19.前向きな気持ち①



   17


 

 不思議な老爺との邂逅を終えた僕は、光の入らない裏路地を引き返し、大通りまで出て、そして公園を通りかかって、またもや少年と再会した。


 少年は僕のことをほんのすこしだけ心配していたみたいで、「大丈夫だったん?」と軽く声を掛けてきて、頷けば、「じゃあ一緒にベリッツやろーぜ!」と明るく笑った。


 僕の胸には、まだ老爺の残した言葉がおりのように残っていて、パーティーを辞めるとか辞めないとか、自分に対する評価はもうすこし改めた方がいいのかどうなのかとか、とにかくそういった事がぐるぐる胸で渦巻いていたのだけれど……、まあ、遊ぶことにする。


 ベリッツ。公園内で、いくつかのチームに分かれてボールを当て合う遊びで、ボールを当てられた人は失格判定となるが、魔術によるサポートを許される。


 僕は大人なのでハンデがあり、子供と大人で差が出やすい魔術によるサポートに制限を掛けられるのだが……、ぶっちゃけ、制限なんて要らないくらいに、実力差はほとんどない。


 っていう状況に直面すると、またもや自分に対する弱さみたいなのが出てきそうになるのだが、すんでのところで気を張れるのは、老爺に励まされたお陰だろうか。



 自分を弱いと思っているのは僕だけで、ラツェル達は、違う。


 僕を、頼りにしてくれている。


 僕を、認めてくれている。


 だからこそ、僕に、あらゆることを任せてくれている。


 もしも僕を弱者だと思っていたのならば、友達だからこそ、危険の多い冒険者パーティーから、追放するはずである。



 そう言った老爺の言葉はまったくもって正しく、ぐうの音も出ないほどの論で、僕はやっぱり、みんなが認めてくれているうちは、自分なりにだけれど、頑張るべきなのかもしれない。


 と、ある種の前向きな結論が出たのは、ベリッツで遊び終えたときのことだった。


 久しぶりにベリッツを楽しみ、良い汗をかいて、気分も程よくリフレッシュできたのだろうか。また、それに加えて、悩みや不安などとは無縁そうな、活発な子供達と一緒に遊んだというのも、また一つ、心のリフレッシュに一役買っているのかもしれない。



「んじゃーまたな、兄ちゃん。あ。そういや旅人だっけ? じゃあもうすぐいなくなんの?」



 ……陽が傾き、世界が血の色に染まりつつある中、公園の出口で少年に話しかけられ、僕はすこし考えるように頭を傾けたあと、答える。



「いや、一週間くらいは滞在しているんじゃないかな? たぶん。だから、まあ、また暇になって遊びに来たくなったら、相手してくれると助かるよ」


「お、いいねー! 兄ちゃん良い感じに動けてたし、次もまた俺のチームな! 約束! あ! 今度は魔術もありで!」



 少年がまくし立てるように言って、茶目っ気たっぷりに笑うと、周囲にいる子供達が「それはずりーぞ!」と口々に声を荒らげて、少年を小突きはじめる。……その光景がなんだか温かく、微笑ましく、僕もまた声を上げて笑いながら、ポーチを漁った。


 ベリッツを遊んだ子供達は十二人で、いま公園に残っているのはその半分の六人だった。で、僕はすこし迷ったあと、全員分、つまり十二人分あげちゃってもいいだろうと考え、を、取り出す。



 ツァルガ・バードの羽根飾り。



 積雪地帯にある、ごく一部の地域にしか生息していないツァルガ・バードを討伐した際、その素材として持ち帰ったものだった。


 雪の白と氷の蒼が入り乱れた色をしており、いついかなる時、どんなところで取り出したとしても、ひんやりと冷たい質感をしていて、布団の素材として使われることも多い。


 だが一般的な用途は、魔術の発動に用いる媒体として……、つまりは杖の製造に織り込まれていたり、魔術師のアクセサリーに使われたりしている。


 魔素マナ伝導率が高く、とある魔術学園などでは、優秀な生徒に贈呈されたりしているらしい。


 とはいえ希少性が高いため、市場には出回っていないし、かなりのお値段のするブランド店のようなところでしか扱われていないので、少年達からしてみれば、ただの綺麗な羽根飾り程度にしか思えないだろう。


