7.集団変異体・もどき
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よし、休憩がてらお昼ご飯を食べに行こうか!
って意気揚々と【シレイヌ村】を歩き出すラツェルだけれど、僕としてはそんなに乗り気じゃないっていうか、なんか、このままラツェルのペースに巻き込まれるように動いていくと、気がついたときには、大変な目に遭っているんじゃないの? っていう、ある種の予感があった。
なにせ、過去にも、いくつか、事例がある。
たとえば二年ほど前、ラツェルのペースに巻き込まれ、気がついたときには、突発的に発現したダンジョンの入り口にいたことがあった。
僕は「いやいや心の準備が出来ていないんだけど!」って腰を引いたのだけれど、ラツェルの誘導にまんまと引っかかったアリープに「行くよーハチタ! うん。んふふ。大丈夫! ラツェルの言う通り、あたしが守るからね! ハチタは、ちゃんとあたしが守ってあげるから!」と引っ張られ、散々な目に遭ったのだ。
他にも、モンスターの討伐依頼だと思っていたら、ただのモンスターではなく、知能を持っている魔物であったり……。休息としての慰安旅行だと思っていたら、危険な護衛の依頼であったり……。
ラツェルは僕たちを信用して、信頼して、ある種の遊び心で茶目っ気を出しているのだろうけれど、僕としては、たまったものじゃない。
……僕としては。
……僕以外のメンバーに関しては、ラツェルの無茶ぶりを楽しんでいる感じがあって、まさにWIN-WINといった感じで、まったくもって、解せない。
「――ちょっと待った。お昼ご飯の選定なら、僕に任せてほしいな」
とラツェルの背中に声を掛けたのは、いままさに、アリープとアーラーがラツェルに引きつられるように歩き出したときのことで、ちなみにウィンチェルは、相変わらず眠そうに、小さくあくびをしながら瞼を擦っていた。
「ん。おや、ハチタくん、もしかして、ここらへんの事情に詳しいのかな? まあ、私としてもべつに、行きたいところがあるわけじゃないから、構わないけど」
「あー。まあ。べつにここらへんに詳しいわけでもないし、行きたいところがあるわけでもないけど……。ほら。やっぱりこういうときくらい、僕も活躍したいっていうかさ……」
「ちなみにハチタ、拙者はどこでも構わぬぞ。なんであろうとも、美味しく平らげられる自信があるゆえにな」
「あたしもなんでもいいよ! 普通にお腹減ったから、ぱくぱく何でも食べちゃうからね!」
「……あの。私、べつにお腹が減っているわけじゃないので、馬車で寝ていたいんですけど……」
「おーけーおーけー。まあ、とりあえず僕に任せてくれ」
そうして、苦笑するラツェルを筆頭とした四人を置き、僕はとりあえず周囲に視線を走らせる。……【シレイヌ村】は田舎の村であり、道路は舗装されておらず、土が剥き出しで、その土地は、魔術障壁を練り込んだ柵によって、囲まれている。
柵の外は草花の彩りが見事な草原が広がっており、家畜の餌なども、外の下草を使っているのだろうと思われた。
僕たちのような旅行者は珍しくないのか……、もちろん、ちらほらと、こちらの視線を投げたりしている人達は見かけるけれど、それよりも、呼び込みの声の方が圧倒的だった。
「採りたてほやほやのバード・エッグでーす! 良ろしければどうぞー」「モーモーから搾ったミルクのアイスです! 甘くて美味しいですよ!」などと、屋台形式のお店から、僕たちに声を掛けてくる人達が目立つ。
【カンガンド大帝国】の都市部とお城の中間地点ということもあり、観光ついでに【シレイヌ村】に足を運ぶような人達も多いのだろう。
ということで僕が探すのは、僕たちと同じ旅の者でもなく、かといって商売を生業にしている人間でもない、この土地に根を張っている人である。
視線を巡らせ、ひとりの人物に目をつける。
……おそらくは、冒険者だ。
モンスターの素材で作ったと思しき鎧に、腰に巻いているポーチは砂と泥で汚れていて、駆け出しなのか、顔には緊張感が見える。
さらに僕たちを遠目に窺ってくる視線には、どこか
まあ、大丈夫。僕の方が弱いからね……。たぶん、彼女も気がついているだろう。僕が弱いということに。つまり、僕が話しかければ、スムーズに事は進むだろう。
なんて考えながら、僕は一直線に、その女冒険者のところへと歩いていく。
