第4話 終わりの扉
アイテムボックスを発動させた事は、僕が目覚めて4日間の短い人生に、それなりの達成感を与えてくれた。
でも『わが人生に一片の悔いなし』とはいかない。ふと思い出したのは、僕を見送ってくれた弟妹達の事だった。
来年、再来年と、この先も、このダンジョンに向かわされる子供は後を絶たないだろう。
子供の体力の限界を超える下り階段。暗闇のデストラップ。死屍累々のこのフロアー。そして生き残る希望を閉ざした最後の扉。
「絶望しかここには無いのか……」
アイテムボックスの魔法が使える今でも、生き残る希望がどこにも無い現状は変わらない。
「せめて『落とし穴注意』の張り紙ぐらいは残したかったな」
暗闇が広がる天井を仰ぎ呟いた。何故か涙が流れ落ちる。これは僕の感情より、意識を僕に委ねたアルスタの感情の方が強い気がした。アルスタと弟妹達とは仲が良かったから、あの子達の無惨な死を止められない悔し涙、僕はそう思った。
「さて、僕の時間もそう長くない。アイテムボックスについての検証をもう少し進めますかね」
涙を拭い、暗闇の天井から大きな扉に目を向けた。何でも入るというアイテムボックス。僕は大きな扉の前でアイテムボックスをかざし唱える。
「大きな扉を収納!」
……収納されなかった。
確認の為、再度バックパックを収納してみると、バックパックは消えて収納されていた。次に青白く発光する石壁を収納しようとしたが収納されなかった。つまり魔法は発動しているが、大きな扉や石壁、つまりダンジョンオブジェは収納出来ないって事が分かった。
「万策尽きたか……」
良いアイディアだと思ったのだけど、そうそう上手くはいかなかった。やる事が思い付かず、床にあぐらをかいて座り込み、暫らくボ〜っとしていたら、お腹がぐぅぐぅと鳴り出した。
ダンジョンに押し込められてからパンを1日1個だけでやりくりしてきた。そして残りは半かけのパンのみ。これを食べきれば、後は飢餓に苦しみながら死を待つだけになる。
「……まだ食べる訳にはいかないな」
希望も何もないこのダンジョンで、食べる事だけが唯一の楽しみだった。その楽しみが無くなってしまえば、前を向く気力も無くなる。そんな気がしたので、水筒の残り少ない水を一口だけ口に含み我慢する。
「ヨシッ」
頬をバシッと叩き、他に何か出来ないか考える。何もせずにじっとしていたら、そのまま死んでしまいそうだ。
一先ず起き上がり、さっきのアイテムボックスとは違うアイテムボックスを発動させる為に詠唱を始める。詠唱と言っても頭の中でイメージするだけだけど。
胸の前で右手が何かを持つかの様に指を折り構える。そして、その右手の手のひらに淡い魔法の光が集まり始める。
それは僕がイメージした四角い箱の形へと変わろうとした時、体力低下の影響か疲れの影響か分からないが、頭がクラっとふらつき、体がバランスを崩した。
運が悪く傷をおった左足に体重がのり、更にふらついて後ろに倒れる。とっさに左右の腕を広げて、石畳に手を着いて尻餅の衝撃を和らげる……はずだったのだが、右手側に穴があったのか、手をつく石畳より下に右手が下がり、体が右側に流れて、変な形で尻餅をついた。
「ぃてて、一体なんだよ?」
平らなはずの石畳に穴など無かったはずだ。しかし、右手は何かに嵌まっている。後ろを見て確認すると、確かに右手は四角い穴に嵌っていた。
「……四角い穴?」
やや斜めに角度がついた四角い穴の中に右手が収まっている。そしてその形状には見覚えがあった。
「……まさか、いや、しかし、何で?」
僕は先ほど発動させたアイテムボックスが右手の先にある事を確認してから、右手を穴から抜いた。
「うん、ぴったりの形だ」
穴の四辺はアイテムボックスと同じ長さだった。
しかし、さっき検証した時にダンジョンオブジェはアイテムボックスに収納出来なかった。僕はアイテムボックスの中を確認するが、中に切り取られた石畳は入っていない。
「……どういう事?」
分からない。消えるはずのないダンジョンオブジェが消えている。暫らく悩んだ結果、やはり分からなかったので再現プレイをする事にした。
「よ、よし……、後ろに転ぶぞ……」
右手にアイテムボックスの魔法を発動させながら、後ろ向きにわざと転ぶ。なかなかにぎこちなく難しい。
1回目の再現プレイでは石畳が消える事は無かった。何の弾みで石畳が消えたのか分からない以上、何度も繰り返すしかない。数度繰り返すも成功しない。僕の足元には無駄に生成した不可視のアイテムボックスが幾つも転がっている。
「……そろそろ魔力が限界だな」
失敗を繰り返しているうちに、僕の魔力が底をつきかけていた。
体力も精神力もボロボロになって唱えたアイテムボックスの魔法。
後ろに倒れる気力もなく膝をつき、石畳に倒れこんだ。
「……あっ」
その時、アイテムボックスの魔法が発動し、四角い形に形成されていく僅かな瞬間に、倒れた右手が石畳に触れた。
「……き……消え……た……」
僕は無意識に頬を緩ませた。アイテムボックスは生成された瞬間、そこにあった物体を消失させるみたいだ。
そして、精根尽き果てた意識は、深い眠りの中へと落ちていく…………駄目だ……今落ちたら……もう立ち上がれない……。
……立て。
……立て立て。
立て立て立て立て立て立てッ!!
「くおおおおおおおッ!」
最後の気力を振り絞り、僕は立ち上がった。
フラフラと歩き、バックパックを拾い上げると、中から半かけのパンを取り出して口に押し込み、水筒を取り出して最後の水を全て飲みほした。
「……ここまで来たんだ。扉を……、扉を開けてやる……」
口元から垂れた水を右腕で拭い、僕は大きな扉の前までフラフラと歩く。
「……これで……最後だ」
僕は大きな扉の中央に両手を添えた。
「アイテムボックスッ!!」
底をついた魔力だが、火事場のクソ力なのだろか、僕の生命力を気合いで魔力に変換し魔法を唱えきる。
両手の先に今までより大きい50cm角の不可視の四角い箱が現れ、それと同時に扉の中央が消失する。
四角く空いた穴の脇を両手で、最後の力を振り絞り、めいいっぱい押した。
「うおおおおおおおおおおおおッッッッ!!」
ギギ、ギギギギと扉が少し開く。更に押し込み人が一人通れる程の隙間が開く。全ての力を出し切った僕はその隙間に倒れ込んだ。
朦朧とする意識の中、倒れ込んだそこは、青白く発光する石壁がある薄暗く広いフロアだった。結局、常闇のダンジョンは常闇のダンジョンだった。だけど……。
「……はは、やった……開けてやったぞ……」
もうその先に何が有るかなんてどうでもよかった。開かずの扉をこじ開けた達成感で僕の心は満たされていた。
目を開ける気力さえもないのだけれど、そのフロアから感じる圧倒的なプレッシャーに僕は一度閉じた瞼をゆっくりと開ける。
何だ……あれは?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます