17.不気味な老爺との邂逅①



   16



 やることもなくて暇だー、かといって城の前で、いつ戻ってくるかも分からないラツェルを待つのも嫌だー、ウィンチェルもいつ戻ってくるか分からないしー、といった感じの僕たち三馬鹿は、とりあえず内郭地区を出ることにした。


 人の賑わっていた外郭地区の方が暇を潰せるといった判断で……、その判断は正しかった、けれど、同時に僕たちは個性豊かでもあった。


 つまり鍛冶・武具オタクであるアーラーは、当然、


「おお。よしハチタ、アリープ、あっちの鍛冶屋に顔を出してみよう! 近くには武具を販売している店もあるぞ! どんな武器に出会えるか楽しみだな! な!」


 といった感じになってしまうし、食べ歩きが好きなアリープも当然、


「そんなことよりあっち行こう! 武器なんてつまんないよ! みんなでご飯食べよー? ほら! 見て! あっちに美味しそうな屋台がある! ね! いいでしょ? あっちで食べようよー!」


 こんな感じになってしまう。


 で、両腕を引っ張られて、いい加減に引きちぎられてしまいそうになった僕は、たった一つの冴えた提案をして、そそくさと、逃げた。



「よし。別行動しよう! 僕は僕で動くから、君たちも君たちで動けばいい! それがいい! よし! あとで『四七』で連絡するよ!」



 ……まあ、特に僕にはやりたいことがないっていうか、行きたいところもないのだけれど、あのまま両腕を引っ張られ続けて、肩が外れてしまうよりはマシだ。


 【カンガンド大帝国】のお城の外郭地区……、来るときにも思ったことだけれど、やっぱりお城の敷地に住めるというのは上流階級の証ということなのか、そもそもの服装からして、帝都にいた住民達とは違っていた。


 特に顕著なのは子供の服装で、公園で走り回っているという、元気な雰囲気は共通点があってまるで変わらないけれど、洒落たブローチをつけていたり、髪飾りに、帝国の紋章が入ったバッジ、アクセサリーなど、うーむ、上流階級っていう感じだった。


 たぶん小中高一貫の学園とかも、この外郭地区にはありそうだ。


 僕はふらふらと行く当てもなく歩き続け、また違う公園を見つけてそこのベンチに腰掛け、すると僕という存在が珍しいのか、公園の真ん中でボール遊びをしていた三人の子供達が、好奇心旺盛に顔を輝かせ、僕の方に歩いてくる。


 これもまた帝都では見られないであろう光景で、外郭地区という、悪意を持っている人間はそもそも処断され、不審者など存在するはずもない土地だからこそ、特異的に見られる光景だろう。


 いってしまえば、みんな箱庭育ちだから、僕が悪意を持っているかもしれない、危害を加えてくるような不審者かもしれない、といった認識が、そもそも存在しないのだ。


 それは幸せなことのように思えて、とはいえ外の世界に出たら、なにかと苦労しそうだなあ、とも思う。



「ね、ね、兄ちゃん。なにしてんの? 暇なら一緒に遊ばねえ? ちょうどベリッツが出来なくて困ってるところだったんだよね」



 快活な少年に話しかけられ、ベリッツという単語に、僕は一気に懐かしさを膨らませる。ベリッツという遊びは、両手で抱えられるくらいのボールを使った遊びであり、ルールは単純明快で、チームに分かれて、ボールをぶつけあう。


 人数が少なければ二つのチーム、多ければ五つとかのチームに分かれてボールをぶつけあうのだけれど、面白いところは陣地という概念がないところと、最初は誰も魔術を使えないところだろうか。しかし、ボールを当てられて失格となった人は、自分のチームのために、魔術によるサポートを許される。


 つまり魔術の扱いがうまい奴は、あえて最初にボールにぶつかったりするし、逆に魔術の扱いがへたな奴は(僕みたいな奴)、最後まで残って、チームを勝利に導かなければならない。


 万国共通のよく出来た遊びであり、僕も子供の頃はよく遊んだものだった。


 で、僕は喉元まで「いいね! やろう!」と言いかけるのだけれど、いや、さすがに子供に混ざるのはどうなんだ? という思いと、あと、この外郭地区で遊んでいる子供っていうのは、どう考えても血統に恵まれているし、恐らく普通の子供として扱うべきではないし、つまりどういうことかっていうと、大人の僕がボコボコにされてしまう展開も考えられる……。


 

「あー。ごめん。ちょっとこれから予定があってね。……あ。ちなみになんだけど、どこか面白いところ……、というか、変わっている通りとかお店とか、知らない?」


「えー? なんで。てか変わってる通りってなに? 普通に綺麗なところ行けばいいじゃん」


「僕、綺麗なところよりも汚いところの方が好きなんだよね」


「なにそれ」



 変なのー、と、いま喋っている少年の隣に立つ少女が言い、その子は一気に僕に興味をなくしたようで、振り返って友達のところに戻っていく。


 まあ、それはそうだ。綺麗なところより汚いところが好き、なんていうのは子供には理解できないだろうし、あるいは大人でも理解できないかもしれないし、そもそも子供相手に訊くべき内容ではないかもしれない。


