16.さて、どうしたものかな?②




 ふわりと優しく着地し、大地を踏む。


 足下には豊かな土があり、陽光を反射して煌めく草があり、その煌めきは風によって靡き、形を変えていく。


 城の前には堀がある。堀を流れる水は近くの川から運ばれてきたもので、城郭を沿うように巡り、また水はべつの場所から、川へと戻っていく。


 循環。


 自然豊かな場所と金属のお城、というのはアンマッチな気がするけれど、その実、ひじょうにうまく、かつ繊細に融合していて、なるほど、自然を壊して建てられたのではなく、自然と共存するようにして建てられたのだと、見るだけで気がつけた。


 僕たちが下ろされた場所は、城門の正面だった。


 城門の両脇には、お椀型の屋根を持つ建物が建っていて、恐らくそれは門番――帝国騎士団の詰め所であり、何人かの騎士が、軽そうな鎧を揺らしながら、詰め所を出て、僕たちの方に向かって歩いてくるのが見えた。


 堀に掛けられた頑丈そうな橋にも、二人の門番と思しき騎士が立っており、彼らはさすがというべきか、空から降りてきた僕たちに動揺した様子もなかった。


 と、そこでいきなり走り出したのは、テリアさんだった。


 大地を踏みしめ、一直線に、テリアさんは銀髪を残像のように流しながら、いままさに詰め所から出てきたばかりの騎士に――その騎士は壮年の男性で、周りの騎士と違って金色のメダルを胸に刻んでおり、高位の騎士であることが分かる――駆け寄ると、橋の上で勢いよく、片膝をつく。


 あれが帝国騎士団の慣習、みたいなものなのだろうか……?


 などと思う暇もなく、壮年の騎士はテリアさんを抱きしめ、それから優しく、立たせた。……その一連の流れで、大体、テリアさんとその男性の関係が分かるというか、まるで親子みたいだと、僕は思う。



「……感動的なシーンだね」


「おや。ハチタくんにもそういう感情、あるんだ?」


「あるに決まってるだろ」


「うむ。拙者は知っているぞ? 意外にハチタは涙もろいところがある。学生時代、シャボン玉を見て謎に泣いていたからな」


「忘れろ!」


「じゃ、私、帰るから」



 突然、クールでドライ、感情をまるで感じさせない口調でリリィは言って……、おまえさっきまでのめちゃくちゃ性格の悪い感じを隠さないで出してみろよ! と僕は心の中で思うのだけれど、思うだけだ。


 ウィンチェルが了承し、リリィは姿をかき消すようにして、それはまるで蜃気楼の現象にも似ているのだけれど、あたかも最初から存在していなかったかのように、いなくなる。


 ……その直前、僕に向けて小さく手を振っていたのを僕は知っていて、そして僕も、みんなに気がつかれないように振り返してしまい、ああ、こうやってほだされていくのだろうなあ、と、妙な背徳感とともに、他人事のように思った。


 にしても、最初は精霊という存在に、ある種の憧憬を抱いていたというのに……、あのときの憧れを返してほしいものである。


 まあ、リリィも、最初からあんな感じではなかったのだけれど……。



「それにしても、立派なお城ですね。前に見たときからまるで変わっていない。……よっぽど腕の立つ魔術団を抱えているんでしょう。……すこし、楽しみです」


「ウィンチェルは魔術オタクだものな? 書庫などを閲覧できるように頼んでみたらどうだ。テリア殿に頼めば、叶うかもしれないぞ」


「そういうアーラーさんは武具オタクですよね。あと、鍛冶オタク。……帝国は上質な金属を使っていますし、鍛冶の腕も立つと思いますよ。頼んでみたらどうですか?」


「む。それはありだな。鍛冶場の熱で汗を流すというのは、拙者にとってはこの上ない快楽であるしな」


「ちょっと待った。オタク談義はそこまでにしてほしいんだけれど……、ウィンチェル、このお城に来た事があるのかい? さっきの口ぶりだと、まるで久しぶりに来たって感じだったけど?」



