第9話 新たな魔法

 僕の異世界日本の記憶をたっぷりと堪能したルルエル様。僕も興奮冷めやらぬ時間を鼻血と共に過ごすはめになった。


「お主の記憶を一部コピーした。後でゆるりと楽しむ事にしようかの」


「そういう事が出来るなら、さっさとやって下さいッ!」


「そう言うでない。妾は千年の間、何する事もなく暇しておったのじゃ。それに、お主も悶々と楽しかったようじゃしな」


「そ、それは……」


 否定できない自分が悲しい。


「まあよい。あと二、三年もしたらしかと相手をしてやるぞよ」


 唇に小さな小指を当てて、妖艶な笑みを浮かべるルルエル様。二年後に僕は大人の階段を上がれるようだ。


「そんな事よりも、ほれ、酒を買うてくるのじゃ。あの扉から百の階段を上がれば地上に出られる。さっさと行くがよい」


 ……大人の階段を上がる前に、百の階段を上がらないといけないようだった。


「百の階段? そう言えばここは百階層目と言ってましたね」


「そうじゃ。この常闇のダンジョンは百階層からなる古代のダンジョンじゃ。とあるアイテムを封印する為に、当時の魔王が作ったものじゃ」


「とあるアイテムですか?」


 ニ千年を生きているルルエル様をもってして、古えと呼ばれるダンジョンの最下層に有るアイテム。気にならない筈がない。


「うむ。これがそうじゃ」


 ルルエル様は胸に飾られた三対の白い羽のアクセサリーに指をそえた。ゴスロリファッションのアクセサリーかと思いきや、超古代のアイテムだった。


「何でも、このアイテムの封印を解くと、時空の女神クロノエルが降臨するとの事じゃ」


「時空の女神クロノエル様ですか? あまり聞かない神様ですね」


「ふむ、千年も経てば崇める神も変わるか。古代神の一柱でもあるゆえ、今となってはマイナー神という事じゃな」


 ん〜、何処かの国が信仰していた気もするが思い出すない。そして、ルルエル様はそれを胸から外し、「ほれ」と言って僕に差し出した。


「お主は空間魔法に特性が有るゆえ、何らかのご利益が有るかもしれん。駄賃じゃ、お主にくれてやる」


 古代迷宮の秘宝なんか貰ってしまって良いのだろうか? 僕はルルエル様が差し出している三対の白い羽のアクセサリーに、おっかなびっくりそっと触れる。


「安心せい。その封印は妾でも解けんかった。何某なにがしかの条件が必要なのじゃろう」


「解けんかったって、魔族のルルエル様が女神様を召喚しようとしたんですか?」


「うむ。暇じゃったからな」


「…………」


 ルルエル様から時空の女神クロノエル様のご利益が有るかもしれないアイテムを受け取り、自分の胸に付けた。美少女が付けていれば可愛いアイテムだが、男の僕では何か違和感がある。


「話が長うなってしまった。ほれ、早よ行ってまいれ」


 扉を指差すルルエル様だが、その手前には三頭竜がとぐろを巻いて寝ているんですけど……。


「……あいつ、僕が行ったら起きませんか?」


「あやつはこの階層の守護竜じゃ。当然起きるじゃろうな」


「……やっぱり無理です」


「妾が魔法の叡智を授けたろう。後はお主が考えよ。あやつ程度を倒せぬ様では地上に上がる前にが死んでしまうぞ」


 と言われても、ルルエル様を除外するれば常闇のダンジョンの最強モンスターの三頭竜を簡単に倒せる筈がない。


 一先ず僕はルルエル様が僕の頭に付与した魔法の知識を整理する。


 新たに使える魔法は発火やドリンクウォーターなどの生活系魔法、索敵魔法、短転移、空間固定……、将来的には転移魔法や空間圧縮魔法なんかも使えるかもしれない。


 そして限界突破リミットブレイクも使えるようだった。あの時はリミットブレイクとは知らずに、生命力を魔力に変換してアイテムボックスの魔法を使った。まさに命を使った限界突破だった。


