第43話 ミナヅキ公爵


「陛下、その様な詐欺師の子供の言葉を信じてはなりませんぞ」

 

 確か、軍務大臣様だったっけ? 一度廊下で会った事を思い出した。


「軍務大臣コワッパーン伯爵、何をもって聖人殿を詐欺師扱いするのか。聖人殿に対して無礼すぎるぞ」


 国王様の額に青筋が立っている。しかし、お構い無しにコワッパーン伯爵は口を動かした。


「まずは、聖紋と聖剣ですが、誰も見た事もない代物、偽物を作ろうと思えば誰でも作れます」


 ピクっと国王様がすると、額の青筋が二本になった。


「王都に現れたゴブリンにしても、ゴブリンを幾ら倒したとはいえ所詮はゴブリン、それを手柄とするには及ばないでしょう。陛下や王都民に飲ませた神薬なる物は、聞けば魔物の血であるそうではないですか。なんともおぞましく狂気な振る舞い。身の毛がよだつとは正にこの事。どうせ城を襲ったオーガーアウルにしても近衛騎士が倒した手柄を奪い取ったのでしょう」


 ピクピクと国王様の額に青筋が更に増える。知ってか知らずかコワッパーン伯爵の舌は止まらない。


「更には議会で決まったレスティーア王女と我が息子ザコイールとの婚約にも横槍をいれ、レスティーア王女をたぶらかし、正式な決闘に於いてもルール無視の魔法を用いて我が息子に大怪我まで負わすとは、その罪は大罪。そこの詐欺師は即効死刑にすべしと進言致します」


 勝ち誇ったドヤ顔の笑みを浮かべるコワッパーン伯爵だが、国王様は、いやレスティーア王女を含めた国王一家は殺気を宿した目でコワッパーン伯爵を睨んでいた。


「……今の伯爵の言に賛同する者がおれば一歩前にでよ」


 重苦しい空気の中、誰も動かない。いや、一人だけ貴族が並ぶ列から前に出てきた。コワッパーン伯爵の息子、ザコイールさんだ。そして彼も勝利を確信したかの様な満面の笑みを湛えている。


「……分かった」


 国王様の「分かった」の言葉に、持論が通ったと思い、コワッパーン伯爵とザコイールさんの瞳が輝いた。


「衛兵、この者ら二人を捕らえよ。聖人殿に対する不敬罪に処する」


 笑顔から一転してコワッパーン親子は慌てふためいた。


「へ、陛下、不敬罪はそこの小僧ですぞ! 気でも狂いましたかッ!」


「レスティーア王女の夫には、吾輩こそが相応しい! そう有るべきです陛下ッ!」


「黙れッ! もう一度口を開いたらこの場で殺すぞッ!!」



 獅子の一喝で押し黙るコワッパーン親子。衛兵に捕らえられ謁見の間を去っていった。



◆◆◆



「不快な思いをさせてしまい、申し訳ない」


 謁見の間には先ほどの緊張感の余韻が残っている。レスティーア王女の顔を見れば、まだ不満たらたらな感じだ。


「いえ、僕は大丈夫ですが……」


「では先ほどの話の続きをしよう。聖人殿には我が国の特級公爵となって頂きたい」


「特級公爵……ですか?」


 特級公爵とは初めて聞く言葉だ。


「公爵にも二つのくらいがある。一つは王家血筋の王族公爵と、そうでない臣民公爵だ。聖人殿には王族公爵と同等の爵位を与えたい。その為の特級公爵だ。受け取ってくれるか?」


 僕が公爵? いやいや、幾らなんでも無理でしょ?


 ……見れば国王様ご一家が瞳をキラキラと輝かせて僕を見ている。断れる雰囲気ではない。


「あの……、今の僕には名乗れる性が有りません」


 実家は追放された身だ。ファーラングの性は名乗りたくない。


「ではミナヅキの性を名乗ってはどうかな? 伝説の聖女ミツヒメ・ミナヅキから頂いた名だがどうだろうか?」


 ミナヅキ?


 頭の中が突然、既視感に襲われた。ミナヅキ……水無月? ……おばあちゃん!?


 異世界日本の知識はあったけど、何故か記憶は無かった。でも水無月の名を聞いて、おばあちゃんが一瞬頭をよぎった。父でも母でもなくて、おばあちゃんだ。つまりはおばあちゃんの姓が水無月って事か?


 伝説の聖女がミツヒメ・ミナヅキ。僕の異世界日本の記憶と関係があるのかもしれない。


「ミナヅキの性、謹んでたまわります」


 パンっと国王様が手を叩く。


「よしッ! 聖人殿にはミナヅキ公爵を叙爵する。皆の者、ミナヅキ公爵は我が王族と同等の位だ。礼節を持って接しよ」


 国王様の一言で、貴族達が一斉に拍手をした。


「聖人様万歳ッ!」

「ミナヅキ公爵万歳ッ!」

「聖人様万歳ッ!」

「ミナヅキ公爵万歳ッ!」

「聖人様万歳ッ!」

「ミナヅキ公爵万歳ッ!」


 貴族達による万歳コールが暫く続き、落ち着いた頃に国王様が僕の功績に対する褒美品の話しを切り出した。


「さて、皆の者。聖人殿はあるお方に酒を届ける使命が有るようだ。そこで王室からは名酒を千本ほど見繕いたい。協力をして貰えないだろうか」


 千本!? それだけ有れば十分に事足りる……と思いたい。


「陛下! 我が領地より最高級の酒を百本献上致します」


 一人の貴族がそう言うと「我も百」とか「我は五十」とか「二十壺」とか「三十樽」とか、軽く千本は超える量のお酒を貴族達が領地から取り寄せてくれる事になった。


 これで買い出しには行かなくて済みそうだ。善行はしておくものだね。



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