15.さて、どうしたものかな?①
15
いろいろあったが、なんだかんだでリリィは僕をちゃんと運んでくれるようだった。
ずっと空を仰いで、遠い目をし続た甲斐があったかな? 隣で「お兄さんさぁ、ものっすごい雑魚なんだからぁ、なんで生きてるのぉ? ほんとに不思議ぃ」とかってなじられ続けても、ひたすら遠い目をして、蒼空の向こう側にあるであろう、宇宙を想像していたのだ。僕は。
その甲斐あって(?)なのかは分からないけれど、リリィは僕への精神攻撃を、とりあえずは一旦やめるという判断をしたようで、彼女は僕の背後に回る。
ちなみにリリィは身長が高く、それこそアーラーと並ぶくらいはあるので、百八十の後半はあるのではないだろうか? ……僕は首のあたりに、露骨な胸の感触を覚えつつ、特に反応はしないで、リリィが飛び立つのは待った。
とん。
なんて、軽く地面を蹴る音が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはものすごい速度感で、僕は空に飛んでいる。
垂直に、高さを稼いだかと思えば、次いで身体は前に傾けられ、地面と水平に、空を移動していく。……風を一切感じないのは、リリィが人間の僕に配慮して魔術障壁を張ってくれているからで、その障壁の輪郭は、球体を描いていた。
寒さも感じず、風もなく、ただただ空を水平に移動している感じだけで、なんだか空を飛んでいる実感には乏しく、それこそバードをモチーフとしたゲームでもプレイしているかのようだった。
「でさぁ、ちなみにお兄さん達、なんで城なんかに行くの? あそこさぁ、私、何度か見に行ったことあるけど、そんなに良い城じゃなかったよ? 普通の、趣味の悪い城って感じでぇ」
「……いろいろあるんだよ。人間には人間の事情が」
「はぁ? なにそれ。お兄さんの癖に生意気だねぇ? 雑魚の癖に。雑魚の癖にさぁ、そうやって生意気なこと言っていいと思ってるの? 本当に、落としちゃいますけどぉ」
「僕を落としたら、たぶんウィンチェルがめちゃくちゃ怒るぞ」
「あー。怒りそう。めっちゃ怒りそう。でも、あの子に憎しみを抱かれて、一方的に敵意をもたれるっていうの、ちょっと興奮するかも……」
「……精霊っていうのも、大概、変な生き物だよね……」
「どこがぁ? 人間なんかよりはぜんぜん、変じゃないと思いますけどー」
……まあ、やっぱり、人間と精霊は相容れないっていうか、そもそも精霊っていうのは、どちらかといえば人間というよりも、モンスターとかに近いところがあるし、こんなものなのだろう。
というか、純血な人間っていうのは、意外にこの【レディズ】という惑星では大半を占めているわけでもなく……、まあもちろん、多いは多いのだろうけれど、人類として区別されているうちの、六割くらいではないだろうか?
残りの四割は、それこそ犬耳族とか猫耳族とか兎耳族とか、はたまたエルフとかドワーフとか……、また国によっては、サキュバスなどの悪魔族を人類として数えるところもあるらしい。
そこらへんは
だから悪い噂の絶えない小国などでは、未だに獣人などに対しての差別がひどく、犬耳族などが、奴隷として扱われていることもあるらしい。
「てか、お兄さん、数ヶ月ぶりだけど、よく生きてたねぇ? ほんとうに。私、いつお兄さんが死ぬんだろ死ぬんだろって、里でみんなと賭けとかしてたんだよぉ? ほら、私がお兄さんの雑魚さと、身の丈に合わない立場を、里のみんなに伝えてるからぁ……、【精霊の里】、お兄さんのファンでいっぱいだよぉ!」
「……うーん。なるほど。つまり、終わりってことだね? ありとあらゆる意味で、終わりってことなんだね?」
「なにがぁ?」
「なにがだと思う? ……にしても、趣味が、悪すぎるっ」
「大丈夫。私はちゃんとぉ、生きてる方に賭けてたから!」
「そういう問題じゃないんだけど……」
「えー? なにぐちぐち言ってんのぉ……? ……てかぁ、お兄さんさあ。……いつ離れるつもりなのぉ? このパーティーを、さあ」
……そのときの、後頭部を生暖かくするリリィの声というのは、どうにもこうにも気持ち悪いものがあり、僕は背筋を
