8.仕方ない。僕が動くよ。



   8



 ……一体全体、なんの話をしているんだ? どんな状況に、いま、僕たちは巻き込まれようとしているのだ? ……まるで、意味が分からなかった。


 けれどそれを正直に言えないのは、女騎士さんこと、テリア・ノートと名乗った銀髪の彼女が沈痛な面持ちで、わけの分からぬ、討伐についての経過とやらを話しているからで……、なんなんだ?


 これは、なんなんだ。


 なにが、起きているんだ?


 僕は困惑するばかりで、かといってそれを表に出すことも出来ず、助けを求めるようにアリープやアーラーに視線を向けるが……、既に二人は、まるで未踏破ダンジョン攻略前のような、真剣な面持ちとなっている。


 それはラツェルやウィンチェルも同様で……、どうやら、置いてけぼりにされているのは僕だけのようだ。


 ……いや、僕も真剣であるべきだろうし、ちゃんと話を聞かないといけないのは分かっているのだけれど、ただ、すくなくとも討伐という分野に関して、僕が役に立てることなど、ゼロに等しいのである。


 なにせ、戦闘能力がまるでない。



「――もどきは集団変異体と化し、いま現在も、この【シレイヌ村】に潜伏しているものと考えられます。……しかし、村人の誰がもどきであるのかは判然としておりません。私は一介の冒険者を装い、秘密裏に夜間警備などをしておりましたが、尻尾すらも、掴めていない状況です。……帝国側としても、本来であればこの時期には、変異体の元……、本体である、コアのもどきを発見している予定でありましたが……」


「出来ていないっていう感じなんだね?」


「……ええ」


「うん。……ま、仕方がないさ。予定なんていうものは、理想にも近しいものだからね。上手くいかなくて当たり前、崩れて当然っていうものだよ。……重要なのはいまの現実を直視して、その上で、どういった行動を取るのか。……まあ、その行動の一つとして、私たちにお鉢が回ってきたということなんだろう。きっとね」


「申し訳ない」


「謝ることなんてないよ? 大丈夫。私たちは、仕事を、引き受けた。安心してくれていいよ? これでも王国では、私たちはそこそこに有名だからね」


「……有名どころではないと、噂を聞いておりますが」


「噂なんてあてにならないからね。直接その目で、しかとご覧あれ。……って感じかな?」



 ラツェルの冗談めかした言葉に、テリアさんの表情から、焦燥感のようなものが薄れていくのが分かった。そうしてテリアさんは、目の前の円卓に置かれた湯飲みに手を伸ばし、お茶を啜る。


 ちなみにお茶は僕がパーティー用のマジックバック(リュックサック)から取り出し、用意したもので、これが真剣な話し合いでなければ、お菓子も用意しているところだっただろう。


 しかしながらいま、着席する前までは確かに感じていたはずの空腹感が消えてしまっていて、たとえばおかゆすらも、僕は受け付ける気がしなかった。



「……ううむ。拙者たちをあまり置いてけぼりにしないで欲しいのだが……。整理すると、まずはもどきのコア、つまりは本体を探知しなければならぬ、ということで相違ないな? ラツェル。……そしてこの依頼は、既に、引き受けた状態にあると。そういう認識で、いいのか」


「うん。いいとも。……ただ難しいのは、さらに裏側に、がいるんじゃないかっていうところでね……。もどきが過疎地の村を滅ぼした例は幾つもあるけれど、この【シレイヌ村】は過疎地って呼べる規模ではないよね? それなりに賑わっている。そしてもどきは人間程度の知能を獲得しているから、自分たちがこの村を滅ぼすのは困難だと、理解しているはずなんだよ。……理解しているはずなのに、この村に、滞在し続けている。そういう状況だよね? テリアさん」


「ええ。おっしゃる通りです。一度は帝国魔術団の誤探知である線を疑いましたが……、複数の魔術団が精査したところ、やはり、【シレイヌ村】には複数のもどきが潜伏しているようでして。……しかし、動きはまるでありません。すくなくとも私の見えている範囲では、ありませんでした」


「じゃあさ、黒幕がいる、っていう私の予想に関してはどう思う? どうにも、瘴気しょうきを感じてしまうというか、もどきにしては、知能がありすぎる気がするんだよねぇ。潜伏をずっと続けているのも、怪しいし。――どこかから、指示されているんじゃないかなってね。……それこそ、知能を持つ魔物ならばあり得る話だろう? 人間程度の知能を持っているもどきなら、なおさらだよ」


「……黒幕、という点に関しましては、私としては、なんとも。……言い訳をするつもりは毛頭ありませんが、まだ帝国騎士団に入団して身が浅いものでして、モンスターや魔物を相手にした戦闘訓練は、あまり積んでいないのです」


「んー。まあ、そうか。そういうものだよね。それに騎士団の人達って、私たちと違って、どちらかというと集団戦闘に重きを置いているものね。……いちいち、一体の魔物に思考を巡らせることはしない、か」



 ……僕は、すっかりとぬるくなってしまったお茶を啜り、それから、隣で船を漕いでいるウィンチェルを小突いて起こし、いまのラツェルたちの会話を、頭の中で整理する。


 まあ、整理しなくとも、ほとんどの問題点は、ラツェルの言葉に集約されている。




 ①集団変異体のもどきが、【シレイヌ村】に潜伏している。


 ②もどきの裏側には、さらなる知能を持った黒幕がいるのではないか?


