9.奇跡のパーティー


   9



 帝国騎士団の隠れみのとして使用している『テリトンの鍛冶屋』を出て、近辺の住宅地をハチタ殿と歩き始めてから、十分ほどが経った。


 陽は傾き、世界は朱く染まり、このまま夜が来てしまうと、【シレイヌ村】は闇に沈むこととなる。……都市部と違い、田舎町では魔術まじゅつとうが整備されていないところが多く、この【シレイヌ村】も、例に漏れてはいないのだ。


 なので今日は下見をするのが精一杯であろうと、私は思っていたのだが……。


 ハチタ殿は住宅地を西へと進み、魔術障壁の柵が並んでいる、村の端の方まで来ると、そこで立ち止まって、私に振り返り、おもむろに言った。



「……テリアさん。変に期待されても申し訳ないし、情けないことは先に話しておけっていうお爺ちゃんの教えに従って、言っておくと、僕には実力がない。それも、圧倒的にだ。はっきり言って、【天の惑星】にいられるのが不思議ってくらいに、僕は弱いんだよ。……っていうのを、まあ、フェアな精神で、言わせてもらいたかった。突然で申し訳ないんだけどね?」



 ……このお方は、いきなり、なにを言っているのか?


 と、半ば私は放心するようにして思うのだが、しかして、私の前でくたびれた表情を見せるハチタ殿は、冗談を言っているわけでもなく、本気で、いまの言葉を口にしているようだった。


 それは表情から明らかであり、くたびれた影の感情もそうであるが、なにより悪事を働いて大人に捕まった子供のような、確かな申し訳なさが、ハチタ殿の表情からは滲んでいるのだ。


 とはいえ、私からしてみれば、戯れ言のようにしか思えないのだが……。


 実力がない、弱い、というのは、ハチタ殿には当てはまらないのではないか? なにせ、【シレイヌ村】に立ち入ってすぐ、冒険者に変装している私という存在を見抜き、声を掛け、自然な会話術によって、私を『テリトンの鍛冶屋』に導いたお方である。


 この方はすべてを見通していたのだ。


 そして、いまの状況があるのは、ハチタ殿のお陰によるものでもある。


 いま、私はの目の届かぬところで【天の惑星】に現状を説明をすることに成功し、しかも、【天の惑星】と帝国騎士団、「なにも詳細を話せない」という、薄い依頼の繋がりしかなかった両者がいま、確かに繋がっているのは、間違いなく、ハチタ殿の功績なのである。


 ハチタ殿がいなければ、現状はありえなかった。


 だから、申し訳なさを滲ませながら沈黙するハチタ殿に、私は、恐る恐るではあるが、言う。



「その……。私としては、そんなことは、ないように思えるのですが? ハチタ殿が、弱いなど」


「あぁ……。うーん。それは、たぶん、あれだ。先入観みたいなものじゃないかな? ほら、【天の惑星】っていう色眼鏡で見てしまうから、僕を、誤解してしまうのかもしれない。うん。まあ、当然といえば当然、これはむしろ、僕が悪いんだけどね。そう。テリアさんは、まるで悪くない」


「あの、やはり、なにを仰っているのかがさっぱりなのですが……」


「……とりあえず、僕には期待しないでほしいんだよ。僕は、マジで、無力だからさ。……ただ、かといって責任から逃れるつもりはないよ。やると言ったからには、無力ながらに、全力を尽くす所存でもあるし」



 肩をすくめるようにしてハチタ殿は言い、今度は私が、沈黙する番だった。なにせ、どのような言葉を続ければいいのかが、まるで分からない。


 そもそも私からしてみれば、「無力」などというのは、やはり冗談のようにしか思えないのだ。……けれども、ハチタ殿は変わらずに深刻そうな顔色をしていて、いや、これはまたなにかの策なのではないかと、私は迂闊に、肯定も否定もできなくなる。


 そうして私が無言を保っていると、ハチタ殿は納得したように一つ頷き、「じゃあ行こうか」と呟くように言って、歩き出した。


 今度は、来た道を引き返すように……、つまりは【シレイヌ村】の東、商業地の方へ、入り口の方へと。


 ……気を取り直すしかない。私はハチタ殿の隣に並び、たまにすれ違う知り合いの村民に対し、「冒険者仲間として村を案内しているのだ」と告げて、自然に振る舞った。


 そんなり、ハチタ殿は、歩きながらに言う。



「あ。これは世間話なんだけど、テリアさん。もしかして、【サザミラ共和国】の生まれ? ……違ったらごめんだけど、銀髪とか、瞳が結構、北の生まれの象徴でもあるからさ」


「……まさしく。その通りであります」


「だよね。というか……、口調、堅苦しくない? もうちょっとリラックスしていいんだよ。さっきも言ったけど、僕はそんなに大した人間じゃないしさ。アリープとか、他の仲間とは違うんだ。フランクでいいよ、フランクでね」



 と、苦笑しながら言うハチタ殿の言葉を受けて、私は感づく。……なるほど確かに、どこに監視の目があるとも分からぬ状況下で、私がこうもかしこまっているのは変かもしれない。妙な違和感を、どこかに潜伏している、集団変異体のもどきに、与えてしまうかもしれない。


 さらに連鎖的に気がつくのだが、ハチタ殿がそうも自分を過小評価するように要請するのは……、実力を、隠すためではないか? そのためにわざわざ、自分を下げ、自分は大したことのない人間であると……、そもそも【シレイヌ村】に入ってきたときから、実力を感じさせぬ歩き方をしていたのは、そのためではないか……?


