第53話 エレナさんの事情 2


 いまだにうつむき、落ち込みオーラをまとうエレナさん。


「僕は全然気にしていないので、エレナさんも気にしないで下さい」


 僕の言葉で頭を上げたエレナさんの瞳は涙で濡れていた。高位貴族に対する不安なのだろうか、怯えている様にも見える。


「エレナ」


 そんなエレナさんに声をかけたのはアイシャさんだ。


「今回の探索が終わった後はどうするんだ?」


 アイシャさんには、ストライクラビットが解散する事は言ってある。


「……それは」


 エレナさんはまだ予定が無いのか、明瞭な答えが返せない。


「アルスタの所に来ないか?」


 突然の勧誘。エレナさんだけではなく、僕も吃驚顔だよ!


「知っての通り、アルスタは成り立ての新興貴族だ。今は有能な者を探し回っている最中だ。エレナ程の魔法の使い手なら、是非とも欲しい人材だ。どうだろうか?」


 少し驚いた顔をするエレナさんは、戸惑ったかの様に他のパーティーメンバーの顔を伺った。


「いい話しじゃないか、エレナ」


 そう言ったのはバーンさんだ。バーンさんはパーティー解散後は、冒険者ギルドで新人育成の為の教官役が決まっているらしい。


「そうよエレナ。聖人様お付きの魔術士なんて大出世よ」


 ミリーナさんも賛同する。


「公爵様の庇護下に有れば変態伯爵様も手が出せなくなるってもんだ。それでもヤルってんなら戦争だ。そん時には俺にも声をかけてくれ。手を貸すぜ」


 戦争とか物騒な事を言うロッシさん。「戦争も悪くないな」とニヤリと笑って、指をボキボキ鳴らすのは止めて下さい、アイシャさん。


「ア、アル……せ、聖人様、宜しいのでしょうか?」


「アルスタでいいですよ。エレナさんがいいなら僕は歓迎しますよ」


 エレナさんの顔がパッと咲いた花のように、華やかな笑顔になった。うん、綺麗な人には笑顔が似合う。


「それじゃあ、エレナはアルスタの嫁候補で決まりでいいな」


「「な、な、な、な、何を!?」」


 僕とエレナさんがハモった。行き成り嫁候補とか、どんな流れでそうなるのよッ!


「ん? アルスタの所に来るんだろ?」


「来るんだろって、そういう意味じゃないですよね!? ……。『おや?』みたいな顔をしないで下さいアイシャさん!」


 アイシャさんは『あれあれ』みたいな顔をしているし、エレナさんは真っ赤に茹で上がってしまっている。


 貴族の結婚に年の差は関係無いと言われているけど、エレナさんにも選ぶ権利がある。って言うか――。


「アイシャさん、僕は婚約者はレスティとアイシャさん以外は成人するまで増やさないって言いましたよね」


「ああ、婚約者はな。エレナは婚約者候補だ。なっ。それなら大丈夫だろ」


 ウインクして『なっ』とか言うアイシャさん。なっ、じゃないよね?


「それに、そうしておいた方がくだんの伯爵はエレナに手は出せなくなるぜ。なっ!」


 それを言われると言い返せない。エレナさんがストーカー伯爵に狙われているのを放置とかあり得ない。


「分かりました……」


 僕が納得すると、ストライクラビットの面々はホッと胸を撫で下ろした。


「聖人様、エレナを宜しくお願いします」


「エレナ、早速親父さんに手紙を書いて安心させてやれ」


「ヨシ、あたしが手紙を書くのを手伝ってやろう」


 バーンさんが僕に頭を下げ、ロッシさんがエレナさんの肩を叩く。そしてアイシャさんだが……。


「……手紙を手伝うって何を手伝うつもりですか?」


「なんだよ、そのジト目は?」


「アイシャさんのそういった行動には不安しかないからですよ。で、何をどう手伝うつもりなんですか?」


「そうだな。文面に『孫はやっぱり一姫二太郎ですよね』とか、『王都にお越しの際には新しい家族を見せられそうです』とかか?」


 …………。


「アイシャさんや、それって子供が出来ている前提の文面になっていませんかね?」


「それぐらい大丈夫だろ?」


「全然大丈夫じゃないからねッ! 婚約も結婚もしてないのに子供とか出来ませんからねッ!」


 だいたい僕はまだ十三歳だからねッ!


「まあまあ、小さい事は気にするな」


「それって小さくないですよねッ! エレナさん、この人に手伝って貰っちゃ駄目ですよ」


 エレナさんを見れば、子供、孫、子供、孫とかブツブツ言いながら、真っ赤な顔になっている。


「……エレナさん、大丈夫ですか?」


「は、はい! 私は一姫二太郎にはこだわりりませんから!」


 ……いえ、そっちの話じゃないんですが。


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