11.ハチタ殿、自己評価が低すぎるぞ。


   11



 僕は、ラツェルという【勇者】のことを、よく知っている。


 それこそ魔術専門学校に通っていた時期に、僕は学校からほど近い王都のギルドで非正規労働者として、いわゆるアルバイトとして働いていたわけだけれど、そこのお客さん――有望株の冒険者が、ラツェル・プリンクという、白い美貌を誇る、ひとりの強い女だった。


 当時から、王国で第一勢力と睨まれていた冒険者パーティ、【レチゾンの地割れ】にスカウトされていて、しかもそれを断ったらしくて、「おいおいラツェルという奴は何者なんだ」と、そこかしこで噂が立っていたらしい。


 まあ、僕にとっては、どんな噂があろうともひとりのお客さんに変わらないし、僕自身の仕事の内容も変わらないし、お給料も変わらないし……、特に態度を変えることなく、受付としてラツェルに接していた。


 で、当時のラツェルとしても、もしかしたら僕の平凡な対応が気に入ったのかもしれなくて、ラツェルは僕を『専属受付員』として指名し、晴れて、僕はお給料を上げることに成功したのだった。



 なんて、思い出にひたりながら、僕は、『噴水公園』において、足を池に沈めながら、リュックを漁る。


 リュックは――パーティー用のマジックバックということもあり、容量は底抜けで、というのも、ウィンチェルが空間魔術による改造に魔改造にさらに工作工作工作工作……を繰り返したからだ。


 いやいやそんなに容量を増やしたら扱えない扱えない扱えない! と僕は泣きついたのに、ウィンチェルは「いや先輩なら大丈夫です。絶対に。私が保証します。先輩なら必ず、これくらいなら、扱えます」と、取り付く島もなかった。


 ……ウィンチェルは普段ぽけぽけと眠そうな癖して、スイッチがかかると、どこか暴走気味になってしまうところがあるのだ。


 結果として、パーティーを結成してから五年が経ったいま、もしかするとこのリュックは、を獲得しているかもしれない。


 ……いや、間違いなく、しているだろう。


 いつかの日……、たぶんあれは、南にある砂漠地帯で依頼をこなした後のことだ。僕たち【天の惑星】には、王国で馴染みにしている、魔術道具修理店があるのだが、そこの店員に、マジックバックを見てもらうことになった。


 砂漠を乗り越えたとあり、リュックは砂に汚れていたし、さらに経年劣化による故障の可能性もあったので、外も中も修理してもらおうという話になったのだが……、結果として、ピカピカの状態でリュックは戻ってきた。


 しかし、「中は扱えませぇん。ごめんなさぁい」と、顔なじみの犬耳族の店員は泣きそうな顔で頭を下げてきた。


 聞けば、海洋と同じレベルで中が拡張されており、到底、修理できるものではないのだとか。……国中から修理のプロを集め、さらに王国の魔術団に協力を依頼すれば、あるいは可能かもしれないです、という話だったのだが、さすがに断っておいた。



 という感じで、基本的に、僕以外には、誰もこのリュックを扱えない。



 要は、星一つ分のおもちゃ箱を漁るようなものなのだ。中は恐ろしいくらいに散らばっている。まあ、そもそもマジックバックは整理できるようなものじゃないから、当たり前でもある。


 あくまでもマジックバックというのは、一時的な保管が目的だ。


 たとえばダンジョン探索だ。そのダンジョン特有の生成物を持ち帰るときや、ダンジョンに発生するモンスターの素材を持って帰るとき、あるいはダンジョンには、過去の魔道具が落ちている場合もあるし、それこそ、が発見されることもある。


 そういったものは往々にして、重さも量もかさむから、マジックバックに入れられて、持ち帰られることになる。


 また、他にも遠征や旅、長い距離の移動にマジックバックは用いられていて、ラツェルが自前のバックにしまったように、馬車の箱の保管場所として使われることも多い。


 他にも、生きるために欠かせない食料や水分、日用品も、マジックバックにしまわれる。


 と、便利づくしのマジックバックという代物だけれど……、もちろん、メリットもあればデメリットもあり、整理は不可能だ。



 なにせ、マジックバックの中身は、異空間――異次元に、繋がっている。



 しかも市販されているマジックバックでさえ、その容量は、平屋の民家ひとつ分などで……、だからマジックバックは、からにするか満杯にするかでしか、整理といった整理は出来ない。


