二章 集団変異体・もどき討伐戦線

5.【カンガンド大帝国】のお城を目指して



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 【カンガンド大帝国】の騎士団っていうのは、【メリアル王国】の中でもそこそこ有名であり、ウィンチェルが珍しく「ワクワクしていた」、なんて言っていたのも納得っていうか、なぜなら彼らは、ドラゴン・スレイヤーの称号を手にしているのだ。


 


 ……そもそも、竜やら龍やら、ドラゴンやら、古代の生き物っていうのは存在すら珍しく、ゆえに討伐数も少なくて当たり前の時代でもある。


 これもまた、かの有名な【ミレアム魔術学園】の教授がテレビで語っていた内容ではあるのだが、


「――恐らく惑星【レディズ】には未開拓の地がある。を発動させていて、感づいたのじゃ。空間魔術やマジックバックで繋がるような異空間――と同様のものが、この世界のどこかに、存在しているのではないかと。そしてそこにまた、新たなる世界が広がっているのではないか、と。わしは、思うのじゃよ」


 ということらしく、その最たる例としては、ドラゴンの存在が挙げられた。


 ……ほとんどどこに生息しているかも分からず、にも関わらず年に一度ほど姿を現し、そして十年に一度は、人間の営みに火球を放つ。


 そんな恐るべしドラゴンは、目に見える範囲の【レディズ】には生息しておらず、どこかべつの異空間に、巣穴を広げているのではないか?


 ……存在すら幻じみているのに、人間なんて鼻息で殺せてしまう強さを持っているドラゴン――を討伐した者に与えられる称号が、ドラゴン・スレイヤーだった。


 ちなみに【天の惑星】の僕以外のメンバーはみんなドラゴン・スレイヤーで、っていうか、パーティーに所属しているので、僕もドラゴン・スレイヤーとして見なされていたりもする。……マジで終わっている。



「……ところで、ウィンチェル」


「? ……なんですか? 先輩」


 

 眠たげなウィンチェルは、表情だけではなく声すらも眠そうで、怠そうで、まあ、僕が声を掛けるまで瞼を下ろしていたのだから当然なのだが、心なしか、その癖のある髪の毛も垂れ下がっているような気がした。


 が、ウィンチェルのそういう態度というか、仕草みたいなものは、僕からすれば慣れたものなので、特に気にしない。気にせずに、訊く。



「……あのさ、なんで移動、ダーク・ホースなの? 普通に、君のとか、空間魔術とか、あるいはとか、そういうので移動できるって、僕、結構、期待していたんだけど?」


「まあ、私はべつにそれでも構いませんけど。……ラツェルさんに訊いてくださいよ」



 面倒くさそうに言って、再び目をつむるウィンチェルは、いま、僕の正面に、白い足を伸ばしながら座っている。……足、長いな。


 ……ダーク・ホースっていうのは四つ足のモンスター家畜で、四本の長い脚が、とてつもなく強靱につくられているので、主に、移動用に使われていた。


 そんなダーク・ホースを動力としたの中に、僕とウィンチェルは腰掛けていて、ちなみに馬車の床や壁はすべて、ウィンチェルによる液体魔術によって加工されており、クッションのような素材になっていて、快適である。


 ……馬車というのは、僕みたいに魔術の才能の少ない人間にとっては最良の移動手段で、しかし、がたがたと、路面の影響をもろに受けてしまうのが欠点でもあるわけだ。が、車輪もまた液体魔術で加工されており、そもそも【天の惑星】の馬車は揺れないようになっている。


 馬車酔いすることも、お尻を痛めてしまうこともなく、なんならいまのウィンチェルのように、快適な眠りに就くことすら可能なのだ。


 ……とはいえ手間は手間だし、長時間、馬車の中にいなければならないっていうのは、それなりに窮屈で、退屈でもある。


 だから今日、朝にみんなで集合した後、僕としてはてっきり、ウィンチェルの魔法とかで【カンガンド大帝国】のお城まで移動するんだろうな~、と思っていたのだ。


 それが、四人と一緒に歩いて向かったのは帝国都市の出口で、都市を囲っている壁に沿ったところに、ダーク・ホースを貸し出しているお店があって、普通に、ラツェルはダーク・ホースを一頭借りて、それから馬車の箱を、自前のマジックバックから取り出していた。


 …………なんでわざわざ、馬車で移動なのだ?


 ……ちなみに【カンガンド大帝国】のお城は、都市部には造られていない。というか、人の営みの目立つところには建てられていない。



 城があるのは、都市からだいぶ離れた、それこそ、四方を草木と川に囲まれているような、自然豊かな場所である。


 しかも城はすべて金属で錬成されており――空高く、天をくように、屹立しているらしい。


 ……ダーク・ホースによる馬車の移動で、およそ、四時間は掛かる距離でもある。



 まあ、僕としては、調練という話なのだから、都市部にある、騎士団の詰め所でも構わないのではないか? という気が、しないでもない。もちろん、今日の朝にアーラーが出向いたような、小さな詰め所では駄目だろうけれど。


 それでも都市部には、詰め所の本部とでも呼ぶべき場所があって、事前に調べた感じでは、かなり広い敷地を有しているそうだ。そこに詰めている騎士の数も、百を越すのだとか。