「……あれ。あれれ。……ハチタくん。女の子をナンパするつもりだな? あの感じはさ。まったく、ばればれだよ。私には分かっちゃうんだよね。……止める権利はないけどさあ」
「ハチタ、女の子が好きだもんねー!」
「いいではないか。英雄、色を好むというものだからな」
「先輩、最低ですね」
やかましく背中に掛かってくる声は、聞こえないふりをした。
その冒険者は――北の生まれを示すような銀髪を後ろで一本に結んでいて、瞳にも、強い銀色の光を帯びていた。……ああ、これは後々、【シレイヌ村】から英雄が誕生するかもしれないな、と僕はひそかに思いつつ、声を掛ける。
ちなみに、彼女は驚いたように目を剥いていて、もしかすると見かけよりも、気が弱いのかもしれない。
「こんにちは。……あの、いきなりですいません。おいしいご飯屋さん、知りませんか? 出来れば、静かで、人のいないところが、いいんですけど」
「…………人のいないところ、でありますか?」
「ええ。出来れば、でいいんですよ。……ちなみに僕たち、冒険者のパーティーでして。リーダーがなにも話してくれないものだから、ちょっと、これからの予定を詰めていきたいところなんですよね」
「……なるほど。それでは、都合の良い場所に案内いたします。……が、その前に、一つだけ、よろしいでしょうか」
「? はい」
「どうして私に、声を?」
驚いた表情から、困惑した表情に。
やや砂で汚れている、それでも端正さを保っている顔立ちが、みるみると変化していくのを見て、あれ、と、僕は
……あれ。あれ? ……これ、もしかして、勘違いされていないか? ……さっきのラツェルたちの声、ナンパとかなんとか、全部、聞かれてしまっていたんじゃないだろうか? だから、疑われているのでは?
じわり、と背中に滲む汗は焦りの表れに他ならず、僕は内心でラツェルたちを罵倒し、しかし表ではあくまでも平穏に、得意の柔和なスマイルを浮かべたまま、口を開く。
……頭で高速回転して導き出された答えは、彼女に親近感を覚えた、というものだった。それが正しいのかどうかは分からないけれど……。
「……特に理由はないですよ? 本当に、理由はありません。でも、なんとなく、あなたなら、僕たちの求めるものを知っていそうな……。いや。こう言うと、ちょっと微妙か。ええと、なんていうか、あれですよ。一緒でしょう? 僕たちは。立場としては(冒険者としての)」
「…………立場、ですか。なるほど。確かに立場は、一緒だ(もどき討伐の)」
「ですよね? だからその、親近感というか。そういうのでちょっと、声を掛けさせてもらったんですけど……、悪かったですかね? もしかして」
「いえ、とんでもない。ただ、疑問なのですよ。……どうして同じ(もどき討伐の)立場というのが、分かったのか」
「……? まあ、そんなの(冒険者なのは)、見れば分かりますよ」
「……見れば、ですか。なるほど、噂通りの、規格外だ。ただ、納得できましたよ。あらゆる意味で。……では、いいところへ、案内いたします。ここではなにかと……、それこそ、どこで見られているか分かったものではありませんから」
「……? まあ、はい。行きましょう行きましょう」
なにか、どこか、微妙に会話がすれ違っているというか、食い違っているような気がしないでもないけれど、静かで落ち着けるご飯屋さんに連れて行ってもらえるというのなら、細かいことはどうでもいい。
ということで僕は道を戻って四人を連れて……、
「ナンパ成功したんだ? やり手だねえ、ハチタくんは」
「でもあんまりあたし達を放っておいたら、いつかとんでもないことになるからね! とんでもないこと、するからね!」
「まあ落ち着け。これがハチタの通常運転であろう? いつも通りだ」
「…………眠いです」
と、好き勝手に言っているこいつらを置いて、ひとりでご飯食べようかな、と僕は本気で思った。
そして、そんな僕たちの様子を、どこか恐る恐るという様子で、優しい女冒険者さんは、ちらちら振り返りながら窺っていた。
……あるいはやっぱり、僕たちが【天の惑星】であるということに気がついているのかもしれない。
気がついた上で、僕っていう存在が謎で……、っていうのはもちろん、僕が表舞台に立つことを拒絶しているからなんだけれど、とにかく、うわ~【天の惑星】だ! ……でもなんか、知らない人が近づいてくる……。って感じで、もしかすると、彼女は困惑したのかもしれない。
