第47話 瞬間移動の魔法 1

 昨夜、レスティとメッシーナさんは夜遅くに自室に戻った。そしてその事が朝のお城でメイドさん達の間で噂話的に囁かれていたみたいだ。


 朝食に向かう廊下で、王太子のシオン様が声をかけてきた。


「おはよう、アルスタ君」


「おはようございます、シオン殿下」


「…………」


 はて? シオン様が温かい目で僕を見ている。そしてにこりと爽やかな笑みを零した。


「どうかされましたか殿下?」


「いや、アルスタ君も若いくせして手が早いなと関心しているだけだよ。私が女性と関係を持ったのは十四の時だ。私よりも早いとは将来が楽しみだよ」


 はて? 僕の将来がどう楽しみなのだろうか? いや、その前にだよ――。


「僕が女性関係ってどういう事ですか?」


「おや? メイド達が話ていたよ。昨夜、アルスタ君の部屋でそういった情事があったとか、メッシーナが手籠めにされたとか。レスティはああ見えてSっ気があるからな」


 レスティはSっ気が有るのか!? 気をつけよう! いやいやそうじゃない!


「な、な、な、何の話ですか!? 僕達は僕の住む家の事を話し合っていただけですよッ!? じょ、情事なんて僕にはまだ早いですよッ!」


 昨夜、紳士な僕が『ゲヘヘ、今夜はお嬢ちゃん達が狼さんの餌食になるんだじぇ〜、エヘエヘ』なんて事をする筈がない。


 僕はまだ十三歳だからねッ!


 そういう事は十五歳になって成人してからだ。しかも僕には先約のルルエル様が待っている………………。レスティにはなんて説明したらいいんだ?


 『お前は俺様の二番目の女なんだよッ!』なんて僕の中の紳士が口に出せる筈がない。


 まあ、二年先の話だ。二年先の僕がなんとかするだろう。頑張れよ、二年先の僕ッ!


 そして、シオン様を見れば――。


「ああ、そうなんだ。今朝から悪鬼の如く剣の練習をしていた父上も、平静を保てそうで良かったよ」


 ……今のは聞かなかった事にしたい。


 そうして、国王一家と一緒に食べた朝食の味を今日の僕は覚えていなかった……。



◆◆◆



 真っ白になって食べた朝食の後、僕は昨日ドラゴンを出した中庭に来ていた。この中庭は他の中庭と違って綺麗な花壇や高価な彫刻などが無く、無闇に広いだけで、中庭というより訓練場に近い。


 レスティとメッシーナさんは、ゴブリン襲撃事件で学院にも被害が出たらしく休校になっていて、何やら宿題が沢山出ているらしい。


 レスティは『こんな宿題、直ぐに終わらせます』と余裕の笑みを浮かべて言っていたが、メッシーナさんは青い顔で首を横にブンブンと振っていた。頑張れ、メッシーナさん。


「さて」


 僕には時間があった。式典でお酒の提供に名乗り出た貴族の方々からお酒が届いて出揃うまで、約一ヶ月ぐらいと聞かされている。


 ディメンションルームの改装等で買い物もしたいけど、王都は復興の中にあって買い物するお店も営業再開までには時間がかかる。


 だから僕はその間に、魔法の実験をする為ここに来ていた。


 僕の攻撃魔法はマジックボックス生成時に起こる、空間消失現象を応用したディメンションブレイカーとディメンションランスだ。


 今の所、この二つの魔法で困った事は起きていない。だから改良が必要なのは短転移の魔法だ。


 短転移の魔法は5メートル内の視認出来る場所に瞬間移動する魔法だけど、もう少し距離を伸ばせれば、もっと楽になれる。


 ルルエル様から授かった魔法の叡智えいちで、幾つかの瞬間移動に関する術式は分かっている。ただ出来るだけノーリスクで魔法は使いたい。瞬間移動は失敗すると、遥か空の上とか、地中の中とか、壁の中とかヤバい事になる可能性を持っている。


 そういった意味では、短転移の魔法は見えている場所に瞬間移動するので失敗のリスクが無い。


「でも短転移の魔法じゃ、5メートルより先は跳べないんだよな」


 短転移魔法ではなく、5メートルより先を跳ぶ瞬間移動魔法では、術式の中で空間座標を指定しないといけない。しかし、その空間座標の位置付け方法が僕には分からない。


 中庭に寝っ転がり、青い空を眺める。


「あの雲までの距離ってどれくらいなんだろう」


 空間座標を指定する上では正確な距離を知らなければならない。異世界日本の知識によれば雲の高さは直上でざっくり千メートルから一万メートルぐらいと、雲の種類によって高さが異なるらしい。雨雲とかはもっと低いみたいだけど、今日は晴れているから千メートルより低いって事はないだろう。


 では今見えている雲の高さは?


「……索敵魔法なら」


 僕は空に向かって距離制御無しで索敵魔法を使う。魔力を結構使用した感じがするけど、ルルエル様から授かった力のお陰で、魔力にはまだまだ余裕が有る。


「なるほど、2254メートルか」


 索敵魔法で距離を測る事は出来る。それを空間座標としてどう表すかが課題となる。


 異世界日本の知識で空間座標はX軸、Y軸、Z軸で表すらしい。その時に基点となる0座標が必要になるらしい。その0座標をもとに横軸Xの距離、Yの距離、縦軸Zの距離が交わる交点が求める空間座標となるらしい。


「原点を何処かに決めないと駄目なのかな?」


 もう少し魔法の叡智を探り、索敵系の魔法で空間座標が特定出来ないか探してみる。


「座標アンカー?」


 迷宮などで迷子にならない様に位置情報をマーキングする魔法があった。これならもしかして!


 今いる場所に座標アンカーの魔法を使う。何やら目の前に表示板が現れた。どうやらそこに座標アンカーの名前を付けるらしい。とりあえず『中庭』とした。


 そして、中庭の端まで移動する。さっきまでいた場所からは二十メートルは離れている。


「瞬間移動」


 瞬間移動の魔法を唱える。術式の空間座標を『中庭』とした。


 そして…………。


「出来た!!」


 僕は二十メートルの距離を瞬間移動する事に成功した。短転移魔法の様に任意で跳べたりはしないけど、座標アンカーで指定した場所には跳べそうな感じだ。


 興奮冷めやらぬまま、僕はお城で間借りしている部屋に戻る。ベッドの上に座標アンカーの魔法を使い、ポイント名を『お城のベッド』とした。


 瞬間移動の魔法を唱え、『中庭』に跳ぶ。続けて『お城のベッド』に瞬間移動をする。


「凄い、凄い! この魔法、距離はどれぐらいまで行けるんだ?」


 僕は短転移の魔法を繰り返して使い、お城の城壁へ上がる。そこから更に短転移の魔法で王都の家の屋根の上を跳びまわり、先日入ってきた王都の門まできた。


 王都を囲む外壁の上に短転移の魔法で上がる。そこからは田畑が広がるのどかな風景が見渡せた。とりあえずこの外壁の上に座標アンカーポイントを作る。名前は『外壁の上』とした。


「瞬間移動、『中庭』」


 一瞬でお城の中庭に戻れた。


「これはめちゃめちゃ便利な魔法だぞ!」


 僕はめちゃめちゃ嬉しくなって、宿題と格闘しているレスティのもとに走り出した。




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