第25話 光の聖女の伝説 【レスティside】

「アルスタさん、次の十字路は左です」


 私は今、アルスタさんの腕に抱かれて、青白く発光する壁に囲まれた地下迷宮の七階まで上がって来ています。



◆◆◆



 三十六階で彼の謎の部屋から出た私達は、直ぐに地上に戻ろうとしました。そこでアルスタさんから提案が出ました。私達を謎の部屋ディメンションルームに残し、一人で地上に向かうという案です。


 そんな事が本当に出来るのかと疑問を持った私達は、メッシーナを部屋に残し、三人で三十五階に降りる事にしました。


 途中、オークのモンスターパーティーと三度程遭遇しましたが、アイシャさんが出るまでもなく、アルスタさんがあっと言う間に掃討してしまいました。


 彼の使う魔法は、王国騎士団にいたアイシャさんも見た事がない凄い魔法でした。彼曰く空間消失魔法との事でした。


 はっきり言って意味が分からないぐらい凄い魔法です! 


 王国騎士団の中でも十指の強さを持つアイシャさんをもってして、「ありゃあ、戦ったら絶対に死ぬやつだな。あたしゃ、絶対に戦いたくないわ」と感嘆の声を出していました。


 更には空間転移魔法や、空間固定魔法など、宮廷魔術院や魔法学院などでも見た事もない魔法を使い、オーク達を翻弄していました。


 これが前人未踏の常闇のダンジョン百階層を制覇した者の力。常人であれば脅威となりうるオークでさえ、有象無象の一つでしかありませんでした。


 三十五階に降りた私達が再びディメンションルームに入ると、不安気な顔を浮かべたメッシーナが私達を待っていました。


 私達はアルスタさんの提案を受け入れたのですが、私が道案内役を買って出ました。迷宮内は入り組んでいましたから、ルートを知っている者がいた方が早く地上に戻れると思ったからです。


 「ならばわたしが」と、メッシーナが私の身を案じて言ってくれましたが、防御魔法に長けている私の方が適任ですと、押し通しました。


 身長だけなら私とそう変わらない黒髪の少年。十三歳と言えば、学院の一年生達と変わらない可愛い後輩と同じ筈なのに、私は後輩達を見るのと同じ目で、彼を、アルスタさんを見る事は出来ませんでした。


 だからなのでしょうか、道案内役はメッシーナに任せる事が出来なかったのです。


◆◆◆

 


 彼が使う索敵魔法と空間転移魔法で、私達が四日かけて来た道のりを僅か半日足らずで走破してしまいました。


 私が道案内役を買って出た事や、二十階層のボスがまだリポップしていなかった事も時間短縮に繋がったかもしれませんが、移動は全て短距離の転移魔法、ワンダリングモンスターとの遭遇戦も、全て転移魔法で回避出来るアルスタさんの能力の凄さに舌を巻くばかりです。


 そして、両腕に抱かれながらチラチラと見える、アルスタさんの胸にある三対の白い羽を持つ聖紋。百階層にいる魔族の女の子から貰い受けたと言ってました。


 魔族は北の魔の森の奥地に住み、人族の住む領域に出てくる事は殆ど無いと聞いています。


 しかし、ここ十年ぐらいで北の魔の森から這い出てくる魔物の数が増え、アイシャさんが住んでいた村がそうであった様に、幾つかの北の村落が魔物の襲撃を受けています。学院では魔王侵攻などの憶測で話しをする生徒もいました。


 アルスタさんの首に巻き付けている腕を解き、手を伸ばせば触れる事が出来そうな聖紋。でも、私はそれを触る事は出来ません。アルスタさん以外は触る事が出来ない理由を私は考えました。


 古い古い伝説。


 ダルタニアス王朝時代に突如として現れた暗黒竜。大陸を蹂躙じゅうりんし、そのブレスは大陸から太陽の光を奪ったと言います。


 しかし、暗闇の世界に一筋の光が天から降り、一人の少女が現れました。


 更に新たな光が舞い降りると、少女の手の中へとおさまりました。光は剣へと変わり、その少女が光の剣を振り下ろすと眩い光を放ち天の闇は裂け、暗黒竜は光の中に消えていきました。


 その光の剣こそ聖剣ルクシオン。少女が時を経て老婆となって亡くなった後、聖剣は彼女と共に埋葬されました。


 しかし、時の権力者達は聖剣を奪おうとして、彼女の墓を暴きました。ところがその聖剣を持ち帰れた者は一人もなく、聖剣は彼女の墓標と共に時の流れに消えていきました。


 このお話の中に気になる点があります。なぜ時の権力者達は聖剣を持って帰れなかったのかです。それはアルスタさんが持つ聖紋と同じ様に、触る事さえ出来なかったのではないでしょうか?


 そしてお話の少女は伝説の光の聖女様として、大聖堂内の光の間で祀られています。

 

 私は黒髪の少年アルスタさんを見つめました。


「ん? 何か御用ですか?」


 アルスタさんは私の視線に気が付き声をかけてくれました。


「……いえ」


 純粋な輝きを放つ黒い瞳に見とれてしまいます。伝説になぞらえるのであれば、聖剣がそうであった様に、聖紋も女神様に選ばれた者しか手にする事が出来ないのでは? それはつまり――。


「もう少しで地上に出れますからね」


 優しく微笑む顔に、私の頬が少し紅潮しているのが分かりました。


 もしかしたらこの人は……光の聖人様?



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