 しかし、ルルエル様から授かった知識によれば、魔力を圧縮爆発させる事でリミットブレイクは使えるみたいだ。ただその圧縮させる魔力量が膨大で、1日に何回も使える様な魔法ではなかった。


「先ずは短転移かな……」


 短転移は転移系の魔法で、視認出来る範囲の空間を捻じ曲げて瞬間移動をする魔法だ。これから百階層を上がらないといけないのだから、初っ端からリミットブレイクは使いたくない。


 三頭竜から離れた場所で短転移の移動可能距離を確認する。だいたい5メートルぐらいは瞬間移動が出来た。扉まで一足飛びといかなかったのは残念だ。

 

 今のところ、僕の攻撃手段はアイテムボックスの空間消失しかない。大きさも1メートルぐらいが限界だから、30メートル級の三頭竜を一撃で仕留める事は不可能だ。


「ルルエル様、三頭竜に弱点とか有るんですか?」


「うむ。殺せば死ぬぞ」


 殺しても死ななかったら絶望的ですよね?


「いや、あのですね、例えば三つの頭を全て破壊すれば死んでくれますか?」


「死なんな。魔核が顕在で有れば頭が無くとも死んだりはせぬ」


 魔核。魔物の心臓とも呼ばれるもので、ゴブリンからドラゴンまで全ての魔物が持っている。とはいえ、普通の魔物は頭などの急所を破壊されれば死んでしまうんだけど、流石は古えのダンジョンを守る守護竜だ。殺す方法が魔核破壊のみとかヤバ過ぎる。


「その魔核はどの辺りに有るんですか?」


「三つ首の付け根と左右の前足を結んだ中央あたりじゃな」


 僕は寝ている三頭竜を見る。上下左右、どちらから攻撃しても、僕のアイテムボックスが魔核に届くとは思えない。


 やるなら寝ている所を一撃必中で殺したい。しかし、四角いアイテムボックスで魔核破壊をするなら5メートル近い大きさの箱を作らないと魔核まで届かない。


「せめて長方形ならよかったのに……」


 あれ?


「……長方形?」


 この魔法の原型はアルスタが不可視の箱として作り、アイテムボックスだと気がついた僕が箱に扉を作った。アルスタも僕も箱だから正方形という固定概念に囚われている。箱の形は長方形でも丸でも三角でもよくないか?


「アイテムボックス!」


 長方形の形をイメージして作ると、幅は10cm程度、長さは50cm程度の長方形のアイテムボックスが作れた。よしッ!


 更に長い箱のイメージでアイテムボックスを生成する。長さが3メートル程度の箱が出来たがまだ足りない。


「もっと長いアイテムボックス!」


 そして長さ5メートル近いアイテムボックスを生成できた。


「ルルエル様ッ、出来ました!」


「フフ、妾には見えんが完成したようじゃな。ヨシ、妾の酒の為に行ってまいれ!」


 微笑みを浮かべるルルエル様の号令で、僕はフロアーの真ん中で寝ている三頭竜に目を向ける。しかし――。


 ぐぅぅぅ〜。


 僕のお腹が鳴った。最後の半かけのパンを食べてから何も食べていない。


「……ルルエル様、何か食べる物は有りますか?」


「あそこに有るではないか」  


 ルルエル様が指を差したのは三頭竜だった。


「ドラゴンの肉は美味らしいぞえ。トライヘッドドラゴンの肉であれば超美味かもしれんのぉ」


 肉!


 肉肉肉肉肉肉肉肉ぅッ!


 僕は三頭竜を見て舌なめずりをする。


「三頭竜、トライヘッドドラゴンッ! 今度は僕が勝たせて貰うよッ!」


 全ては僕のお肉の為にッ!!


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