第36話 光

「聖人様がお戻りになられました」


 セバスさんがそう言って、国王様達がいる部屋の扉を開けてくれた。鬼梟オーガーアウルは全て撃退したものの、窓際の部屋はリスクが有るため、お城の中程に有る部屋で待機していたみたいだ。


「アルスタ様、ご無事でしたか!」


 部屋に入るなり、レスティーア様が駆け寄ってきて、あわや抱きつきそうだったので、しっかりと肩を押さえてそれは回避した。


「お気遣いありがとうございます、王女殿下」


「もう! 婚約者フィアンセに対して殿下とか言わないで下さい!」


 婚約と言っても僕ら二人での話で、子供だけで決められる事じゃない。ましてやレスティーア様は王女様で、議会が決めた婚約者がいる。


「あ、いや、しかしですね……」


 僕はチラッとレスティーア様の後ろでソファーに座っている国王様、王妃様、王太子様を見る。


 国王様は少し厳しい顔で、王妃様と王太子様はニコニコとした顔でこちらを見ていた。


「アルスタ君、先ほども言ったが正式な婚約だよ。って言うかだ――」


 国王様の顔が怒れる獅子の様相を呈してきた。


「議会が勝手に決めた婚約者などに、レスティーアを嫁がせるなどあってたまるかッ!」


 プンすかと怒りをあらわにする国王様。


「お父様、ありがとうございますッ! アルスタ様、正式に婚約者となりましたわ!」


「そ、そうですね」


 噂によく聞く『貴様なんぞに娘はやらーん!』イベントは発生しなかった。


 レスティーア様が僕の手を取ると、皆さんが座るソファーに誘われた。ソファーに座る僕。


 隣には「当然よ」と言わんばかりにレスティーア様が座り、僕の顔を見てニコニコと満面の笑みを浮かべた。テーブル上座に国王様も、向かいに座る王妃様も、王太子様も笑顔で僕を迎えてくれた。


 暗く地下へと続く常闇のダンジョンの階段を降りた時には、死へと繋がる暗闇の道しかないと思っていた。


 でもここには光がある。明るい笑顔がある。僕は常闇のダンジョンから生き残った喜びを初めて感じていた。


「……アルスタ様、涙が?」


「あれ?」


 知らずに涙が流れ出ていた。心配気に僕を見るレスティーア様。僕は涙を拭うと、笑った。心の底から笑った。


「嬉し涙だよ。改めて宜しく、レスティーア様」




◆◆◆



 厳重警戒体制で物々しい雰囲気の中、国王様達と夕食を共にし、昨夜はお城の客間に泊めて貰った。


 お城の客間は大貴族も宿泊する仕様のため、めちゃめちゃ豪華な部屋だった。部屋に備え付けの大理石のお風呂に入り、久しぶりにふかふかのベッドで寝た僕は、最高に気持ちのいい朝を迎えた。


 約一ヶ月のあいだ着続け、汗臭く汚れきった服はメイドさん達に没収され、白いシャツに黒のパンツ、青いコートと上物の服を用意してくれた。


 レスティーア様が神物と崇める三対の白い羽のアクセサリーを、青いコートの胸に付け、カッコ付けに常闇のダンジョン九十九階で手にいれた金と青の唐草模様で装飾された白い鞘に収まっているクリスタルソードをベルトに吊るす。


 夕方に僕への褒章があるとか言われたが、それ以外は特に何も言われていないので、今日はほぼフリーだ。


 国王一家の毒殺未遂事件や、王都ゴブリン襲撃事件、鬼梟王城襲来事件などは王室近衛騎士隊が調査をしていると、朝食の時に王太子殿下から伺った。


 毒殺未遂事件に関しては、実行犯と見られる女中の死体が見つかっていたが、当然単独犯ではあり得ないため、王城内での調査が続いている。


 王都ゴブリン襲撃事件は、不明な点が多く、ゴブリンが侵入してきたとみられる地下水道の探索を冒険者ギルドに依頼中との事。


 鬼梟オーガーアウル王城襲来事件は更に難航していて、魔物が国王一家だけを狙って襲撃していた事から、魔物を操る能力を持つモンスターテイマーが絡んでいる可能性が大きいと王太子殿下は言っていた。


 ならば王都を襲撃したゴブリンもモンスターテイマーの犯行ではとないかと思ったけど、王太子殿下曰く、数百匹のゴブリンをテイムする事は不可能だとの事だった。


「さてと」


 ダウンタウンにお酒の買い出しに行く為、僕はお城の門を出た。レスティーア様も同行したがっていたが、国王一家が命を狙われているのだから、当然外出許可は降りなかった。


「メッシーナさん、今日は宜しくお願いします」


 王都に不慣れな僕の為に、メッシーナさんが同行してくれる事になった。


「はい! アルスタ様と二人でお出かけなんて、まるでデぇ……」


 何かを言いかけたメッシーナさんが青い顔になって、後ろにそびえるお城を振り返った。


「どうかしましたか?」


「い、いえ……」


 はて? 体調でも悪いのかな? 尖塔を見上げたメッシーナさんが更に青い顔になっていく。


「行きましょうッ、アルスタ様!」


「は、はい?」


 腕を引っ張られ、まるで逃げるかの様にメッシーナさんとダウンタウンに繋がる坂道を下っていった。


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