 ゆえに、どの冒険者パーティーも、一つの冒険を終えたならば、そのたびに、一旦はマジックバックを空の状態にするのが、基本的な運用方法である。


 ……しかして、【天の惑星】は、例外だ。


 なにせ、星ひとつ分の容量があるのだから……、そもそも、空にするなんていうことは出来ないのだ。ならばどういう状況かといえば、ごちゃごちゃだ。中に入っているすべてのものが、異空間のあらゆるところに散らばっていて、たとえるならば、海に近いだろうか。


 海という広大な水中に、ありとあらゆるものが浮遊している、そんな状態に、近い。



 ……と、僕が足を濡らしながらリュックに手を入れ、目的のものを探していると、すこし離れたところにいたテリアさんが近づいてきて、囁くように、言った。



「ハチタ殿……。その。申し訳ない。これはその、答えるべきでないなら沈黙を貫いて欲しいのだが……。やはり私には、なにをしようとしているのか、皆目見当もつかないんだ」


「……? ラツェルが言ったとおりのことをするんだよ。もどきの本体を、探すんだ」


「……い、や。いや。もちろん、もちろんだ! ……それは分かっているのだが。その、私が訊きたいのは、方法だよ。一体、どのようにして? ……これでも私は……、いや、もちろん私は未熟な身だが、それでも数ヶ月……、いや、これは大きな声で言うべきではないが……」


「あー。分かってる分かってる。うん。テリアさんの言うことももっともだ。……ただ、ほら、


「……? それは、見ていればよく分かる。お互いに……、あなたたちは信頼しあっている」


「うん。ラツェルが僕に任せたと言ったなら……、それはもう、僕にでも出来ることっていうことでもあってさ。それで……、さっきも言ったけど、僕は無力だからね。出来ることっていったら、アイテムを使うことぐらいなんだよ」



 僕は自嘲し、テリアさんから視線を逸らす。


 それは僕の弱さ、情けなさ、恥ずかしさに他ならなくて、やっぱり、アイテムに頼っている冒険者ってどうなんだ? という思いが、僕の心の底で、ずっとくすぶっているのだ。昔から、ずっと、ずっと。


 テリアさんの視線が、すこし、怖かった。


 ……アリープも、アーラーも、ラツェルも、ウィンチェルも、みんな輝かしい才能を持っていて、しかもその才能にあぐらを掻かず、努力によって才能に磨きをつけ、最終的には誰にも負けない自分だけの強み――実力をつけて、結果を残し、いまの立場を、築いている。


 対して、僕はどうだ?


 僕には目を見張るような才能もなく、しかも人一倍の努力もせずに、ただただ、荷物持ちとしてアイテムを使い、なんとか【天の惑星】のメンバーとして数えられている。……でも、【天の惑星】が地位を認められ、より高難度の依頼を遂行するに当たって、僕は本当の意味での役立たずになりつつあって……、だから、辞めたいのだ。


 ずっとずっと、いままでは押し隠してきたけれど、辞めたいのだ。


 自分が弱く、情けなく、みっともないから。


 辞めたい。


 いや。


 辞めるべきなのだ。僕は。


 ……僕はテリアさんから視線を逸らしつつ、リュックの中を、手でかき混ぜるようにする。それはまるで料理をするときに、鍋の中をお玉で攪拌する行為にも近くて、それでなにをしているのかというと、探している。


 僕は、アイテムを、探している。


 マジックバックは整理ができない。区分けが存在しない。しかも中は広大だ。ならばどのようにしてアイテムを取り出すのか? と言えば、それはイメージだ。


 想像する。


 中に入っている、、特定のものの、形と質感、重さを、想像する。あるいは、想像ではなく、念じるといった方が正しいかもしれない。


 イメージして、念じて、手のひらで、掴む。



 ――掴んだ。



 それは河原での釣りの感覚にも近い。手の中に物質の重みを感じると同時、僕は竿を引くようにして腕を引き、リュックから手を抜けば、ずずずずずっと、到底リュックには収まらないように見える、細長い円錐形の魔道具が現れる。


 長さは、僕の足くらいだろうか?


 最大径は、およそ一メートル。


 確か『東部魔術学会』が数年前、とある魔道具の試作として、【天の惑星】に提供してきたものだったはずだ。一度か二度か、遊びで使ったはいいもののすぐに飽き、あえなくマジックバック行きとなったはずである。


 とはいえ製品版は出ており、いまも特定の企業では使われているはずだ。


 底は丸く、しっかりとした材質をしており、重さもあるので、水中には沈んでくれそうだ。だから僕は噴水のベースに底の部分を沈めて、それから、細長い針のような先端部分を手で握って、揺すり、安定度も確かめる。……安定もしている。問題はない。