……なにか、フォローが必要かな? 僕って実は【天の惑星】の一員なんだよ! って言った方がいいかな? 言わなくていいかな? 言いたくないな……。
たぶん僕は、近いうちに、【天の惑星】を抜けるだろう。
あまり考えないようにしていたけれど、やっぱり抜けたいっていう気持ちは本物だし、それが正しいという風にも思っているし、すくなくとも、こんな心持ちであるならば、長続きはしないはずだ。
昨夜、ラツェルは僕を引き留めてくれたけれど、たぶん、もっと深く話せば分かってくれるはずだ。今後のこと、そしてラツェルの、【勇者】としての使命のこと。
僕がこれから先、役に立つことは、少ないはずだ。
であるならば、べつに訂正する必要もなくて…………、なんて、あーだこーだと考えている間に、僕たちは【シレイヌ村】の表通りを抜けて、民家や宿の建ち並ぶ、閑静な通りに入る。
……旅の人とか、観光の人とかで賑わっている通りは過ぎていて、こんなところにご飯屋さんがあるのかな? って思うけれど、まあ、静かで
そうして、歩き続けること、十分ほど。
「着きました。ここであるなら、十分に、話し合いが可能かと」
……女冒険者さんが立ち止まって言うのは、どこからどう見ても鍛冶屋、それも、明らかに繁盛していないことが分かる、火の気配すらも感じない鍛冶屋の前だった。
おそらく鍛冶屋と住居が一体になっているであろう、その建屋からは、鉄を打つ音すらも聞こえず、いやいや、『テリトンの鍛冶屋』という汚れた看板が店先に立っているから、ああ鍛冶屋なのだと認識できるけれど……、看板がなければ、ただの廃屋にしか見えない。
……ていうか、あれ、ご飯屋さんに行くのでは?
僕は困惑で声も出せず、それはアリープやアーラーも同様のようで……、ちなみにウィンチェルは立ち止まりながら瞼を閉じて、たぶん、眠っている。……魔術で自動歩行でもしていたのだろう。器用な奴である。
そして、僕たち三人が呆然と顔を見合わせる中、【勇者】であるラツェルだけは納得したようで、「なるほど」と良い声で呟き、白い髪の毛を風に靡かせながら、言った。
「うちのハチタくんは、とんだワーカーホリックみたいだね。まったく。私は本当にご飯にしようと思っていたのに……、でも、さすが、と褒めておこうかな。さすがだね、ハチタくん。協力者を、あっさり見抜くなんて」
「……よく分かんないけど、僕、そこそこお腹減ってきたよ」
「お望みであれば、昼飯くらいは作りましょう。腕には期待しないでもらいたいのですが……、ともかく、ここでよろしかったですね? 【天の惑星】のみなさま」
「ああ。いいよ。ところでここは、君の隠れ家みたいなところかな?」
「ええ。とはいえ私の家は別にあるのですが。……ここは帝国が秘密裏に所持している鍛冶屋になります。手紙や密会を行う場合は、常にここでするように、という決まりがありまして」
「なるほどなるほど。まあ、立ち話はここらへんにしておこうか。お邪魔させてもらうよ? 女騎士さん」
……マジで意味が分からない。意味が分からなすぎる。なにを話しているんだ? この二人は。……でも僕の困惑など待ってはくれず、女騎士さん? とラツェルはすたすたと、家の戸を開いて中に入っていく。
僕とアリープ達は置いていかれ、そして僕が困ったように彼女たちに顔を向けると、僕に向けられるのは呆れの混じった視線だった。
「……ハチター。あたし、ほんとうにお腹が空いてたのに……。ハチタ、ちゃんと美味しいご飯屋さんに連れて行ってくれるって、思ってたのに……。裏切られた……」
「……まあ、拙者は構わぬよ。仕事であるというのならば、仕事をこなすまで。そうして祝杯を挙げたあと、みんなで乾杯をすればいい。……そういうことであろう? ハチタ」
「……んー。先輩、最低です……」
「……あぁ。僕は最低かもしれないな。よし。とりあえず、中に入ってみよう」
アリープに脇腹をつつかれ、アーラーに肩を叩かれ、ウィンチェルに体重を預けられながら、僕は『テリトンの鍛冶屋』にお邪魔して……、通されたのは、銀の円卓だった。
鍛冶屋には似つかわしくない、さながら会議室のようなところに、円を描くように僕たちは座らされて……、女冒険者さんならぬ、女騎士さんが、真剣な雰囲気で、口火を切った。
「それではこれより――集団変異体と化した、もどき討伐の経過について、報告いたします」
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