第46話 下宿は駄目みたいです

 晩餐会を終え部屋に戻ろうとしたら、ドレス姿のままのレスティーア様とメッシーナさんがついてきた?


「あの……今夜はもう遅いですし……」


 部屋の扉の前でそうは言ってみたが、二人は帰る素振りが全く無い。はぁと溜め息をついて部屋の中に入る。当然、彼女達も入ってきた。


 僕が礼服を脱ぐことなくソファーに腰を下ろすと、さも当然の様に僕の隣にレスティーア様が腰を下ろし、僕の顔を見てにこりと微笑んだ。


 アワワ、めちゃめちゃ可愛いッ! 


 晩餐会では会場の空気に飲まれていたせいか、レスティーア様の事を気に掛ける余裕が無かった。


 しかし、部屋に入ってリラックスしたせいか、今はレスティーア様をちゃんと見る事が出来た。


「……綺麗だ」


 常闇のダンジョンで出会った時から、綺麗だとは思っていたんだけど、今のレスティーア様は薄っすらと化粧もされていて、小さな唇に薄いピンクの口紅が輝いていて、何て言うかその……女性的な魅力も上乗せされている感じがする。


「な、何を、い、今更……」


 と言ってレスティーア様は顔を赤らめ俯いてしまった。


 こ、こういう場合、どうしたらいいんだ!? 引き籠もり生活十三年の僕には対処方法が思いつかない。


 メッシーナさんに助けを求めるも、プイと横を向いて、「お熱いようで、何よりでございます」と、何故か少し拗ねた物言いで、「お茶を入れて参ります」と部屋に置かれているティーポットの元へと行ってしまった。


「レ、レスティーア様?」


 俯いたままのレスティーア様に声をかけてみる。


「……レスティです」


 レスティーア様はボソッと小さな声で呟いた。


「な、何ですか?」


「……私達は正式に婚約をしたのです。だ、だからレスティと呼んでくださらないと嫌です」


「で、でもそれでは王女様に失礼では」


 レスティーア様は赤ら顔から一転して、ぷくりと頬を膨らませて顔を上げた。


「で、では私がアルスタ様の事を聖人様と呼んだらどう思いますか?」


「そ、それはちょっと嫌かな。実際、僕は神様のお告げを聞いた訳ではないし」

 

 周りが僕の事をどう言うかに関しては、今更どうする事も出来ない感があるけど、僕自身は聖人様ではないと思っているし、出来ればレスティーア様からも聖人様と呼ばれるのは何か違う気がする。


「では私はアルスタ様とお呼びしますので、私の事はレスティと呼んでください」


「わ、分かりました。でも僕の事はアルスタでいいですよ。様付けとかは無しでお願いします」


「……アルスタ……さん」


「はい、それでお願いします。それで今夜の本題は何ですか?」


 これでこの話は終わりかと思いきや。またまたレスティーア様の頬がぷくりと膨れ上がった。


「う〜、私はまだ呼んで貰っていませんッ!」


「えっと、それは……」

 

 ぷんぷんと怒るレスティーア様も可愛い。って今はそうじゃない。


「レ、レスティ……さん?」


「さんは無しで」


 ニコニコ顔だけど、何やら異様なプレッシャーを感じる。僕はボソッと恥ずかしげに「……レスティ」と言った。


「聞こえませんでしたわよ」


 相変わらずのニコニコ顔が少し怖いんですけど。


「レ、レスティ」


「はい、良くできました」


 その一言が異様なプレッシャーから開放される瞬間だった。



◆◆◆



「やっぱり一番街がお城からも近くていいんじゃないかしら?」


「駄目です。上級貴族が多く住む一番街では、子犬を毒蛇の巣に投げ入れる様なものです」


「アルスタさんが子犬ですか」


 レスティが僕を見てププっと何やら含み笑いをした。


「じゃあ華やかな二番街はどうかしら」


 彼女達が僕の部屋に来た理由。応接テーブルに王都の地図を広げて話合っているのは、僕の住む部屋探しのようだった。


「あの通りにアルスタ様がお住まいになる、適した建屋は無いかと思います」


 ……しかも一戸建てのようだ。


「あ、あのぉ〜、僕は街の宿屋でも大丈夫ですよ」

 

 と言ったら二人にキッと睨まれた。何故?


「アルスタさんは公爵なんですから、宿屋に住み込みとか駄目ですよ」


「宿屋となれば、その宿屋を買い上げる事になりますが」


 宿屋を大人買い!?


『この宿屋は俺様が買い占めた! 貴様らは今日から俺様の奴隷だ!』とか悪役貴族まっしぐらコースな予感しかしない。


 そんな訳で、彼女達がわいわいキャピキャピと話し合う姿を、僕は見つめる事しか出来なかった。


「レスティーア様、この辺りなら学院に近いですので通学にも良いかと」


「なるほど、そこは盲点でしたわね」


 通学? 


「すみません。僕は学院の生徒ではないし、ルルエル様のお使いが有るから、学院に入る事も出来ないですよ?」


 僕の齢の貴族であれば、学院に通う事も有るのだろう。でも僕にはお酒の買い出しが有るし、常闇のダンジョンの往復だけでもかなりの日数が必要だ。


 更に言えば、この買い出しミッションを他の人にお願いする事も出来ない。何しろ向かう場所が、前人未到と言われた常闇のダンジョン最下層だからね。


「通学は私達の為ですよ?」


 ……彼女達も一緒に住むみたいだ。


 そんなこんなで話が纏まると、メッシーナさんが執事長のセバスさんに物件探しをお願いする事で話は終わりと……ならなかった。


 その後は購入した館の警備兵や雇いメイドや料理人や庭師など、彼女達の夢膨らむマイホームの話は続いた。


 因みにアイシャさんも同居するみたいでしたとさ。


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