 ラツェルの鋭い指摘に、ウィンチェルは眠そうな目をすこし大きくして、それから「ああ。そうですね。言ってませんでしたっけ?」と首を傾げる。「言ってないよ!」と明るい突っ込みはアリープから放たれ、ウィンチェルはまた反対側に首を傾げて、言う。



と一緒に、数年前、来たことがあります」



 ……ああ。


 と、苦々しい顔をするのはこの場にいる全員で、あのアリープでさえ、「あの人か……」と、まるで中等学園時代に戻ってしまったかのように、表情を暗くさせた。


 かくいう僕も同じで……、僕は専門学校時代に何度か会った事があり、つまり他の面々よりも被害にあった機会が多いということでもあり、不自然に、手のひらに、汗が滲んだ。


 ……あの人、弟子であるウィンチェルにはとことん甘いけれど、他の人に対しては針のように刺々とげとげしく、しかも刺々しいだけならまだしも、容赦なく刺してくるのだから、たまらない。


 何度無茶ぶりをされたことか……。



「す、すいません。……取り乱しました。あの、皆さんを、ご案内いたします」



 嫌な感動に浸っていると、どうやらテリアさんも感動の再会を一通り済ませたようで、どこか照れたような顔つきで頬を染めつつ、僕たちのところに戻ってくる。


 ご案内、か。



「じゃあ行こうか」



 ラツェルが言い、そして表情を、凜としたものに一変させる。


 それは公的な場所におけるラツェルの仮面であり、同時にみんなの仮面でもあり、隊列を組むように、ラツェルの後ろに、アーラー、ウィンチェル、アリープと続き、最後に僕が続く。


 錆びないように魔術加工されているであろう鉄の橋を渡り、門の前へ。


 立っているのは、先ほどまでテリアさんと喜びの抱擁を交わしていた壮年の男性であり、僅かに生えそろった髭が立派で、体格も良く、立ち姿も騎士として洗練されていた。


 彼は小さく頭を下げ、言う。



「帝国騎士団・第一団長のセリトル・ボーディングと申します。簡素な礼で申し訳ない。我々にも立場というものがありますゆえ……。しかし、心からの、礼を」



 ――呟かれた言葉が、風に溶ける。


 その場に立っていた騎士団の全員が、一糸乱れぬ動作で、頭を下げた。


 ――風が、む。


 次の瞬間にはまた、揃って全員が頭を上げて、そして再び相まみえるセリトルさんの表情に浮かんでいるのは、先ほどまでの私人としての表情ではなく、帝国騎士団・第一団長としての、おごそかな表情だった。


 

「では、ご案内いたそう」



 毅然とした言葉を合図に、巨大な城門が開いていく。ぎりぎり、ぎりぎり、軋むような音は、しかし、この巨大さには見合わないほどに小さなものだった。……魔術加工か、ウィンチェルの言葉通り、帝国魔術団は優秀な人材を揃えているのだろう。


 僕たちが肝に銘じなければならないのは、国が違うということだ。


 僕たちは【メリアル王国】の正式な冒険者パーティーであり、【カンガンド大帝国】の冒険者ではない。


 ゆえに互いに礼は欠かしてはならず、その点を持って、僕たちは私語を慎み、開かれた城門から、城の外郭地区へと足を運ぶ。


 そこには帝都よりもささやかではあるが、それでも十分に賑わった、帝国民たちの生活があった。……恐らくは上流階級の貴族。そして騎士達や魔術師達、城を支えている内政官達の家族が住んでいるのだろう。


 僕たちは騎士団に率いられ、明らかに目立ちながら、お城のさらに中へと進んでいく。鉄塔ややぐらは外郭地区のいたるところに建てられており、【宵の覚醒】で暴走したモンスターや、また知恵を持った魔物の侵攻を許さない造りになっているのが窺えた。