 ③もどきの本体(コアと呼ばれる存在)は、未だに発見できていない。


 ④僕たちが受けた依頼は、もどきを討伐することである。




 ……僕ですら厄介な依頼だな、と思うのは、集団変異体のもどきが脅威的存在であることを知っているからで、過去に、幾つもの村々が、集団変異体のもどきによって滅ぼされていたはずである。


 大体、その規模は数十人ほどの村で……、確かにラツェルの言う通り、過疎地とは呼べない【シレイヌ村】にもどきが潜伏している状況は、不可解だろう。


 まだ【シレイヌ村】に来て一時間と経っていないけれど、規模感としては、三百人ほどの帝国民が、この村で暮らしている感じだった。


 ……さすがに、三百人規模の村を、集団変異体とはいえ、もどきが滅ぼすのは不可能であろうし、そして高い知能を持っているもどき自身も、そんなことは分かっているはずで……、なるほど、何者かから指示を受けているという線は、考えられるか。


 うん。


 なにかしら、高度な能力を持ったが、もどきの裏側に、潜んでいるのかもしれない。


 と、僕がひとり頷いていると、ラツェルの白い視線が、アリープへと向く。……アリープは先ほどから真剣に話を聞いていたけれど、とうとう集中力の糸が切れたのか、目をしょぼくれさせ、お腹をさすっていた。


 お腹が減ったのだろうか? ……僕もだよ、アリープ。



「ちなみに、アリープ。私から一つ質問なんだけど、いいかい? ……そんな、お腹が減ったっていうアピールはしないでくれ。後でちゃんとご飯を食べさせてあげるからさ」


「あの。でしたらやはり、私が用意しましょうか。騎士団流の料理ではありますが、手軽にお腹を満たせる品を出せます。……まあ、味には期待しないでいただきたいが」


「えっ、美味しくないの? じゃあ、やだ。美味しいところ……、ほら、呼び込みの子がたくさんいた商業地のご飯屋さんで食べたいもん。ていうか食べ歩きしたい! またハチタと!」


「……僕、いま、食欲なくなっちゃった」


「えー! …………あ。じゃあ、あたしが食べさせてあげるよ! あーんしてあげる。それだったら食べられるでしょう? ハチタも」


「うーん。ちょっと言ってる意味が分からないね」


「……私はいま真面目な質問をしてるんだけど、いちゃいちゃするのはやめてもらっていいかな? ……あのね、アリープ。ここに来る道中、もどきを討伐しただろう? ……なにか、違和感とかがあったら、教えてほしいんだよ。感じたことはなかったかい?」


「……? 感じたこと? 特にはないよ? 普通の、ホワイト・バードに化けてるもどきって感じだった! ……うーん。ていうか、あたし、基本、だから……、よく分かんないや!」


「…………そっか。うん、ありがとう。……じゃあ、どうしようかな? 特にヒントもなにもないって感じだと……、うん。ヒントから、探さないといけないからね」



 それはまたどうにも大変な作業だよなあ、と僕は他人事のように思って、またお茶を啜り、すると湯飲みがからになってしまうので、パーティー用のマジックバックに、手を忍ばせる。


 それは足下に置いたリュックであり、その異空間から、粉にしたお茶を入れた筒と、ウィンチェルが作った『工作二十二号機』を取り出す。


 『二二』の愛称で親しまれている『工作二十二号機』は、寸胴に蛇口のついた形状をしていて、中には熱湯が入っている。蛇口の上に付いている固いボタンを押すと、蛇口からお湯が出てくる仕組みとなっていた。とてつもなく便利な代物だ。売りに出したりしたら、たぶん飛ぶように売れて、ウィンチェルはあっという間に億万長者になるだろう。


 まあ、ウィンチェルはお金とかに興味ないだろうけど……。


 相変わらず眠そうなウィンチェルに視線を向けつつ、僕は湯飲みに入れた粉を溶かして、二杯目のお茶を啜る。


 ……ふう。


 一息つき、そこで、視線に、気がつく。


 ……ウィンチェルを除く、全員の、視線に。



「…………あれ。なに? なにか、言った? いま。ごめん。ぼーっとしてた」


「ん? 大丈夫さ。何度でも言うよ? ……ハチタくんに、お願いするって」


「…………ごめん、聞いてなかった。なにを?」


「あはは。ウィンチェルの眠気に引きずられたのかな? それともアリープかな。お腹が減って、話を聞いていなかったのかい? ……集団変異体のもどきを、見つけてほしいんだよ。ハチタくんに」



 …………それ、冗談ですよね?