 考えすぎだろうか。


 いや。


 王国一のパーティーに属しているお方だ。私の考えが浅いということはあり得ても、考えすぎということは、まず、ない。



「……ではすこし、口調を砕きます」


「ぜんぜん砕けてないよ」


「……ん。あー。……こんな感じで、いいだろうか?」


「うん。あはは。いいね。そのくらいの方が僕も話しやすいっていうか、うん。あんまり見上げられるっていうのも、慣れないものだからね。……で。テリアさんはどういう流れで帝国に来たの? 【サザミラ共和国】と【カンガンド大帝国】って、あんまり共通点がないよね?」


「ああ、そうだな。共通点はないが、父の影響で。……私が小さい頃、父があきないのために、拠点を移したんだ。まだ物心つく前だったから、正直、【サザミラ共和国】での出来事は覚えていないな」


「へえ。ちなみに、商いっていうのは? なにを売ってる人なの? テリアさんのお父さんは」


「鍛冶屋だ。それなりに【サザミラ共和国】でも評判だったらしいが……、まあ、父の見栄の可能性もあるがな。ただ理由としては、ほら、【サザミラ共和国】は小さな国だろう? 他の国々に比べて、人口も少ないしな。……だから、もっと自分の腕を世界に知らしめたい、という、良いのか悪いのか分からない野望で、【カンガンド大帝国】に拠点を移したと、過去に話していたよ」


「野心家なんだね、お父さんは。……良い悪いで測るのはナンセンスだけど、僕は良い選択だと思うよ。自分の実力に自信があるっていうなら、僕も表に立つべきだと思う。それがたとえ失敗したとしても、行動力のある人っていうのは、案外簡単に立ち上がっちゃうものだしね」


「あぁ。そう言ってもらえると救われる気がするよ。私としてもな。……帝国の都市部に、まだ父は店を構えている。……よければなんだが、今回の件が無事に終わったら、紹介させてくれないか? 【天の惑星】のメンバーがどんな武具を使用しているのか、一目でいいから、父に見せてあげたいんだ。もちろん、うちの鍛冶屋を使ってくれなんて言うつもりはないし……。どうだろう?」


「もちろんイエスだ。いいね、鍛冶屋かぁ。……うちだとアーラーが結構、そういうのに興味があるっていうか、オタクなところがあるんだよね。マニア、って言ってもいいのかな? 今回みたいに遠出したときは、大体、アーラーは現地の鍛冶屋に足を運んでいるし……。ラツェルが地酒を好んで、アリープが現地の食べ物を好むように、アーラーはその土地の鍛冶屋を好む、って感じなんだよ。うん。今回の件が終わったら、みんなで行ってみようかな。案内してくれる?」


「……ああ。もちろんだよ。……ありがとう」



 と、不思議とやさしい気持ちで、自然にお礼が言えてしまうのは、そして砕けた口調で馴染んでしまうのは、やはりハチタ殿の、穏やかな雰囲気のお陰だろうか。


 他者を圧迫する強者つわものの気配もなく、他者をおびやかす魔素マナの圧力もなく、あくまでも自然体にハチタ殿が振る舞ってくれるからこそ、私も、自然体でいられるのだ。


 あるいはこのような人を指して、人たらし、と呼ぶのかもしれない。


 ……などと私が感心している間にも歩は進み、私たちは【シレイヌ村】の商業地へと近づいていく。段々と、遠くから、名産品であるエッグや果物を売る声が聞こえてきた。さらに人の活気も、地面のかすかな響きとなって、伝わってくるようだった。


 ところでハチタ殿は、どこへ向かおうとしているのか。


 目的地はどこなのだ?


 私が疑問に思っていると、ハチタ殿は私を振り向かずに、また言う。



「ちなみに確認なんだけど、【シレイヌ村】の形ってさ、おおまかに円形って捉えても問題ないよね?」


「ああ。しかし精確せいかくには楕円形と呼ぶべきか……、昔は特に土地の範囲が決まっているわけではなかったのだが、数十年前に魔術障壁の精度が上がり、いまの形になったと学んだ」


「なるほどね。で、東西南北でたとえると、東に村の入り口兼商業地。西には住宅地とか、『テリトンの鍛冶屋』があるって感じで構わないかな?」


「そうだな。そういう捉え方で問題ないと思うが……、なぜだ?」


「んー。中心地であればあるほど都合が良いからね。中心を目指してるんだよ。いま」


「……ちなみに村の中心地には、噴水のある公園が敷地を広げている。分かりやすい目印だ」


「へえ! それは良いことを聞いた。……うん。ますます、ね」



 さて、都合が良いとは、どのような意味なのだろうか? とは思うが、それを聞き出すことはしなかった。やはり、世間話程度ならばいいが、踏み込んだ話になってくると、もどきの目と耳が怖いという思いが、私にはあるのだ。