 お城の本体は、外郭地区の奥、内郭を抜けた先にある。


 明らかに精鋭と思われる、殺気にちた表情の門番が立つ、城門の向こう。……耳を澄ませば、調練をしている最中であろう、騎士団の野太い叫びが聞こえてくる。……そこには男も女も関係ないようで、テリアさんも苦労してきたんだなあと、前を歩く彼女の背中に、なんとなく僕は同情した。


 内郭地区。


 足を踏み入れてすぐ、感じるのは空気の重さだ。


 それは錯覚ではなく、強力な魔術障壁の影響だろう。人体に影響がないとはいえ、高濃度の魔素マナによって物理的に空気が重くなっているのは明らかで、たぶん、僕くらいの人間だと、長くこの場所に滞在すれば、すぐに具合が悪くなってしまうだろう。


 ……普段であればウィンチェルに頼るところだけれど、さすがに【カンガンド大帝国】のお城の前で、ウィンチェルに、不用意に魔術を使用させる気にはならない。


 そして僕は空気の重さを感じながら、を、見上げた。



「――少々、お待ちを。場合によっては代表者のみの入城となる」



 それは形式的な言葉に他ならず、そもそも、セリトルさんが事前に誰が入城出来るかを知っていないはずがない。だからある種の儀礼的な言葉で……、たぶん、いや、十中八九、パーティーのリーダーである、ラツェルだけの入城となるだろう。


 セリトルさんは城の手前にある、控えめな建物に足を運び、中にいる人といくつかの言葉を交わしたあと、戻ってきて、言った。



「代表者のみの入城である。ラツェル殿でよろしいか?」


「ええ」



 普段のラツェルとは違う、静かな――【勇者】としての一言に、場の空気が、ほんの一瞬だけれど、白く、冷えた気がした。



「では」



 セリトルさんが合図をして、城の門が開き、そして騎士団の面々に率いられるような形で、ラツェルの背中が城の中に消えていく。


 やがて門が閉められ――僕たちはため息を吐き出した。



「あー、だるかった。だるかったー。あたし達には似合わないよねー? ああいう空気ってさ……。久しぶりだから、すっごい疲れちゃったよ」


「拙者もあまり好きじゃないな、ああいう空気というのは」


「へえ。でも高等学園時代のアーラー、あんな感じだったよ」


「……あの頃の拙者は、あれしか知らなかったのだ」


「いや、中等学園時代のアリープの方が近いかもしれない。人を寄せ付けない感じだったし……」


「っ、ストップストップストップ! それ以上はなし! ハチター! こら!」


「テリアさん」



 なんて、僕たちが緊張感から解放されてぴーちくぱーちく言っていると、その隣でひとり冷静なウィンチェルが、テリアさんに……、ちなみにテリアさんはひとり、城に行くことなく、こちら側に立っていた。


 テリアさんは一つ頷くと、ウィンチェルに言葉を返す。



「……お察しのとおりです。団長から、秘密裏に命じられております。……ウィンチェル殿を、帝国魔術団と引き合わせるようにと」


「ですよね。では、案内していただけますか? ……冷凍保存している、仮死状態なので、魔術団の人達の前で出してもいいですよね」


「構わないかと」



 ……よく分からないけれど、こういうときは、さすがウィンチェル! とでも言えばいいのだろうか?


 の裏側にいる黒幕を暴かなければならないが、それにはウィンチェルの他にも、優秀であろう帝国魔術団の協力がいる。


 ウィンチェルは一度、その豊かな紫の髪の毛を撫でるようにしてから、僕たちに言う。



「では……。私とテリアさんは一時離脱しますので。あとのことはお任せします。しばらく戻らないと思いますので……、なにかあったら、『四七』で連絡を取り合うっていう感じにしましょう」


「りょうかーい!」



 で、ウィンチェルとテリアさんは、城を回り込むように内郭を移動していき、姿を消した。


 残された僕たちは……、さて、どうしたものかな?




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あまりにも友人達が強すぎる勘違い冒険譚



というタイトルの小説を新規投稿いたしました。



勘違い系。ある意味で主人公最強の設定となっております。


お読みくださると幸いです。

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