第32話 微笑みの日常

 僕とレスティーア様の婚約が電撃的に決まった。


 異世界日本には合コンなる会合があり、二、三時間お酒を飲んでお付き合いを始める文化があるらしい。なんならその夜に子供まで出来てしまうらしい。


 それに比べれば今日一日ダンジョンデート?をした僕達は健全と言えるよね。


 しかし、王侯貴族の恋愛結婚は殆ど聞かない。その多くが政略結婚であり、僕とレスティーア様で決めた事は、吹けば飛ぶようなチェスの駒だ。大人の手によって軽く弾かれてしまう。


「セバス、お父様の容態は?」


 国王様の寝室前に立つ初老の男性に、レスティーア様が国王様の容態を確認している。


「あまり宜しくはありません」


「……そう」


 元気なく答えたレスティーア様は、静かにドアを開け中に入る。続いて僕も中に入るが、執事さんが頭を下げてきた。これにはいったいどういった意味が込められているのだろうか。


 部屋の中に入ると御香の匂いが立ち込めていた。後ろにいるメッシーナさんにそっと聞いてみる。


「この御香は?」


「呪いを和らげる聖香です」


 国王様は呪毒によって臥せっている。呪毒は毒を取り除いても、呪いによって毒が再び周りだすという話だ。


 その呪いも大司教クラスの高僧でないと解けない呪いで、その高僧に至っては儀式の為に不在になっている。


 国王が危篤状態なのに駆けつけられない高僧……、いや高僧が不在の時期を狙って呪毒を盛ったのか?


 犯人についてはアイシャさんが捜査状況を聞いてきてくれる筈だ。今は国王様の呪毒にブラッド・ブルが効くかどうかだな。


 ブラッド・ブルが毒に対する効果が有る事は常闇のダンジョンで確認済みだけど、呪いはどうなんだろうか。少し不安を感じる。


 レスティーア様がせっている国王様の脇に立ち、ブラッド・ブルを分け入れたガラスの瓶を取り出す。


「お父様……」


 レスティーア様の声に、国王様の閉じている瞼が少し動いた。僅かに意識は有るようだ。


 レスティーア様がハンカチを取り出し、ブラッド・ブルを少し染み込ませ、それを国王様の乾いた唇に宛がう。それを何度か繰り返すと、唇に血色が少し戻ってきた。


 更にハンカチが濡れる程度ブラッド・ブルを染み込ませて、口の中へ垂らしていく。これも何度か繰り返すと、国王様の瞼が少し開き始めた。


「メッシーナ、お皿とスプーンをお願い」


 メッシーナさんは頭を下げて退室する。メッシーナさんが戻るまで、レスティーア様はハンカチで少しづつ口にブラッド・ブルを滴らせた。


 メッシーナさんが戻ると、お皿にブラッド・ブルを注ぎ、それをスプーンですくって国王様の口に流して込む。


 お皿の中のブラッド・ブルが無くなる頃には、土気色だった国王様の顔に赤みが戻ってきていた。


「お父様、これをお飲みになって下さい」


 意識が朦朧としているだろう国王様の頭を、左手でそっと持ち上げて、ガラス瓶を口に宛がう。


 ゆっくりと瓶を傾けると、口の中に少しづつブラッド・ブルが流れ込み、国王様はゆっくりと飲み込んでいった。


「……レ、レスティーア」


「……お父様」


 ガラス瓶の中身を全て飲み込んだ国王様の瞳に生気が戻る。レスティーア様の顔をその瞳でしっかりと見ると、ゆっくりと右手を上げて、レスティーア様の涙が流れ落ちる頬を撫でた。


 レスティーア様が国王様に抱きついて大粒の涙を流す。その背中に国王様は手を回し、優しく抱きしめた。


 それを見ていたメッシーナさんも泣いている。


「ブラッド・ブルは効いたみたいですね」


 メッシーナさんに小声で告げた。


「アルスタ様のお陰です」


 メッシーナさんが僕に頭を下げると、後ろに控えていた執事さんも僕の所に来て頭を下げた。


「聖人様、誠にありがとうございました」


「いえ、讃えるべきはレスティーア様です。レスティーア様が危険な常闇のダンジョンに足を踏み入れなければ、僕と出会う事は無かったのですから」


 僕がそう言うと執事さんは少し驚いた顔をして、また僕に頭を下げた。


 ブラッド・ブルは呪いにも効果があったようだ。国王様とレスティーア様は互いに微笑みあっている。


 これが親子の真の姿なんだろうな……。


 僕と僕の父親の間には無かった親子の愛情を見て、国王様が元気になって、レスティーア様が笑える日常が戻って、本当に良かったと心から思った。


「レスティーア……、後ろにいる者は誰か?」


「お父様、紹介いたしますわ。彼が――――」



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