けれどリリィに身体を抱きすくめられている状態で、身動きは取れず、リリィの浮かべている表情を見ることは叶わない。……とはいえ、言葉の調子からして、どんな表情を浮かべているのか、想像するのは容易かった。
「急に動いちゃだめだよぉ、えっちで雑魚なお兄さん。……んふふ。言ったじゃん? 賭け、してるってさぁ。だから、ずっと見てたんだよ、お兄さんのこと」
「……僕、パーティーを抜けるつもりなんてさらさらないけど?」
「うそつき。えっちで雑魚なくせに、さらに嘘つきなの? んふふふふふ。救いようがないねぇ、お兄さんは……。まったく、ほんとうに、そそるなぁ」
「理解できない」
「? 理解できるわけないじゃぁん。だってお兄さんは貧弱な人間でぇ、私は高尚なる精霊だもの。理解しようなんて考えちゃ駄目だしぃ、不敬だよ? それは」
……まあ、ほら、やっぱり最初から分かっていたことだけれど、精霊っていうのは人間ではなく、どちらかといえばモンスターに近くて、やっぱりやっぱりやっぱり、僕に理解できるような存在ではないのだ。
まあ、僕は、諦めるのは得意だ。開き直りも、得意だ。
……いつから見られているのかとか、どんなところを見られたのかとか、ちょっとだけ、いや、ものすごく気になったけれど、もう諦めて、思考を停止させる。
見られたものは見られたものだ。過去は過去だ。どうでもいい。
そうして、眼下に広がる、豊かな草原地帯と、森林地帯を眺めた。
【スレナ大平原】のあとに続くのは名もなき大地であり、そこはもう一般人の立ち入りは禁止されており、モンスターや魔物の生息域となっている。……もしかすると【シレイヌ村】を襲ったもどきは、この名もなき大地で誕生したのかもしれない。
なんてぽやぽや考えている間に、遠くに、天を
自然豊かな土地に、あえて建設された、異質なりし、帝国の城。
僕は城から天に伸び上がる鉄塔を捉え、リリィに言う。
「見えたね。なんだかんだで、はじめてだ。帝都に足を運んだことは何度かあったんだけど……」
「そんなことよりさぁ、次はお兄さんがいつパーティーを抜けるかで賭けようと思ってるからぁ……、ね、ね。内緒で、教えてくれない? いまならいっぱい、お礼もするよ?」
「すごいなあ。本当にぜんぶ鉄……、っていうか、金属なんだ。お金かかってそうだなぁ……。ぜんぶ金属ってなると、補修とかも大変だと思うんだけど」
「ねぇー、無視しないでよ雑魚お兄さん。なまいき。生意気だよぉ? 私のこと無視するとか、生意気だから。ねぇー、ねぇー。教えてよぉ」
「いつかは辞める」
時期は分からない。けれどいつかは辞める。辞めなければならない。それはいつだろう……? と具体的に考えてみれば、たぶん、僕である必要がなくなったときだろう。
いまこのパーティーで、僕にはいくつかの、僕にしかこなせないであろう仕事がある。……まあ、仕事といっても良いのかは微妙だけれど、たとえばマジックバックの扱い方とか……、そんなの覚えれば誰にでも出来るとは思うのだけれど、ともかく、僕には僕だけにしか出来ない役割がある。
それがなくなってしまったとき、あるいは僕自身が、僕以外の方が良いだろうと思ったとき、そのときは本当に、僕の辞めるべきタイミングなのだろう。
いまみたいにうだうだ考えるのではなく、ちゃんと誠意を持ってラツェル達に向き合い、話し合い、辞めなければならないだろう。
「まあ、見とけばいいだろ精霊は。遙か高みからさ。その、【精霊の里】ってのがどこにあるのかは分からないけど、てきとうに見とけよ。そして、勝手に賭けとけ」
「……なにやけになってるのぉ?」
「やけにもなるだろ、そりゃ」
「……でもぉ、私さぁ、分の悪い勝負っていうのが、一番ひりついてて、生を実感するんだぁ」
「……知ってるか? そういうのを、賭博中毒っていうんだ。ちゃんと治療してもらえよ。精霊に、医療っていう概念があるのかは知らないけど」
「まだしばらく辞めない、に、賭けてあげるぅ」
リリィの言葉に、僕は返答せず、そして僕たちは、【カンガンド大帝国】のお城の前に到着した。
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