20.前向きな気持ち②




「……良いことか。そうだな。子供達と遊んだよ。ベリッツだ。懐かしくないか? 高等学園でも遊んだことあるよな。覚えてるか?」


「ああ! 覚えているとも。当たり前だ。忘れはせんさ。……ハチタが意外にすばしっこく、中々にボールを当てづらかったのを覚えている。さすが、幼い頃から、最後まで残っていただけあったな」


「まあね。魔術が下手なもんで」


「そういえばそうであったな? あの頃のハチタ、よく魔術の教師に怒られていたものな。……懐かしいな」


「まったくだ。てか、アーラーもいろんな意味で最後まで残ってたよな? ……やっぱ、高潔なイケメン様にはボールって当てづらいもんなのかな?」


「さてな。しかして、ハチタは容赦なく拙者を狙っておったよな。今更になって思い出した。……今度、みんなでなにか遊べたらいいものだな」


「いいね。とはいえ五人だから、さすがにベリッツは厳しそうだけど……」



 五人で遊ぶとなったら、やはり、【シレイヌ村】までの道中でも遊んだような、ボードゲームが主となってしまうし……、スポーツとしての遊びは、僕の入ったチームが圧倒的に不利だからなあ……。


 もちろん魔術の使用が完全に禁止であるならば、僕よりもウィンチェルの方が不利になってしまうのだろうが、けれど魔術が禁止というのは、どう考えても面白くない。


 ていうか、アリープと僕という、両極端な人間がいるせいで、チームスポーツは中々にバランス調節の難しいところがあるのだ。


 僕とアリープが組み、ひとり審判で、なにか今度、ラッテル――陣地を決めて複数のボールを打ち合うゲーム――のような遊びでも提案してみようかな……?



「それにしても、子供と遊んで元気になったのか。ハチタ、子供好きだったのか? まあ、嫌いということはないだろうが」


「んー。……どうだろ。でも子供達と遊んだのは、なんていうか、最後の一押しのような感じかもしれないな。どっちかっていうと、お爺ちゃんがメインだ」


「……? お爺ちゃん、か? よく分からぬが、子供とベリッツで遊ぶ以前に、良いことでもあったか」


「変なお爺ちゃんに出会ってね。すごく……、なんていうか、励まされたんだよ。背中を押されたというか。……もっと前向きになってもいい、っていうかさ」


「ふむ。それは是非とも詳細を聞きたいものだな? 年配の方から、人生における指南でも受けたのか」


「そんなところだね。変なお爺さんだったけどね」



 つい数時間前の邂逅だったというのに、こうも懐かしくなってしまうのは、あの老爺の醸していた、不可思議な雰囲気のせいだろうか? ……変な老爺だった、と言葉に出してみれば、まったくもってその通り、たぶん僕が出会ってきたお爺さんお婆さんの中でも、代表格の変なお年寄りだった。


 纏っている雰囲気も、住んでいる場所も、その皺だらけの顔つきも、落ちくぼんだ眼窩がんかから発せられる眼光の鋭さも、なによりも言葉が、その話しぶりが、異質だった。


 ――


 僕という人間を遠い昔から知っているかのようだった。どのようにして見抜いたのかは分からない。あの老爺の言葉を信じるのならば年の功と呼ばれるものなのだろうか? あるいはあの老爺は、僕と同じような若者を、何人も見てきたのかもしれない。だからこそ、僕を、正しく励ますことが出来たのかもしれない。


 変で、異質で、たぶん偶然が絡み合わなかったならば、喋ってみようとも思わない相手だけれど――感謝は、していた。


 心持ちが、確かに、変化しつつあるから。


 自分に対して、ちゃんと向き合う、準備が出来たから。


 ……もちろん、すぐに自分に自信を持つなんてことは無理だ。そこまで僕は、単純な人間じゃない。


 けれど、それでも頼れる仲間であり、友達でもあるラツェル達が、僕を足手まといとして見ていないのだから、僕は僕で、ちゃんと胸を張らなければならないのだ。


 

