第33話 娘はやらんッ!

 ……これは、僕にどうしろと?


 国王様の治療を終わらた後に、王妃様、王太子様の治療を行った。普通の回復薬であれば暫くは安静なのだろうが、流石はブラッド・ブル。心の病以外は立ち所に治し、健康な状態にまで回復させてしまう。


 そんな訳で、豪華な応接室のソファーに座る僕。隣には僕の腕に抱きついてニコニコと微笑みを垂れ流しているレスティーア様。


 これはこれで問題だが、問題は他にある。いや、これが問題だから、あちらも問題なのか?


 テーブルの上座に座る国王様。僕の正面にお妃様、左側に王太子様が座っている。国王様は見た目から三十代、お妃様は二十代?、王太子様はレスティーア様より少し上ぐらいだろう。


 そして、三人とも何故か顔が笑っている……。


 笑顔が怖い……。


 めっちゃスマイリーだよ? 


 僕は大人の笑みに良い記憶を持っていない。大概その笑みの裏には良からぬ事が隠されているからだ。


 これは、あれか? いわゆるぴくつき笑いってやつかな?


 毒を盛られ寝ている間に、可愛い娘に悪い虫がついていた。害虫なら駆除の一択。


 つまり僕は殺され――。


「お茶をどうぞ」


 執事のセバスさんが満面の笑みで、ソーサーに乗せたティーカップを置いた。なにその笑み? 怖いんですけど……。


 続いて、国王様やお妃様の前にもお茶を置いていく。


 お茶……、毒殺か?


 セバスさんの笑みは『おいワレ、お嬢様を誑かして、何さらしとんのじゃ、殺すぞゴラァ』的なヤツか?


 僕は震える手でティーカップを持ち上げた。波打つ紅茶が縁から溢れそうになる。


 国王様もティーカップを取り、口に一口含むと「さて」と話しを切り出した。


「聖人様、此度は私と家族の命を救って頂き、誠に感謝致します。ありがとうございました」


 国王様が代表して告げると、三人が揃って頭を下げた。偉い人に頭を下げられるとか、どうしていいのか僕には分からない。


 レスティーア様を頼りにそちらを見れば、うんうんと頷いて、『あなた達、感謝しなさいよね!』的な満面の笑みを浮かべていた。駄目だこりゃ。


「あ、頭を上げて下さい国王陛下。今回の件で一番頑張ったのはレスティーア様です。お礼ならレスティーア様にお願いします」


「娘になら既に礼は告げてあります。そして娘やセバスから色々と話は聞いています」


「聖人様、常闇のダンジョンで娘を助けて頂きありがとうございました」


 お妃様が改めて頭を下げる。


「聖人様、王都の民をゴブリンから救って頂き、また多くの傷付いた民を治療して頂き、ありがとうございました」


 王太子様もまた頭を下げた。


「確かにそうかもしれませんが、僕一人の力ではありません。アイシャさんのご尽力があってこそです」


「アイシャか。あの跳ねっ返りは騎士団を辞めてまで娘に付いていってくれたと聞きました。その忠義には私から礼をする事をお約束します」


 うん。これはもう逃げられないな。


「分かりました。でも僕は僕の使命の為に行動した迄の事ですから」


「聖人様の使命とは、それはまた崇高な使命なのでしょう。私に手助け出来る事が有りましたら、何なりと仰っしゃってください」


 いやいや、全くちっとも崇高ではございません。だから、お酒の買い出しを付き合ってくださいとは、流石に言えない。


「お父様、アルスタ様はお酒をお探しになっています。お城のお酒をお譲りしては如何でしょうか」


「酒とな? 見たところ酒を嗜む年には見えないが?」


 はい、十三歳ですから!


「僕の命の恩人に頼まれまして、王都までお酒を買い出しに来たのです」


「なるほど。そういう事であればお酒を用立てする事としよう」


 やった! お城のお酒なら質は上物だろう。街でも買うけど品質は保証できない。


「それではお父様、本題に入りましょう」


「そうだな」


 え、本題? 今までの話は本題では無かったの?


「レスティーア様、本題って何ですか?」


「もう! 私との婚約のお話です」


 プンプンと可愛く怒るレスティーア様。僕としてはその話は有耶無耶にしたかった気もする。


「聖人様、いやアルスタ君と言った方がいいかな」


 先ほどより、少し砕けた呼び方に僕の緊張が少し解けた。いきなり『キサマなんぞに娘はやらんッ!』とか言われないだけましだ。


「婚約の件だが、私と妻は賛成している」


 いきなりの快諾にびっくりだよ。


「私達が病に臥している間に、議会で娘の婚約が決まってしまったのは痛恨の極みだ。しかし、アルスタ君との婚約であればそれを覆す事ができる」


「僕なんかがですか?」


「アルスタ君の事は議会連中の耳にも届いている筈だ。聖人様が婚約者ともなれば、それを拒絶する事はできないよ」


「でも僕が聖人様である確証はありませんよ? 自分でも聖人様ではないと思っていますし」


「アルスタ様は聖人様です! この私が言うのですから間違いありません!」


 レスティーア様のその自信は何処から来るのだろうか?


「アハハハ、レスティはアルスタ君の事が本当に好きなんだね。アルスタ君――」


 笑いながら僕とレスティーア様を見る王太子様。


「王都内ではアルスタ君を聖人様と崇める者が日々増えているみたいだよ。議会も世論を無下にはできないから、アルスタ君を偽物呼ばわりするのは、多分軍務派ぐらいだね」


 また軍務派か。


「あの、すみません。なぜ軍務派は勢力を広げようとしているのですか?」


 他国の政に口は挟めないけど、なんか気になる。


「ことの発端はブエノス帝国がラトリア王国を滅ぼした事から始まるんだ」


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