第8話 魂の欠片

「買い出しですか? でも扉が消えてしまっては……」


 僕が入ってきた扉は消えてしまっている。するとルルエル様は親指を立ててから、クイクイとある方向を指差した。そちらを見れば、三頭竜が眠る先にルルエル様が入口側と呼んでいた扉がある。


「あそこからですか? 僕が行ったら三頭竜が起きちゃいませんか?」


「うむ。あやつはこの部屋の守護竜じゃから、当然起きるじゃろうな」


「僕、死んじゃいますよね?」


「勝てば死ぬ事もなかろ」


 ルルエル様は軽く言うが、全高15メートル、全長30メートル近くある魔竜に、十三歳の僕が勝つのは百年早い。いや、百歳になっても勝てる気がしない。


「あれに勝つなんて無理ですよ! 絶対に無理ッ! 100パー死ねますッ!」


「全く、騒ぐでないわ。今のお主は、妾の命を注いだ事で身体能力が格段に上がっておる。それに妾の魔力も大量に流し込んだ。ほれ、おでこを貸してみい」


 ルルエル様はそう言って、僕の額にルルエル様の額をくっつけた。金色の綺麗なアーモンドアイが超間近で僕を見つめている。


「な、な、ななな、何を……」


 魔族とはいえルルエル様は超の付く美少女だ。美少女に超接近されたら誰でも焦るよねッ!


「今からお主に妾の持つ魔法の叡智えいちを付与する。魔法には適性があるよって、お主が扱えぬ魔法もあるが、お主の適性に合った魔法を扱える様になるかはお主次第じゃ」


 ルルエル様の甘い息が僕の鼻腔をくすぐる。赤いリボンでゆるりと巻いた銀髪の房が僕の肩に乗る。


 僕は頭に血が上がり赤面しているのが分かる。何か唇もめっちゃ近い気がする。くっついちゃったらどうしよう。事故なら仕方ないよね! ちょびっとだけ唇を尖らせてみようかな。


 などなどよこしまな気持ちを抱いていると、僕の頭の中に複雑な魔法の知識が流れ込んでくる。幾何学模様の分けわからない魔術式や魔法陣。キャパオーバーで脳みそがパンパンになっていく気がするのは、気の所為だと思いたい。


「ふむふむ、ほうほう」


「どうかしましたか?」


「ついでにお主の魔法適性を調べてみたのじゃが、四属性はいまいちのようじゃな」


 四属性とは最も一般的な魔法属性で、火、水、風、土の属性魔法の事だ。


「光や闇もいまいちじゃが、空間魔法には一日の長があるようじゃな。索敵系魔法なら直ぐにでも覚えられるじゃろう」


 おーッ! 索敵魔法はいいよね! 異世界日本の記憶によれば、真っ先に敵の位置が分かれば、戦うにしろ、逃げるにしろ早い対応が出来る。


「おや、何じゃ? お主の記憶は二つあるのか。なるほど……、魂の欠片か」


「何ですか、魂の欠片って?」


 ルルエル様は僕の額から離れると、僕の目をジッと見て――。


「時折、魂が混じり合い生まれる命があるのじゃ。それは人と人、人と妖精、人と魔族、魔族と魔獣など、そういった者達は特別な力を得る事が多い。そしてお主の様に、極稀に別の次元の魂が混じり合う事もあるのじゃ」


 魂の欠片。魂が入り混じる。だから僕はアルスタ以外の記憶を持っているのか?


「……僕の体は元々違う人格でした。父親から死の宣告とも言うべき常闇のダンジョンに入る様に言われ、その瞬間に人格と記憶が入れ替わったんですけど」


 僕はその時の状況をルルエル様に話した。


「ふむ、肉体が生きていようとも、魂が生を諦めたのなら、元々のアルスタの人格は帰ってはこぬじゃろうな」


 僕もアルスタの意識が戻る予感は全く感じない。


「まあ、お主はお主として生きればよかろう」


「そうすると、今の僕の魂は異世界日本の魂なんですか?」


「それは分からんな。お主にはその自覚はあるのか?」

 

 異世界日本……日本人の自覚は――。


「全くありませんね」


 僕は苦笑いでルルエル様に答えを返した。


「ならばそれでよかろう。つまりお主はお主という事じゃ」


 ルルエル様のその言葉で僕の胸のつかえが取れた。アルスタと入れ替わり、異世界日本の記憶も何処かあやふやで、僕はいったい誰なのか? そんな不安を持っていた。常闇のダンジョンに入り死ぬ事だけが僕の人生だと思っていた。


 でも……僕は僕だ。僕は僕として生きて行けばいいんだ。目元が熱くなり、僕は涙が溢れ――。


「な、何をされてるのですか!?」


 ルルエル様が、再び僕の額にルルエル様で額をくっつけた。だから近いんですけどぉ!


「いや、なに、お主の持つ日本とかいう国の記憶が物珍しくての。もうちっと見せてみい」


 僕が悶々と赤面する事などお構いなしに、ルルエル様は僕の異世界日本の記憶を覗き込む。


「ほうほう、科学という文化は凄いのう。これは……漫画? お〜! 漫画も面白いぞ! こっちはアニメ? キャハハ、これは笑える話じゃ」


 ルルエル様は僕の異世界日本の記憶を覗き見しているようだ。人の記憶を見る事が出来るなんて凄すぎる。


「ル、ルルエル様、その辺でもういいんじゃないんですか?」


「……あっしには関わりのないことでござんす」


「はい? あの、ルルエル様?」


「……余の顔を見忘れたか」


「えっ、ルルエル様の顔を見忘れるなんて事ないですよ?」


「……じゃかましいやい! そうかい、そうかい、そんなに言うんなら拝ませてやるぜ! この背中に咲いた桜吹雪、散らせるもんなら散らせてみろい!」


 そして何故か僕からビュッと離れたルルエル様は上着を脱ぎ捨て、あられもない姿で僕に黒い翼の生えた美背中を見せつけた。


「な、な、何をやっちゃってるんですかッ!!」


「うむ。時代劇というものは非常に面白いのう」


 美背中越しに僕の方を見るルルエル様の顔はとても輝いていた。


「よし、続きを見ようではないか」


 上半身裸で僕に近づいてくる美少女ロリ小悪魔っ子。


「ちょ、ちょっとルルエル様ぁ! 見えちゃってますよぉ!」


 僕は手で顔を隠しつつも、指の隙間から美少女ちっぱいを思わずチラ見してしまう。


「その様な些事さじはどうでもよいのじゃ」


 ノーガードのルルエル様が僕の両肩をガシッと掴むと、あわわと慌てた僕は後ろ向きに倒れてしまった。


「ル、ルルエル様?」


 倒れた僕をまたぐ様にして、小さなお尻が僕の股の上にちょこんと乗っかった。そしてルルエル様の美顔が超接近する。


「フフフ、では続きと行こうかの〜」


 小さな唇を、ピンクの可愛い舌が舌なめずりをする。そして、ルルエル様の額と僕の額が重なった。


 ……上半身裸の美少女に乗っかられた僕のあそこが大人の階段を登りたがっているのは気の所為だよね!?


 僕はまだ十三歳だよ!?


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