「拙者も会ってみたいものだな? そのお爺さんと。ところで、本当になにを話したのだ? 詳細を教えてくれ」


「だめ。詳細は、教えない」


「なに! なぜだ! ……ハチタ、随分とケチになったものだなあ。そのお爺さんとなにを話したかくらい、教えてくれてもいいだろうに。……そうだな。ならば拙者としても、飴をくれてやらないぞ」


「いいさ。アリープにもらうよ。どうせアリープもいろいろ買っているだろうからね」



 む、と語調を強めようとするアーラーに、しかし僕は手に込めていた魔素マナの流れを切ってしまい、『四七』の接続を終える。


 詳細を話したくないのは、単なる照れだった。


 ていうか、普通に、嫌に決まっている。


 ラツェルにはこの前、つい口を滑らせてしまったけれど、「パーティーを抜けたいと昔から思っていた。僕の実力があまりにも低すぎるから」なんて重い話、出来るならば他のメンバーには聞かせたくない。


 それに、「でもお爺さんに励まされて心変わりしたんだ。僕が弱いのはみんな知ってる通りだけど、でも同時に頼れる仲間でもあるって、みんな認めてくれていたんだよね? だからずっと一緒にパーティーを組んでいる。だよね?」なんて、口が裂けても言えるはずがい。


 もしも明らかになれば、恥ずかしすぎて、顔から火が出てしまうだろう。


 で、僕はポーチに『四七』をしまい、いますぐアーラーのところに戻ると面倒くさいな、と思って、すこし、市場のあたりを見て回ることにした。


 ……これでツァルガ・バードの素材が売られていたら、ちょっと恥ずかしいなあとか思ったのだけれど、見て回った感じ、どこのアクセサリー店にも売られていない様子だった。魔術道具専門店にも足を運んだのだが、ツァルガ・バードの素材を織り込んだものは売られていない。


 これなら帝都の方が品揃えは良さそうだな、まあ、たぶん月に一度とか二度、帝都の方から営業が来たりするのだろう、とか思いながら、僕は時間を潰すことに成功した。


 ――内郭の門まで戻れば、既に、僕以外のメンバーは揃っていた。


 テリアさんはおらず、なるほど、完全に【天の惑星】だけでの話し合いかと頷く。



「来たね、ハチタくん。じゃあ、行こうか? ……皇帝さんとはお目にかかれなかったけど、側近の人から、良いご飯屋さんを紹介してもらってね」


「わくわく! わくわく! わっほい! わっほい!」


「ほら、アリープが人の言葉さえ話せなくなっちゃうくらい楽しみしてるよ……」


「……うん。僕も楽しみだ」



 おかしくなってしまったアリープには視線を向けず、僕はラツェルの片手に握られている、ガラス瓶に目を向ける。


 中では琥珀色の液体がちゃぷちゃぷ揺れていて……、いやいやどう見てもお酒でしょ、という感じで、僕は冷めた目線をラツェルに向ける。……とはいえラツェルが、真面目な話の前にお酒を飲むとも思えないのだが。


 僕は言う。



「これから恐らく大事なミーティングだっていうのに、余裕だね? ラツェル」


「ん? いやいや。これはアルコールが入っていないよ。お酒みたいに見えるけど、っていうか、味はまんまお酒なんだけど……。ノン・アルコールって呼ぶらしい。ここでしか売っていないらしいよ? 貴重だ。地酒マニアの私としてはね」


「ふうん。まあ、酔わないならなんでもいいや」


「……最近、ハチタくん冷たくないかい……?」



 いや、そんなことはないだろう。……たぶん。


 なんて、僕たちはみんなで軽口を叩き合いながら、五人でわちゃわちゃと移動し、お城近くの一等地に建てられている、お座敷の定食屋さんに足を運んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る