 さらに、ハチタ殿の優しさに甘えるわけにはいかないという歯がゆさも、私の胸には渦巻いている。……ハチタ殿の感じからして、このお方は、私が無知ゆえの質問を重ねれば、懇切丁寧に、説明を重ねてくれるはずだ。だがそれが結果として墓を掘る行為に繋がってしまうというのならば……、そして自分の成長を妨げるというのであれば、私は、聞かない選択をする。


 聞かず、自分で、考える。


 ……中心地。


 【シレイヌ村】は楕円を描く、魔術障壁を練った柵によって囲まれている。ハチタ殿の言う通り、東には村の入り口兼商業地が、そして西側は住宅地となっている。北と南には水田や畑が広がっており、この時期は緑に色づいているはずである。


 果たして【シレイヌ村】の中心地で、そして『噴水公園』と呼ばれる場所において、ハチタ殿は、なにをするつもりなのか。


 私は疑問を飲み込み、代わりに世間話を続けるように、ハチタ殿に問う。



「ちなみにハチタ殿。生まれの話に戻るのだが、その黒髪と黒目は、【ジパング】の生まれを示しているのでは? 東方の、。そこがハチタ殿の生まれなのか?」


「あー。いや。僕の生まれは【メリアル王国】だよ。容姿は母親譲りだね。うちのお母さんが【ジパング】の生まれだからさ。……結構、珍しいでしょ? 珍しがられるんだよね。これ」


「そう、だな。正直なところ、かなり珍しい。実際にハチタ殿のような、見事な黒髪と黒目を見たのは……、それこそ、数年ぶりかもしれない。騎士養成所にも、ひとりかふたり、いたかいないか、くらいだ」


「だよねぇ。ちなみに僕が目立ちたくないっていうのは、この容姿のせいでもあるんだよ。ほら。学生の頃は、散々に目立ってきたから」



 苦労を感じさせる物言いは、確かにハチタ殿が言葉通りに、奇異の目に晒され続けてきた実感ゆえのものだろう。特に学生の頃といえば、私もそうであったが、容姿の目立つ者にはどうしても興味がいくものである。……良い興味も、悪い興味も。


 ……それにしても、ハチタ殿のお母上は、【ジパング】の生まれであったか。


 東方の島国、黄金の国と呼ばれる【ジパング】は、未だに文化や風俗がこちらの大陸まで広まってきていない、秘密に閉ざされた国でもある。なにやら噂では、忍者や侍と呼ばれる職業があり、彼らは水の上でさえ、魔術を使わずに走れてしまうほどの体術を会得しているらしいが……。


 私が【ジパング】の噂に詳しいのは、父の影響だった。


 鍛冶屋の父は【ジパング】のと呼ばれる得物に興味があるようで、時折に手を出してみては、豆腐すらも切れぬ、なまくらとも呼べぬ、鉄の塊を量産していた。



「ちなみにハチタ殿。まだ、質問してもいいか」


「うん。もちろん。まだ中心地までは時間が掛かるだろうし、お話は歓迎だよ。僕、これでも実は、お喋りが好きな方だからさ」


「……【天の惑星】に会ったならば、絶対に、聞いておきたいと思っていたことがあるんだ」


「おお。それはすごい熱量だね。そんな熱量の質問に僕みたいなのが答えていいものか、迷いどころではあるけれど……、うん。答えられることなら、なんでも答えよう」



「【天の惑星】というは、どのようにして、結成されたのだ?」


 

 奇跡の冒険者パーティー。


 私は【カンガンド大帝国】で名を馳せている、高名な冒険者パーティーを数多く知っている。さらに【メリアル王国】でも、たとえば【レチゾンの地割れ】であるとか、【深海火口】であるとか、世界中に名を広めているようなパーティーを、幾つも知っている。


 また私の生まれ故郷でもある【サザミラ共和国】にも、当然、冒険者と呼ばれる職業はあり、有名なパーティーも、ちらほらいたのだ。



 しかし、【天の惑星】は別格だった。



 今回、【カンガンド大帝国】で名を馳せている冒険者パーティーではなく、【天の惑星】に白羽の矢が立ったのは、やはり帝国騎士団の中での共通認識でも、【天の惑星】が特別であるという認識が広まっているからだろう。


 他のパーティーに比べて、頭一つ以上、知名度でも実力でも、抜きん出ているのだ。



 少人数の――精鋭。


 たった五人の――生きる伝説。


 果たして【天の惑星】は、どのようにして結成されたのか?



 私の問いに、ハチタ殿は首を傾げて「んー」と唸ると、それから、なんていうこともないように……、それこそ今日の天気を「良い天気だね」とでも言うかのような気軽さで、言った。




「僕たち、友達なんだよね」





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