 先端部を指で弾けば、高い音波が響いた。 


 よし、と声に出して頷き、それからまた僕は、リュックに手を入れる。


 ……手のひらで異空間を掻き混ぜ、目的のものを探しつつ、僕は、テリアさんに言う。



「……話の続き、というわけじゃないけどさ……。僕は、ラツェルのことをよく知ってるんだ。たとえばラツェルって、いまでこそ【勇者】とか言われてるけど、結構、意地の悪いところがあってね? ちょっと彼女は、僕たちを試すのが好きというか、驚かせるのが好きというか、まあ、人のことを信じすぎてしまうきらいがあるんだよ。……だからよく、僕に騙されたりもしている」


「そ、そうなのか? 意地悪なのか、【勇者】は」


「まあ普通に関わる分には優しいと思うよ。……ちょっと親しくなってくると、意地悪になってくるんだよ。そういう感じなんだ」


「ああ、なるほど。仲が良いと、素を見せてくれるといった感じか」


「うん。たぶん根本的に寂しがり屋なんじゃないかな? ……これ、聞かれたら怒られそうだけど。で、まあ意地悪で寂しんぼなラツェルちゃんなわけだけれど……、彼女の目は、恐らく、誰よりも正しい。人を信じすぎるけれど、人を選ぶ目は、絶対的に正しいと、僕は思っている。……だからこそ、【天の惑星】は奇跡のパーティーなんて言われてるのかもしれない。……僕を見る目はないらしいけどね」



 僕はまたリュックからアイテムを取り出す。それもまたどこかの学会、あるいは企業から贈呈された魔道具である。……あまりにも多くの魔道具を提供されたり贈呈されたりしているから、正直、魔道具がどこから送られたものなのか、すべてを把握しているわけではないのだ。


 それは二つの部品によって構築されている。一つは、およそ一メートル四方の立方体。もう一つは、長いホース。僕はその二つの部品がきちんと組み合わされているか、具体的には、ちゃんとホースが立方体の固定の場所にはまっているかを確かめて、それから表面を撫でる。


 円錐形の魔道具よりも、ややざらつきがあり、熱を帯びていた。


 こちらの用途は単純で、空気中の魔素マナを集める魔道具だった。……というか、この魔道具は一般家庭にも流通している代物であるし、見たことのない人の方が珍しいかもしれない。


 使い方も簡単で、立方体についている突起――スイッチを押すだけでいい。そうすれば魔術が発動し、長いホースが勝手に動き出して、空気中を漂っている魔素マナを、自動的に集めてくれる。……そして集まった魔素マナは、立方体の中に、どんどん溜まっていく。


 僕はあらかたの点検を終えてからスイッチを押し、すると低い稼働音が鳴って、同時にホースがのたうち回るように暴れ出し、目には見えない魔素マナを吸い込み始めてくれる。……ホースは伸縮性に優れているので、油断していると顔面とかに直撃するので、注意が必要でもある。


 ちなみにスイッチは、ある。



「……あの。その。本当に、ハチタ殿は、なにをしようとしているのだ?」



 見ていれば分かるよ。


 と声には出さず、頭で返事をしてから、次に僕が取り出すのは、金色の指輪リングだった。


 プロポーズとかに使われてもおかしくないんじゃないか? と思えるほど立派な指輪で、それこそ悪戯がてら、いつもの無茶苦茶の仕返しに、アリープの薬指にはめてみようかな、ってちょっと思うのだが、取り返しのつかない事になりそうなので、やめておく。


 僕はその金色の指輪を、円錐形の魔道具の先端にはめて、一息ついた。


 これで、準備は完了である。


 あとは魔素マナが十分量、集まるのを待てば良い。


 ……さて。


 自分の推測が当てはまっているか確証はないけれど、まあ、間違っていたら間違っていたでいい。出来なかったら、出来なかったで構わない。そのときは素直にラツェル達に事情を話して、協力してもらえばいいだけの話だからだ。べつに彼女たちも、僕にすべてを押しつける気なんてさらさらないのだから。


 僕たちは仲間であり、友達だ。


 ――ぶおん! と唸りを上げてホースが眼前を横切り、僕は声も出さずに腰を抜かして、地面にへたりこんだ。……危なかった。死にかけた。僕は簡単に死ぬぞ。マジでな。


 冷や汗を掻きながら立ち上がり、テリアさんの横に避難すると、テリアさんは一部始終を見ていたのか見ていなかったのか、微妙な面持ちで、言う。



「ちなみに……、その、アイテムを使って、なにを?」


「? もどきの本体を、見つけるんだよ」


「…………どうやって、なんだ? いや。これは聞いてはいけない質問なのかもしれないが」


「んー。……いや。たぶんもう大丈夫じゃないかな? もそろそろ魔素マナを集め終わるだろうし、もしも僕の想像通り、もどきの本体がにいるのだとしたら……、もう、逃げられないよ」


