第5話 トライヘッドドラゴン

 僕は倒れ込んだ石畳の上で、重い瞼をゆっくりと開く。


 フロアーの中央に見えたのは、四つ足で立つ黒い大きなシルエットだった。


「……三つ首のドラゴン?」


 その大きな巨体には、長い首に頭が3つ付いていた。


 アルスタは知らない魔物だが、僕の異世界日本の知識には思い当たる魔物がいた。そう、あれは宇宙怪獣キングヒドラ……ではなく、カードゲームと呼ばれる遊びに出てきた東欧神話の四足歩行のドラゴン、ズメイと呼ばれる三頭竜に似ている。


 ゆっくりとその三頭竜が近付いてくる。太い前足が一歩前に出る度に、石畳が揺れる。その異形と圧倒的なプレッシャーから僕の体は全く動かない。


 そして後方からバタンと聞こえた音は、大きな扉が閉まる音だ。退路も経たれた。まあ、逃げた所で今死ぬか、明日死ぬかぐらいの違いしかないんだけどね。


 それが近付いてきた事で、三頭竜の姿が薄暗いフロアーの中でも確認できた。足から胴体は伯爵家よりも高く約10メートルぐらい。更に胴体から伸びる長い首が三本あり、赤い頭、黒い頭、白い頭の三頭を入れた高さは20メートル近くありそうだ。


 全長はここからは分からないけど、右に左にと揺れている大きな尻尾までの距離を考えると30メートル近くはある感じだ。


 常闇のダンジョンに入って初めて遭遇した魔物がレイド級モンスターって、このダンジョンのバランスはいったいどうなっているんだ。分かった事といえば、常闇のダンジョンは何処まで行っても希望が何処にも無いって事だった。


「……はあ、凄いな」


 この世界の最終ボスの様な三頭竜を見上げ、既に死を覚悟していた僕の口から出た言葉は、恐怖よりも感嘆の溜め息だった。


 中央の黒い頭がゆっくりと頭を降ろし、石畳に寝転ぶ僕の眼前に迫る。頭だけで大きな牛一頭ぐらいの大きさがある。


 ドラゴンから見たら、十三歳の人間の子供なんて超小物にしか見えないのだろう。巨大な蛇の様な目は全くの無警戒で僕を見ている。そして数百の白い牙が生えた巨大な顎が開く。


 ああ、これで僕は死ぬんだな……。


 そう頭が思っていても体が別の行動を取った。片膝で起き上がり、右手を前に突き出す。


 何故、こんな事を……。次にする行動は分かっている。でも、僕の体は何故動いているんだろう? 何故抗おうとするのだろう? 自分でも分からない行動で、生命力を魔力に変換し、魔法を放つ。


「……アイテム……ボックス」


 今までで一番大きなアイテムボックスが発動する。そのアイテムボックスは黒い頭の竜の顔半分を消失させた。


「……ざまぁ……みろ……」


 なるほど。僕はこれが言いたかったんだ。僕は父親に抗わずに常闇のダンジョンに入った。脱出も試みずに地下に下りていった。希望を諦め絶望を探して扉を開いた。


 ……だから僕は最後に抗いたかったんだ。


 頭半分を失った長い首が、血を巻き散らかしながら鞭のように暴れまわる。他のニ頭が怒りの咆哮を上げ、スペース内に轟音が響き渡った。


 白い頭の竜がうねりを上げて首を大きく振り回し、僕を横から跳ね飛ばす。


 空中高く舞い上がった僕は、受け身も取れずに背中から石畳に落下し、強い衝撃で血反吐を吐いた。


 すかさず赤い頭の竜が豪炎のブレスを吐き、僕を焼き尽くす。


「ア……アイテムボックス……。炎を……収納……」


 這いつくばりながら新たにアイテムボックスを発動させ、大量の炎を収納させる。


 豪炎を凌いだのも束の間、白い頭の竜が僕を吹き飛ばした首を大きく回し、獰猛な牙を剥き出しにして襲いかかってくる。


「……リ、リリース……炎の……ブレス……」


 もう僕には新たにアイテムボックスを作るだけの魔力が無い。生命力を魔力に変換するなどという火事場のクソ力冴えも残っていない。先ほど収納したブレスを解放するのが精一杯だった。


 僕の右手の前にあるアイテムボックスから豪炎が解き放たれた。その炎はドラゴンが放ったブレスの様な勢いは無かったが、熱量はそのままだ。


 超高温の炎は放射熱で僕の右手を焼き、黒い炭へと変えていく。しかし、意識が既に途切れそうな僕には痛覚冴えももはや無かった。


 その豪炎に白い頭の竜が大きく顎を開き勢いよく突っ込んでくる。そして僕を再び吹き飛ばした。


 中空に舞う中、ぼんやりとした目でも、僕が解き放った豪炎によって白い頭の竜が燃えているのが見えた。


 ……何だ?


 僕の視界に三頭竜ではない他の空飛ぶ影が目に入った。そのシルエットは人間と変わらない。

  

 ……人?


 いや、そんな筈はないよね。薄らぼんやりとだが、そのシルエットには翼が見えた。


 ……何だろう。


 しかし、それが何なのか事を考える力もなく、僕は意識を失い石畳に向けて落ちていく。





『ほう、トライヘッドドラゴンをここまで追い込むとは、なかなかに面白いのう』




 掠れる意識の中で、僕は女の子の声を聞いた様な気がした……。



――――――――――


作者より

第5話まで読んで頂きありがとうございます。

差し支えなければ★評価をお願いします。

花咲は★、★★、★★★どれでも嬉しいので、宜しくお願いします。

 

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