第18話 神物の秘宝1 【レスティside】

【三日前】


「レスティーア様、あれは?」


 学院寮から校舎へと向かう朝の時間。王立魔法学院に共に通う付き人のメッシーナが、学院の門の前に停まっている馬車に気が付きました。


「……王家の馬車ですね?」


 青と金の唐草模様で装飾された白い馬車。扉の所にある白い羽の紋章は王家の紋章です。そして馬車から執事服を着た男性が降りてきました。


「レスティーア王女殿下!」


「セバス?」


 彼は王家に仕える執事長のセバスでした。


「レスティーア王女殿下、至急お城にお戻り下さい」


 セバスの顔は真剣で、ただならぬ事がお城で起きている事が分かりました。


 しかし、お城には国王であるお父様と優秀なシオンお兄様がいらっしゃいます。私が行かねばならない用事とは何でしょうか?


「どうかされましたか?」


「とにかく馬車にお乗り下さい」


 校舎へと向かう学院生達が、何事かと私達を見ています。王家の事とあっては人前で話しをする事ははばかられます。


 私とメッシーナはセバスが扉を開けている馬車の中へ入りました。



◆◆◆



 馬車は朝の王都の街中をお城に向かって走っています。


「それで、お父様、お母様、お兄様の容態はどうなのです」


 馬車に乗り込み、直ぐにセバスからお父様達が倒れたとのお話を聞きました。昨夜の晩食に毒が盛られていたとの事でした。


「はい、お城にある解毒薬を使い一命は取り留めましたが……」


「何か……あるのですね?」


 普段は快活に物申すセバスの言葉にしては歯切れが悪い感じがします。


「お医者様のお話では、回復には至らず……」


「……はっきりと言いなさい、セバス!」


 私が呼ばれた理由。嫌な予感しかしません。


「はい、正直に申し上げます。国王陛下、王妃殿下、王太子殿下のお命は、もってあと十日との事です」


「……な、なぜですか! お薬は飲んだのですよね!」


「……その毒が呪毒だったのです」


 呪毒。毒に侵された臓器を呪いの力で腐らせていくという最悪の毒で、その呪いを解かなくては腐った臓器が治る事は無いと聞いた事があります。


 解毒薬で毒は抜けても臓器が治らなければ、いずれ死に至る……。


「ディスペルは、ディスペルマジックはしたのですよね!」


 セバスがそんな初歩的な処方をしていない筈がありません。しかし、私は聞かずにはいられませんでした。


「はい。お城にいらっしゃる神官様に処方して頂きましたが、効果はございませんでした……」


 お城には王室専用の教会があり、そこを任される神官は必ず司教クラスの高位の神官が詰めています。


「そ、それでは大司教を、いえ教皇様にお願いすればッ!」


 セバスは俯き首を振りました。


「現在、教皇猊下と大司教猊下、並びに司教枢機卿の皆様は復活祭における星読みの儀の為、奥の院に入られています。ですので――」


 奥の院に入られてしまっては外界からの連絡は一切出来ない仕来たりとなっています。王家と教会の関係は良好な筈です。この様な緊急時であれば……。


「分かっています。しかし、事は国王の命に関わります! 教会には司祭枢機卿がいらっしゃるのですよね。大司教様にお取次ぎをお願い出来ないのですか?」


「……はい。今年は百年に一度の大復活祭の為、星読みの儀は何人も邪魔をしてはならぬと」


「……ほ、星読みの儀はあと何日で終わるのですか?」


「……あとニ十日ほどとの事でした」


「そ、そんな……」


 落胆する私を乗せた馬車はお城に到着しました。



◆◆◆



「お父様のご容態は?」


 私はお父様の寝室の扉の前に立つメイド長のスザンヌに問いました。


「先ほど神官様がお越しになり、魔法治療を施して頂きました。今はご就寝中でございす」


「……そうですか。中に入ります」


 魔法治療といっても、セバスの話では根治は出来ないと言ってました。であれば施した魔法は緩和治療。痛みや苦しみを和らげる為に行う治療魔法です。


 私は寝室に入るとベッドで眠るお父様のお顔を見ました。お顔はやつれ、目元や頬は窪み、唇は割れて白くなっていました。


 私は覚醒の儀で光属性に目覚めてから、光魔法や治癒魔法を勉強してきました。お父様の容態が決して良い状態でなく、死期が直ぐ側に近付いている事も分かりました。


 涙が頬を伝います。今の私では神官が施す治療以上の事は出来ません。


「ホーリーライト」


 聖なる光は呪いの力を抑える効果があります。少しでもお父様の苦しみが和らげば……。


 その後に、お母様、お兄様の寝室に伺いました。お顔の色もお父様と同じで良くはありませんでした。


 私に何か出来る事は無いのか考えます。大司教が来るまでのあとニ十日、少しでも延命が出来る毒消し草や回復アイテムなど、何でもよいからお父様達を救うものが必要です。



◆◆◆



「大変な事になったな、レスティーア」


 書庫に向かおうと廊下を歩いていた私に声をかけてきたのは――。


「オルビス伯父様……」


 お父様のお兄様であるオルビス伯父様。普段は東の公爵領にいらっしゃって、お城には来る事はありません。最後に伯父様に会ったのは三年前のお祖母様のお葬式の時でした。


「三日ほど前から私は王都に滞在していたんだよ。そして今朝の事さ。リューデウスが毒に倒れたと聞いて、大急ぎで駆けつけた次第さ」


 軽薄そうな口ぶりは相変わらずです。お父様のお兄様である筈なのですが、血色のよい肌に、無駄に輝く瞳のせいか、ニ十代の青年と言われても信じてしまいます。私に言わせれば『胡散臭い』伯父様なのですが。


「……はい、私も今朝方にセバスから連絡を受けて駆け付けて参りました」


 伯父様がなぜ王都に?


 八年前の戴冠式。前王であるお祖父様は王太子だった伯父様ではなく、第二王子のお父様に王位を継がせました。


 当時、伯父様は大国であるブエノス帝国の属領国に成るべきだと唱えていたそうです。ブエノス帝国は大陸の中央に位置する大国で、我が国とは間に四つの国を挟んだ先にあります。


 その事が前国王から不興を買う事となり、王太子から除されたと聞いています。


 伯父様はその後、東の地に公爵領を与えられ、王都とは疎遠になっていました。


「晩食に毒を盛られたって話じゃないか。犯人は捕まったのか?」


 犯人? 今は犯人探しよりも大切な事があります。


「いえ、犯人の事は何も伺っていません。それよりもお父様達の身を案じて、何らかの処方を探す方が急務だと思います」


「そうだったな。しかし大司教は来られないんだろ?」


「……はい。そ、それでも何かやれる事はあると思います」


 そうです。こんな所で時間を浪費する訳にはいきません。


「伯父様、私は書庫にて調べ物がありますので失礼します」


 伯父様に頭を軽く下げて、私は書庫を目指して廊下を歩き始めました。そんな私に後ろから伯父様が声をかけて来ました。


「レスティーア、調べるなら常闇のダンジョンについて調べてみたらどうだ。噂じゃ神物の秘宝が有るって話だぜ」


 神物の秘宝? 


 その言葉を聞いて振り向けば、伯父様も廊下を奥へと歩き出していました。


 信用にたる人物とは思えない伯父様の言葉。ただ私の心の中には……。


「……神物の秘宝」

 



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