 なんて思うのだけれど、僕の正面に立つ少年は、んー、と形の良い眉毛を寄せて考える素振りを見せ、それから、言う。



「いちおう知ってるぜ? 俺。お母さんとかお父さんとか、あんまり近づくなって言われてるんだけど……、行きたいの?」


「まあ……、行きたいっていうか、興味はあるかな。そういう風に言われると」


「じゃあ途中まで付いてってあげる。行こーぜ」



 ……さっぱりとした物言いは、さすが箱庭育ちの子供と言うべきか、純真で無垢な善意に他ならず、僕は逡巡してから腰を上げた。


 断ろうかと思ったのだけれど、ここで会ったのも縁であるし、なにより子供の善意に対して遠慮するというのは、どこか逆に、礼儀に反しているような気もするのだ。


 という感じで僕と少年は公園を出て、しばらく、道なりに沿って歩いていく。


 道路は舗装されているけれど、両脇には木が植えてあり、自然と共存しているのがよく感じられた。



「てか兄ちゃん、あんま見ない顔だね? どこら辺に住んでる人?」


「あー。……僕、帝国の住人じゃないんだよね。旅の人間って言った方が正しいかもしれないな」


「へー! 旅人なん? すげえや。てか、旅人ってなにやって生活してんの? ちゃんと食えんの? どこ行ったことある? 俺さー、外に興味あんだよね。帝都とか月に一度行けたらいい方だしー」


「あー。なるほど。君たちには君たちなりの苦労があるもんか。まあ、そりゃそうだよね……。僕は、そうだね。仲間に支えられてなんとか食えている、って感じかな? 行ったことのある場所は……、まあ、それなりに世界は巡ってる」


「ふぅん。じゃあ【ジパング】とか行ったことある? 俺、ちょっと行ってみたいんだけど」


「【ジパング】はさすがにないかな……」


「なんだ。…………あれ。てか、旅人なのにここ来れるってすごくね? ……まさか、不法侵入とかした? 兄ちゃん、不審者?」


「違う。不法侵入とかするわけないだろ」


「あはは! 冗談だよ。ここ不法侵入とか出来る感じじゃねーし。……でも、なんで? じゃあ、誰かから招待とかされた感じ? じゃないとここ入るの難しいっしょ?」


「あー。それは、ほら。仲間が優秀でね。その仲間の伝手っていうか、なんというか……。まあ、そんな感じだよ。大人にはいろいろあるんだ」


「ふーん。ま、なんか兄ちゃん、弱っちそーだもんな。いわゆる、あれだ。……ヒモ? その仲間って、絶対女だろ?」


「違う」


「えー? ほんとかよ」



 訝しげに見られるが、僕は「違う」と言い続けて、否定する。……子供は鋭いというけれど、いや、しかし僕はヒモではなく、あくまでも仲間で、男女の関係ではないし……、やばいな、動揺しそうだ。


 なんて、子供相手に敗北感を味わっていると、気がつけば僕たちが歩いている場所には、人気がなくなっている。


 内郭の門へと繋がっている大通りから外れ、まばらにお店が開いている細い通りにさしかかり、その細い通りをさらに抜けた……、いわゆる、裏路地のような、暗い道。


 その道を前にして、少年は、足を止めた。



「ここだよ。ここの通り。てか、ここらへんの地区? あんまし近づかないようにって、親には言われてるんだよね」



 ……なるほど、少年の両親が「行かないように」と忠告するだけあって、物々しい雰囲気が漂っているし、……道に立つ魔術灯も、古ぼけた感じがある。……たぶん、暗くなったとしても、あまり光を発しないのではないだろうか?


 と、そこで僕は既に、気配に気がついている。


 冒険者を長く続けているゆえの感性か、生き物の気配には敏感に反応する癖みたいなものが培われていて、僕は、物々しい道の、遮蔽物の影から、こちらを見つめている目があることに、気がついていた。


 けれどそれを言葉にすることはなく、僕は平然と少年に向き直り、言う。



「ありがとう。こんな道を知ってるなんて、君は物知りだし、勇気があるね。将来はきっと、良い冒険者になれるよ」


「冒険者? なんで冒険者なんだよ。俺の夢は帝国騎士だかんね。……物知りで勇気があるって、俺、騎士になれると思う?」


「思うよ。これでも僕は優秀な仲間の影響を受けていて、人を見る目には自信があるんだ。……必ず、強い意思を持ち続けてさえいれば、君はなりたいものになれるよ」


「……ふぅん」


「じゃあ、本当に、案内してくれてありがとう。あ。ひとりで帰れる?」


「は? 帰れるに決まってんじゃん。てか兄ちゃんの方こそ大丈夫かよ? 迷子になったりしない? 心配だからまだ付いてってやろうか?」


「いや、大丈夫。これでも大人だからね。……ここでお別れだ。またね、少年」


「ん。じゃ、またな!」



 片手を挙げた少年にお別れの挨拶をして、そして僕は、背後から見られているのを感じながら、少年の背中がちゃんと大通りまで抜けるのを見送り……、やがて、視線の方向に振り返る。


 もう姿を隠すつもりもないのか、そこには、ひとりの老人が立っている。


 背中を丸め、古ぼけた杖を地面に立てる、だった。


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