「……どういうことだ?」


「言葉の通りだよ。逃げる余裕なんて、存在しない」



 僕の言葉にテリアさんが目を点にするのと、ホースと立方体で構築された、魔素マナ収集装置が満タンになるのは、ほぼ同時だった。


 ホースが緩やかに動きを停止させるのを待つ間、僕はリュックから紐を取り出しておく。そして完全に魔素マナ収集装置が動かなくなってから、僕はホースを手で掴み、それを、円錐形の先端へと持っていった。


 接続。


 魔術を練り込んである紐で、ホースの内径を縮め、指輪を、間に噛ませるような形にする。


 これでいい。


 あとは、魔素マナ収集装置のスイッチを押すだけだ。


 二つあるスイッチの、もう片方。


 魔素マナを集めるスイッチではなく、放出させるスイッチを。


 僕は最後に、スイッチを入れる前に、テリアさんに向かって、推測を口にする。



「ほら。円卓で喋ったときにさ、ラツェルがアリープに確認していたじゃん? 【シレイヌ村】に来るまでの道中に遭遇したもどきは違うのかって。で、違うっていう話だったけど……、まあ、それは正しいと思うんだ。違うは、違う。……でも、生態はどうなんだろう? ってね。ホワイト・バードに化けていたもどきは、ホワイト・バードにはあるまじき行動を取った。それで、あのホワイト・バードはもどきであるって、ラツェルは判断したわけでさ……」


「……あの、申し訳ない。なにを言っているのか、さっぱりなのだが」


だ」



 【シレイヌ村】への道中、アリープが討伐したもどきは、ホワイト・バードに化け、土中に、潜っていった。


 それは、もどき特有の生態である。


 広くは知られていないかもしれないが、もどきは、土中に潜る性質を持っている。


 そして、今回の件だ。


 帝国騎士団が秘密裏にテリアさんを送ってまで発見しようとしたもどきが、見つからない。帝国魔術団の誤報でもなく、間違いなく複数のもどきが【シレイヌ】村に潜伏しているはずなのに、見つからない。


 なぜか?



 そもそも、



 僕は、スイッチを押す。放出。一瞬、青白いフラッシュが『噴水公園』に瞬く。だがすぐに光は収まり、次いで、ホースが心臓のように脈動する。どくん。どくん。どくん。ホースが膨らみ、膨らみは移動し、立方体の中から、おびただしい量の、そして濃厚な密度の魔素マナが、円錐形の魔道具へと移動していくのが分かる。


 ……風が吹く。


 木々が揺れる。


 草花が震える。


 水の中に入れた足が、びりびりと、痺れる感触を覚える。


 移動していく高濃度の魔素マナは、金色の指輪を――調を経由して、円錐形の魔道具へと、送られていく。



「――土中にいる魔物を出すっていうのは、結構、手間なんだ。ほら。魔術とかで土を掘り起こしたりしないといけないし、場合によっては人力だし、とにかく準備をしないといけないけど……。アイテムを組み合わせると、結構、楽なんだよ」



 波長調整装置は、ウィンチェルのメンテナンスにより、モンスターや魔物に不愉快な波長に設定されている。


 そうして、調節された魔素マナの波長は、円錐形の道具――魔素マナを通して、地面の下へ。


 波紋のように、送られる。


 【シレイヌ村】の土中……、地下へ。


 伝播でんぱしていく。


 ……ちなみに、波長調整装置も、魔素マナ拡散器も、本来はテレビやTUBEに使われている魔道具なのだけれど……、まあ、ものは使いようである。


 ちなみにホースが付いている魔素マナ収集装置は、王国のインフラ会社から贈られたものだ。家庭において、節制とかに役立つように作られた魔道具である。


 ……僕は、カウントする。


 もしも当てが外れていたら、地盤に影響が出るかもしれないので、すぐに装置を停止させなければならない。


 だから、待って、三十秒。


 ……十。


 魔素マナの波長を送り、十一秒。


 十二。


 十三。


 十四。



 ――瞬間、村のどこかで、地響きにも似た、苦しげな悲鳴があがった。

 


 僕にはその、人間のものではない悲鳴に心当たりがあり、ああ、よくウィンチェルの魔術でいじめられている魔物の声だ、とか思いながら、笑顔で、テリアさんに言う。



「ビンゴだね。たぶん、もどきの悲鳴だ。……ふぅ。無力なりに、役立てることがあってよかったよ。……ほっとした」


「……ハチタ殿は、自己評価が低すぎるのでは?」




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