第6話 ルルエル様

 ……暖かい?


 ……なんだろう、この暖かさは?


 ……温もり?


 その暖かさは何故か後頭部から伝わってきた。


 天国とは常春の楽園だと聞いた事がある。この後頭部に伝わる暖かさは、春の木洩れ日がそそぐ木の下で昼寝をしている様で、とても心が落ち着く感じだ。


 僕はゆっくりと薄く瞼を開いた。


 ……誰だろう?


 ぼんやりと見える銀髪の少女の顔。少女は僕の顔を覗き込んでいるようだった。


 ……とても綺麗だ。


 ……天使様?


 僕が死んで天国に来たのなら、この美しい少女は天使に違いない。


「ようやく目覚めおったか」


 瞼を更に開くと少女の顔がはっきりと見えた。


 ……はて?


 角が2本はえているよ?


 八重歯の様な小さな牙も見えるよ?


 よく見れば背中に蝙蝠の様な翼があるよ?


 …………天使ではなく悪魔だった件。


 残念ながら僕は天国ではなく地獄に来てしまったようだ。『常闇のダンジョン』の行き着く先の死。更に死から始まる地獄ロードとか、何処まで絶望が続くんだよ。


「ほれ、さっさと起きんかい」


 ペシっと小さな手が僕の頭をはたいた。


 ……見上げる視線の先に、十三歳の僕より少し幼く見える美しい少女の顔がある。


 尖った二本の角が長い銀色の髪からちょこんと顔を出して、耳元から垂れ下がる銀色の髪は、赤いリボンで緩く結ばれている。その房の先が僕の肩口に乗っかっていた。


 異世界日本で言うところのゴスロリチックな黒いドレスを着た美少女の背中に見えるのは、蝙蝠の様な黒い翼だ。


 そして、下から見上げる小さな双丘と後頭部から感じる暖かい温もりから想定するとだ、僕はどうやら悪魔チックな美少女の膝枕で寝ていたようだった。


 これが『常闇のダンジョン』を下っていった者へのご褒美なのかッ!!


 悪魔っ子、最高ですッ!!


「ほれ、起きろと言っておる」


 もう一度ペチンとはたかれ、名残惜しいが僕は起き上がった。


「……えっと、ここは地獄ですか?」


「何を夢うつつな事を言っておる。ここは常闇のダンジョンの百階層じゃ」


「常闇のダンジョン? 百階層?」


 ここは地獄ではなかったようだけど、理解できない。だって、だとしたら僕は――。


「……僕は生きてるのか?」


 アイテムボックスから解放した豪炎で、僕の右腕は焼失したはずなんだけど……。僕はある筈のない右手を見つめた。


「……右手がある?」


 もう混乱しまくりだ。いっそここが地獄だって方がまだ納得できた。


「お主、トライヘッドドラゴンと良い勝負をしておったのでな。お主の可能性に妾は賭けようと思い、お主の命を救ってやったのじゃ。遠慮なく感謝するがよい」


 えっへんとばかりに小さな胸をはる美少女小悪魔っ子。トライヘッドドラゴンとは、あの三頭竜の事だろうか? いや、今はそれよりも――。


「……僕の命を……救ってくれたの?」


「そうじゃ。お主は命を削るリミットブレイクで満身創痍じゃった」


 リミットブレイク? 僕が火事場のクソ力と思って使った、生命力を魔力に変えた力が限界突破リミットブレイクだった?


「そこで妾の命を、ほんの少し、お主に分けてやったのじゃ。ほれ、妾の足の指をよだれまみれになるまで舐め回し感謝するのじゃ」


 分けわからない感謝の仕方だよね? 美少女の足の指をペロペロ舐め回すなんて……ご馳走か!!


 いやいや、そうじゃない。僕の中の紳士は『頂きますッ!』とは言わない。


「あ、貴女あなたの命を僕に分けたって……貴女は大丈夫なんですか?」


「妾の寿命がどれだけかは分からぬが、既に二千年の時を生きておる。たかだか百年ぐらいくれてやっても、ミジンコに噛まれた程度じゃ」


 ミジンコに噛まれた事が無いから、どのくらいの痛さかは分からないけど、分かった事は小悪魔っ子はロリババアっ子だった。


「誰がロリババアじゃッ!」


「えっ!? 口に出しちゃいました?」


「妾ぐらいになれば、お主の考える事など丸っとお見通しじゃ」


「あ、あの、えっと、その、い、命を救って頂きありがとうございました! 僕はアルスタ・ファーラングといいます。本当にありがとうございました!」


 話題をすり替える意味も込めて、僕は命の恩人に頭を下げた。流石に美少女の足を涎まみれになるまでペロペロと舐め回すほど、僕は人間出来ていない。まだ十三歳だからねッ!!


「それで、貴女はいったい何者なんですか?」


「妾か? 妾はルルエル・ブライヒボルン・テレサリス。魔王に成りそこねたつまらない魔族の端くれじゃ」


 魔王とか魔族とか凄いワードが出てきたよ! 二本の角に蝙蝠の様な翼を持つ美少女がただの魔物である筈がなかった。


「そ、それでは、ルルエル・ブライヒヒ、ヒヒヒ……」


「ルルエルでよい」


「ルルエル様はこのダンジョンの支配者なのですか?」


 いわゆるダンジョンマスターというやつだ。あの三頭竜がラスボスかと思っていたけど、ラスボスの後にファイナルボスやジ・エンドボスがいるのは、異世界日本のゲームという文化ではお約束らしい。


「いや、妾はこのダンジョンに幽閉されているのじゃ。囚われの美姫といったところじゃな」


「ルルエル様が幽閉……ですか?」


「うむ。妾は魔王ガリアブルークの罠にはまったのだ。常闇のダンジョン最下層に美味い酒が有るなどくだらない嘘をつきおってッ!」


 ルルエル様はどうやらくだらない嘘にだまされて、この最下層に閉じ込められてしまったらしい。


「でもルルエル様ほどの力が有れば、抜け出す事も可能なのではないですか?」


 僕を再生する魔法、魔王が幽閉までする程の魔族で有れば、かなりの実力者だ。


「うむ。七百年ほど前にどうしても酒が飲みとうて、酒を買いに壁をぶち破って抜け出した事もあったな」


 ん? 七百年前?


「あの時はガリアブルークめが妾を殺害しようと、魔王軍全軍を引き連れて来よった」


 魔王軍の襲来?


「しかもあのクソッタレは超極炎魔法ハイパーバーストインフェルノで妾を焼き尽くそうとしたのじゃ!」


 魔王の超極炎魔法?


 あ〜、そういう事ですか。


 七百年前に悪魔が出てきたという常闇のダンジョン。そして魔王の業火で滅びたダルタニアス王朝。その真実がルルエル様の酒の買い出しだったとは……。


 泣けるッ!

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