 それでいい。


 変に高級なものだと思われるより、安物だけれど魅力がある、程度の方が、受け取りやすいだろうから。



「これ、みんなにあげるよ。今日遊んだ子達、みんなにあげてね。どうせ同じ小等学園に通っているんだろう? 魔素マナを込めると温度が変わって面白いよ。他にもいろいろ使い道があるから、自分たちで模索してごらん」


「ん。なにこれ。なんの鳥の羽根? リター・バードとか? ……見たことねえや。でも、ありがと」


「旅している途中に鳥の巣から拝借したんだよ。魔素マナを使った遊びに使うといい」


「ふーん」



 前向きな気持ちになれたお礼……、と考えるならば、あの老爺にもなにか渡した方がいいだろうか? と、ちょっとだけ考えるけれど、あの老爺のことだから、なにを渡したとしても受け取ろうとはしないだろう。


 それに、やっぱりプレゼントをするならば子供に限る。


 僕はその場にいるみんなに羽根飾りを渡していき、「つめたっ」「ひんやりしてる」と素直な感想を漏らしているのを楽しみつつ、最後にまとめて、余った羽根飾りを少年に手渡した。



「みんなによろしく。君なら任せられる」


「ん。オッケー。んじゃ、また絶対会おうな、兄ちゃん。みんなにも渡しとくから、お礼の言葉から逃げんなよ! 絶対、またな! この公園、よくいるからさ! 次はベリッツだけじゃなくてトールズもやろうぜ!」


「了解。暇を見て、くるよ。必ず」



 まあ、もしかするとウィンチェルと帝国魔術団が手こずり、明日も明後日も僕は暇、っていう状況になるかもしれないけど。


 なんて考えながら僕は少年達を別れて、沈みゆく夕日を正面に浴びながら、お城の内郭に向けて歩き出す。


 ……名前、名乗り忘れたり、聞き忘れちゃったな。


 まあ、また再開することになるだろう。学園が終わった夕刻、つまりいまの時間帯なんかに公園に行けば、必ずまた会えるはずだ。名前を訊くのは、そのときでも構わない。


 ……そういえばウィンチェルとラツェルはともかくとして、アリープとアーラーはなにしてんだろうな? まだ鍛冶屋巡りと買い歩きを継続してるのかな? 大丈夫かな? お店の人達を困らせたりしていないだろうか……? あと、無駄遣いしていないだろうか……? まあ、無駄遣いに関しては個人の資金の問題だし、僕が口を出すのはお門違いだろうけれど、とはいえ彼ら、これは【天の惑星】の全員に共通していることだけれど、好きなことには目がないからなあ……。


 とか考えていたら、連絡用の魔道具である、『四七』が震えた。


 応答してみれば、聞こえてくるのはアーラーの声だった。



「ハチタ。いまウィンチェルから連絡があった。集合らしい。予定より早く、もどきの裏側にいる黒幕を発見したと」


「……分かった。どこに向かえばいい?」


「夕飯を食べるついでに会議しよう、という感じになってな。とりあえず内郭の門のところまで来てくれ。そこで、拙者と落ち合おう。恐らくラツェルとウィンチェルも、ハチタが来るくらいに集合するだろう」


「了解。アリープは?」


「ついさっき合流した。いまは拙者の隣で、どでかいアイスを頬張っておる。ちなみに拙者も、棒付きの飴を買ったぞ。ハチタの分もある」


「飴か。オッケー。いただこうじゃないか。……早足で向かうよ。ちょっと待っててくれ」


「ああ。……ハチタ、ところで、なにかあったか?」



 すこし急ごうと早足で歩こうとしていたところ、アーラーの唐突な問いかけに、僕は歩調を逆に緩めて、「なにかって?」と聞き返す。


 アーラーは「うむ。……なにか」と要領を得ない呟きをした後、ぎこちない口調で、続ける。



「どこか、声の調子が明るいと感じてな。なにか良いことでもあったのか?」




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