を配っているようだ。


 最高級のオーク肉がタダで食べられると、連日列が出来るほどに炊き出し所は賑わっている。多くの王都民が彼を聖人様と崇めるのは胃袋を掴まれているからだと思ってしまう。


 しかし彼は食料だけではなく、襲撃事件で怪我した人は勿論、家の修復などで怪我をした人の為にも、例の秘薬を各診療所に配っているとの事だ。


 彼の献身的な精神はいったいどこから来ているのだろうか。


「卵か……」


 ゴブリン襲撃事件は未だに謎を残し、解決に至っていない。


 王都の下には古くから造られている地下水道がある。数百のゴブリンが街に現れたのはその地下水道の中からだ。


 そして調査を依頼した冒険者ギルドからの報告では、地下水道にいつの間にか造られているいた広間に、多数の卵の殻があったとの事だ。


 大きさにして、人が抱える程の大きな卵。その卵の殻は宮廷魔術院に運ばれ学者達が分析を始めている。


「……そんな事があり得るのか?」


 ゴブリンは動物と同じ様に母体の中で生まれる生き物だ。蛇や鳥の様に卵から生まれたりはしない。


 だが、現在分かっている事だけを紐付ければ、あの数百のゴブリンは卵から生まれた可能性がある。


 もし卵から生まれてすぐに王都を襲撃したのならば、この事件で浮かび上がっていた不可解な点も解決する。


 一つは数百ものゴブリンがいたにも関わらず、上位種の存在が確認されていない点。あれだけの群れであればゴブリンジェネラルやゴブリンキングが指揮をしていてもおかしくない。


 二つ目は攻撃の単調性だ。ゴブリンは弱い魔物と言われているが、その知能はけして低くはない。創意工夫をして人を襲う事が出来る魔物だ。それが今回の襲撃では人を襲う本能に突き動かされていた風に見えたと報告されている。


 最後に全てのゴブリンが素手による攻撃だった点だ。ゴブリン等の人型の魔物は武具を持つ事が多い。しかし剣や棍棒、弓矢等を持っていたゴブリンは一匹もいなかった。


 それらが卵から生まれたばかりのゴブリンであれば納得いく答えとなる。赤子の脳しか持たないゴブリン。故に本能の破壊衝動のみで王都を襲った。考える知能が幼いから武器を待たない。生まれたてだから上位種への進化がない。


「……卵か」


 再び城下の街を見下ろした。卵から孵化するゴブリンがいたとしたら、それは自然の摂理から外れた話しだ。


 今回の一連の事件が自然現象で無いならば、魔王の力か人為的な何らかの力によるものと考えられる。


「……矢張り伯父上が一枚噛んでいるのか?」


 私が考えにふけっている時に、扉を荒っぽく叩く音がした。


「入れ」


 そう言うと顔に汗を浮かばせた衛士が慌てて入ってくる。顔色があまり良くないのは、その汗が原因しているのだろうか。


「どうした?」


「殿下、大変ですッ!」


「だからどうしたのだ」


「軍務大臣が……、軍務大臣が脱獄致しましたァッ!」






 


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