第3話 ロストマジック

「……生きてる」


 体のあちらこちらが痛く、異臭が鼻を差す暗闇の中で僕は目を覚ました。確かに体は痛いが、致命的な怪我は免れたみたいだった。あれだけの高さから落下して生きている事が奇跡に近い。


 僕は体の周りに埋め尽くされている小枝の様な物を掻き分けて、その小枝の様な物の山から這い出た。そこは階段下と同じ様な、青白く発光するダンジョンの石壁に囲まれたフロアーだった。大きさも階段下のフロアーと同じくらいの広さがある。


「……マジ……か!?」


 振り返って見れば、小枝の様な物は子供達の白骨で、長い歴史の中で転落死した沢山の子供達の骨が山となっていた。それがクッションとなり、僕は奇跡的に生き延びたと言うわけだ。


「痛たたた」


 細い骨が足に刺さっている。それほど深くは無いようだけど痛いのは痛い。細い骨を抜いて、服の袖を破いて足に縛る。傷が治るかどうかはこの際いいだろう。どうせ僕の命はそう長くない。


 フロアーの奥にはまた大きな扉があった。ここにも魔物の姿は見えない。


 仮の包帯を巻いた左足をかばいながら僕は扉に近づく。


「……また落とし穴なのか?」


 そう疑いながら扉を開ける……。


 開かない。 

 

 押しても引いても開かない。僕は尻餅をついて、扉の前の床にへたり込んだ。


「……ここまでか」


 「はあ〜」と溜め息を吐いて床に大の字に寝転がる。


「これじゃ、誰も帰って来ないよな」


 常闇のダンジョンは、ただただ深いだけのダンジョンだった。しかし、我がファーラング家は先祖代々この扉を守ってきた。遠い遠い昔、この扉から悪魔が出てきたという伝説と共に。 


 なら、この開かない扉は悪魔界に通じる扉なのかもしれない。


「……どうしよう」


 僕が落ちてきた暗闇の天井を見上げながら呟く。


 アルスタが僕に意識を譲りまだ4日目。アルスタの記憶があるから、僕も十三年間を生きてきた感じはあるのだけど、それでも生への意識は薄い。


 これから訪れるであろう僕の死に対しても、それほど恐怖感がない。


 僕は寝転がったまま天井の方へ両手を上げて魔法を発動させた。僕の両手の先に僕以外は見る事が出来ない不可視の20cm角ぐらいの箱が浮かび上がる。


「……この魔法、何なんだろうな」


 魔法が発動している以上、全く意味のない箱であるはずがない。能力を授かった時にある種の説明的なインスピレーションがあったはずなんだけど、アルスタには理解が出来なかったみたいで、その辺りの記憶がない。


 アルスタの記憶が駄目ならば、何故か有るもう一つの異世界日本の記憶を頼りに、この不可視の箱を検証する。


 僕は目を閉じて、異世界日本の記憶を探る。


 異世界日本には魔法がない。


 ……終わり。




「いやいや、まてまて」


 目を開いて、もう少し記憶を探ると、異世界日本には漫画やアニメーション、小説といったサブカルチャーが有り、その中では魔法も存在し、中にはこちらの世界と似た世界感を持つストーリーもあった。


「ふむふむ、なるほど」


 異世界日本の魔法知識の中に空間魔法に関する記憶がある。こちらの世界で空間魔法はロストマジックであり、古代魔法に属する魔法でよく分からない魔法だ。


 だからアルスタが能力を授かった時に、この魔法を理解出来なかったのは、仕方がない事かもしれない。


「……アイテムボックスなのか?」


 異空間収納魔法アイテムボックス。こちらの世界にもマジックバッグと呼ばれる魔法の鞄があるらしい。アーティファクトの1つで、かなりレアな鞄との事。我がファーラング家には勿論無い代物だ。


 アイテムボックスの可能性を探るも、僕の魔法で作った不可視の箱には、物を入れる入口が見当たらないし、物を押し付けても素通りしてしまう。


 再度、異世界日本の記憶を探る。思い浮かべるのは異世界転生アニメーションだ。異世界日本にはアニメーション以外にも漫画や小説などでの、所謂ファンタジー作品という物が沢山あったが、その中でアニメーションはビジュアル的に凄く分かりやすい。アニメーション、凄い文化だ!


「なるほど、入口が無いのは魔法が不完全だからだ」


 アニメーションの記憶を使い検証した結果、アルスタが構築した魔法が不完全であると仮説を立てた。アニメーションに出てくるアイテムボックスをイメージして魔法を唱える。


「アイテムボックス!」


 そして現れた不可視の箱には入口が付いていた。


「成功か!?」


 足元にあったバックパックをアイテムボックスの入口に押し当てると、スッと消えて無くなった。まずい、まだパンが半かけ残っているんだ! もし取り出せなかったら、食料を全て失う事になる。僕は慌ててアイテムボックスの入口に手を入れる。


 手を入れたアイテムボックスの中は、感覚的にこのフロアーよりも広く、20メートル四方の容積がありそうな感じがした。そして、その広い空間にも関わらず、バックパックは直ぐに取り出せた。


「凄いぞ、この魔法!」


 古代魔法にしてロストマジックとされている空間魔法。その一角のアイテムボックスの魔法。めちゃくちゃ僕は有能だった!


「……と言っても、僕もここで朽ち果てていくだけだからなぁ」


 父親もアルスタに駄目出しを出すのが早かった。


 いや、違うか。


 アルスタではアイテムボックスの存在に気が付かなかった可能性が高い。僕が何故か持っている異世界日本の知識が無ければ、その存在に気が付かなかっただろうからね。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る