第37話 冒険者ギルド

 生まれて初めて出歩く街は、全然楽しい気持ちになれなかった。


 ゴブリンの襲撃を受けて、あちらこちらの家が酷い被害を受けていた。

 

 壁を壊され、窓を割られ、家の中も荒らされ、それを涙を流しながら片付ける家の人達。


「酷い惨状だね」


「そうですね……」


 お城を出た時は笑顔だったメッシーナさんも、今は沈痛な面持ちで壊された家々を見ている。


「お母ちゃん、お腹空いたぁ」


 壊された家の前で母親の服を引っ張る小さな男の子。


「食べ物は全部、ゴブリンが食べちゃったのよ。今は我慢してね」


 小さな男の子の頭を撫でてなだめる母親。


「メッシーナさん、ご飯の配給とかはないんですか?」


「多分あるとは思いますが、今日明日にとはいかないと思います」


 メッシーナさんの話によれば、ゴブリンの襲撃は貴族街にも及んでいるため、国の復興支援は貴族街が優先されるとの事だった。国からの食料配給や、王都郊外の農産物なども貴族街が優先されるらしい。


「じゃあ、あの子供は……」


 母親に宥められながらも、空腹で涙を流す男の子を見ていると、いたたまれなくなる。


 とりあえず酒屋の前までは来てみたが、強烈なお酒の匂いが路上まで立ち込めるほどに、店内はゴブリンによって荒らされている感じだった。


「アルスタ様……、お酒は買えそうにはありませんね」


「……ですね」


 流石にこの状況で店内に入るのはまずい。王都観光なども出来る筈もないし、ここまでの道程で沢山の心を痛めている人達を見てきた。


 何か僕に出来る事はないのだろうか。ここまで歩いてきた中で、一番心に刺さったのは、お腹を空かしていた小さな子供達だ。


 アイテムボックスの中には常闇のダンジョンで倒した魔物や魔獣が沢山入っている。これを……。


「メッシーナさん、僕の持っている魔物の肉を街の人に提供したいんですが、何処に持っていけばいいんでしょうか?」


「魔物の肉ですか。それなら王城に……では駄目ですね。貴族に持っていかれかねませんね」


 メッシーナさんは少し考えて、冒険者ギルドに持っていく提案をしてくれた。冒険者ギルドであれば、肉を捌く事も出来るし、配給するルートも分かっているとの事だった。



◆◆◆



「こんにちは」


 僕は冒険者ギルドのドアを開けた。ギルドの中は、想像していた厳つい顔をした冒険者達はおらず、と言うか広いロビーには誰もいなかった。まさに閑古鳥が鳴いているとはこの事だ。


「あら、初めて見る顔ね」


 奥のカウンターから受付担当のお姉さんが声をかけてくれた。


「魔物の肉を街の人達に配りたくて、持ち込みにきました。お願い出来ますか?」


 お姉さんは僕の体を上から下、下から上へと見ると、少し奇異な目で見られた。


「貴族の方ですか? 持ち込みには貴族の方でもギルドカードが必要になりますが……」


 お姉さんは僕の身なりから貴族だと勘違いをしているみたいだ。母国ザートブルクでは伯爵子息って事だったけど、ほぼ追放された身としては、あの伯爵家の名を名乗りたくない。


「ギルドカード?」


「はい、冒険者ギルドが発行しているギルドカードです。それが無いと買い取りは出来ない事になっています」


 お姉さんの話では、出どころ不明な物の持ち込みを防ぐ為に、ギルドカードが必要みたいだ。


 ギルドカードには清廉潔白性を示す機能が有るみたいで、盗品などはギルドカードを調べれば分かるとの事。


 それ故に、ギルドカードを持っていない人の持ち込みは受け入れられないって事だった。


 なんか凄いな、ギルドカード。


「僕が冒険者になれば、ギルドカードは貰えるんですか?」


「はい。ただ冒険者にはなるには、自身を守る程度の力が必要ですよ」


 受付のお姉さんは僕を『貴族の坊っちゃんが、そうそうなれるとは思わない事ね』的な視線で見ている。


 そのお姉さんの視線を見てメッシーナさんが前に出ようとしたので、それを制した。


 食用に使える魔物は被害者支援の役に立たせたいけど、食用に向かない魔物は素材として買い取って貰いたい。ルルエル様の酒代や、ディメンションルーム内のインテリアを充実させるにはお金が必要だからね。


「大丈夫です!」


「では、奥で冒険者試験を受けて下さい」


 僕はお姉さんの案内で、ギルドの奥にある広い部屋に通された。そして、その部屋には筋トレをしている筋肉ムキムキのおじさんがいた。


「マスター、暇しているなら冒険者試験をお願いしますね」

  

 マスターとは、冒険者ギルドのマスターって事だろう。筋肉ムキムキのおじさんは厳つい顔をめんどくさそうなしかめっ面になる。


「俺がやんのかよ」


「皆さん、国からの特別依頼が出て出払ってるんです。マスターしか試験が出来る人は今はいません」


「いや、アンジェがやっても――」


「今はマスターしか、い・ま・せ・ん……よね?」


「いや、アンジェが……」


「よね!」


「……そ、そうみたいだな。よし坊主、俺が見てやるから、かかってきな」


 なぜか受付お姉さんの殺気が高まり、ギルドマスターを尻込みさせた。


 かかってきなと言われたが、ディメンションブレイカーでは、ギルドマスターを殺しかねない。さて、どうしたものかと下を見れば、腰に下げているクリスタルソードが目に入った。


 クリスタルソードであの筋肉を殴ったら、クリスタルソードが砕けてしまいそうだ。僕はクリスタルソードを鞘ごと抜いて、軽く振ってみる。まあ、これならいけるかな。


「遠慮しなくていいぞ、坊主」


 完全に僕を舐めきっている。


「では、行きます。短転移!」


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