 と僕は本気で真剣に真面目に思うのだけれど、ラツェルの純白の瞳もまた本気で

真剣に真面目であり、【天の惑星】のリーダーとして、そのパーティーメンバーである僕に頼んでいるのだと、理解させられる。


 普段の、友達関係でのお願いではない。昔から知っている、気安い関係としての、ラツェルからではない。


 パーティーのリーダーとして、僕を、頼っている瞳だった。


 ……僕はまたお茶を啜り、それは正直なところ、時間稼ぎとあまり変わらないのだけれど、間を置いて、それから、言う。



「あのさ。結構それ、重要な任務だよね?」


「重要だね。かつ、危険だよ。相手に感づかれれば、どうなるか分からない。まだ、もどきに悟られるくらいならいいけれど……、裏側にいるかもしれない黒幕に悟られると、非常に、まずいね」


「……どれくらいまずいかな?」


「……私の口からは、言いたくない。言うことすら、はばかられる」


「ちなみに、拙者はラツェルの判断に賛成だぞ。……仲間として、なにより友として、一方的にハチタを頼らなければならないのは心苦しいが……、拙者では、荷が重い。とはいえ、手伝いくらいならば可能だが」


「…………え。あたしは、反対。ハチタ、戦闘能力があるわけじゃないもん。万が一があるから、あたしは、反対。でもハチタに頼るってのは間違ってないと思うから……、あ! あたしも、ハチタの隣で動くよ! 護衛すればいいんだよ! ね? どう?」


「駄目だろう。お主は気配が強すぎるゆえにな。隠密には向いておらんだろう? そして、アリープ自身もそれを自覚しているはずだ。違うか?」


「むっ、じゃあ反対反対反対! ハチタひとりじゃ心配だもん!」


「…………なら、私が裏から護衛しましょうか。隠密に使える魔術なら、いくつか習得しています。それなら、先輩も、好きなように動けるのでは?」


「あぁ、いいね。ウィンチェルの案は採用かな。ハチタくんが動いて、ウィンチェルが護衛する。アリープとアーラーは、待機。私も、出来るだけ目立たないように動く。っていう感じでいこうかな」


「えー! やだやだやだやだ! あたしもハチタと一緒に動きたい!」


「こら。わがままを言うでない。拙者だって歯がゆいのは一緒なのだからな?」


「アリープさん。私を信頼してくれませんか? ……なにかあったとしても、先輩には、傷ひとつ付けませんから」


「違うよー。ウィンチェルは信頼してるけど、あたしも一緒に行きたいのー! ただそれだけ!」


「…………あの、横から申し訳ないが、私も、ハチタ殿に同行させてもらいたい。これでも村においては冒険者を演じている身ゆえ、力にはなれるはずです。……個人的に、経験を積みたいというところもありますが」


「そうだね。テリアさんはハチタくんと一緒に動いてもらおうか。村を案内するっていうていなら、なんの問題もないはずだ」



 ……ん。


 あれ?


 これ、やばくない?


 いや、やばいな。


 やばい。


 やばい!


 これは、やばいぞ!


 なにがやばいって、やばいしか言葉が出てこないくらい、やばい! やばすぎる! これ、駄目じゃないか? もう駄目じゃないか? もう、僕がどうこう出来る段階にないんじゃないか? ……ない。僕が拒否できる段階ではない! 完全に僕が動かないといけない感じだ! しかも、主導になって!


 僕が、もどきの本体を、見つけなきゃいけない流れだ!


 ……なんで? なんでだ? いや、信頼してくれているんだろう。それこそラツェルは、僕を信頼して、僕なら出来ると思って、僕に任せてくれているんだろう。でも、胃が痛い……。


 う、苦しい!


 僕は一気に浮上する苦痛や苦悩を誤魔化すようにお茶を啜り、啜り、啜り、啜る。ずるずる、ずるずる、ずるずる、ずるずる……。でもいくらお茶を啜ったところで、流れは変えられない。


 再び、沈黙が落ちる。


 やかましい話し合いが終わり、どうやら僕とテリアさんが主導で動き、隠れて、ウィンチェルが護衛してくれることになったらしい……。


 まあ、しかし、これは、不幸中の幸いだろうか? 


 魔術専門学校に通っていた頃から、僕はウィンチェルを高く評価しているし、そして僕の評価よりも高く羽ばたくように、ウィンチェルは才能を開花させている。彼女が裏で護衛するというのならば、たぶん、どんな最低なことであろうとも、それこそ落雷が降り注いだとしても、彼女は僕を助けてくれるだろう。


 ……なら、やるしかないか。


 もう、やるしかない。


 やるしかないな。


 やろう。




 実力はまったくないし、いつも仲間の影に隠れていて度胸もないし、【天の惑星】を抜けた方がいいとまで考えているけれど、それでも僕は、冒険者だ。


 腐っても、冒険者だ。


 困っている人がいるのならば手を差し伸べたいし、自分の力で助けられる人がいるというのならば、全力で、動きたい。


 目の前に危険があれども、仲間が僕を頼ってくれるというのならば、前進したい。


 僕は最弱かもしれないけれど――冒険者であり、いまはまだ、【天の惑星】の一員でもあるのだ。



「……分かった。動くよ、僕が」






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