 であるならば、べつに、そこで調練をする……、のか、調練に混ざるのかは判然としないが、まあともかく、お仕事をこなす感じでもいいのではないか? という感じが、しないでもないのだけれど。


 ……調練は、やっぱり嘘っていう感じなのだろう。



「ラツェル」



 と、僕が声を掛けるのは馬車の外で……、窓から顔を出すと、まず、草と花の新鮮な香りが、肺臓いっぱいに吸い込まれていく。


 馬車はちょうど【スレナ大平原】を走っているところで、帝国に来た際には通らなかった……、というか、行きはウィンチェルの空間魔術による移動だったので、そもそもどこも通ってはいないのだが……、初めてのところゆえか、ラツェルは、気持ちよさそうに、


 ……ランニングだ。


 意味が分からない。


 これから帝国騎士団との、何らかの仕事があるっていう状況なのに、よくもまあ、ダーク・ホースと併走できるものである。

 

 ……しかも、アリープと談笑しながら。


 肌着にも似たウェアに身を包んだ二人は、白と褐色のコントラストを草原に走らせていて、もしもここに腕の立つ絵描きがいたのならば、なにかしらの絵画の題材にされてもおかしくはないのではないか? というほど、周囲の自然に、見事に溶け込んでいた。


 ……走る二人は僕の声かけに気がついていないようで、


「ねーラツェルラツェル! さっきホワイト・バードが土の中に潜ってった! 見た? あっちらへん!」


「ん? 見てないけど、ホワイト・バードは土の中には潜らないよ。海に潜ることはあるけど」


「えー? でもさっき本当に潜ってったよ! あたし見たもん! 白い羽がぶわわわわって震えて、ドリルみたいになって、土に潜ってった!」


「……たぶんそれ、ホワイト・バードじゃないね。、じゃないかな? ホワイト・バードに化けているのかもしれないよ。なら、土に潜ることもあるし」


「あー。かあ。じゃあ、あり得るね。あ! じゃああたし、いまから退治してこよっかな? あたしみたいに騙される人いたら、危なくない? もどきって騙して襲ってくるじゃん! 倒してくるよ! いい?」


「間に合いそうなら構わないよ。手、貸そうか?」


「間に合うよ! あと、ひとりで十分! あたしを誰だと思ってるの? 【暴れ竜】の、アリープ様だからね!」


 ……なんて具合に、僕には理解不能な会話をしていて、そしてアリープは一気に加速して、草原くさはらに深い足跡を刻みながら、を目撃したであろう地点に、走って行った。


 なびく、赤と黒のまだらの髪の毛が、まるで旗みたいに、一直線に伸びている。


 その背中があっという間に点になった頃、僕はまた、ひとりで走っているラツェルに声を掛けた。



「あの、ラツェル。……ちょっと、訊きたいことあるんだけど。大丈夫?」


「ん? ああ、大丈夫大丈夫。……あれ、ウィンチェルは? ……ああ。寝ているのか。そういえば彼女、寝不足っていう話だったものね」


「寝息立ててるよ。まあ、寝たふりをしている可能性もあるけど。……ちなみになんだけどさ、これ、【カンガンド大帝国】のお城に向かってるっていう認識で、いいんだよね?」


「? もちろん。どうしたの? ハチタくん。まさか私まで、もどきになっているとか疑っているのかい? ……だとしたら心外だね。是非、くまなくチェックしてもらいたいところだけど?」



 走りながらに僕を振り返り、両手を広げて無防備をアピールするラツェルには反応せず、僕はちょっと考えて、さらに質問を重ねる。



「これから帝国の騎士団の面々と、調練だよね?」


「うん。調練、っていう話を受けているね。話、というよりも依頼って感じだけれど」


「城で?」


「そりゃあ、城に向かっているのだから城だよ。……どうかしたのかい? ハチタくん。本当に、細かいところまで気にしちゃって。なにか気がかりでもあるのかな?」


「なんで移動はウィンチェルの魔術とかじゃないの?」


「うーん。気分、かな」



 と、頬に指を当てながら答えるラツェルは、同時に蠱惑こわく的に、それこそ獲物を前にしたスネークのように目を細めていて、ああ、これはラツェル、なにかを隠しているなと、僕は確信を得る。


 たまに、あるのだ。


 ラツェルの悪戯心なのか、あるいは茶目っ気なのか、それとも僕たちを試そうとしているのか、あえて僕たちに与える情報を少なくして、サプライズ的に、後から真実を披露してくる、という事例が……、過去に、幾つもあった。


 つまり、意図的だ。


 僕たちは【カンガンド大帝国】の騎士団と調練をする、という情報しか手にしていないけれど、ラツェルは他にも何らかの情報を手にしていて、だから、いま、馬車による面倒な移動をしているのだ。



「……僕にだけ教えてくれない?」


「ん? つまり、私とハチタくんの二人だけの秘密ってやつだね。それは中々、そそるじゃないか」


「……教える気ないな、その言い方は」


「ふふ。いやいや、そんなつもりはないよ? そんなつもりはないけど、隠していることなんて私はなにもないからさ。ほら。ないものは与えられないんだよ? ハチタくん。ごめんね?」


「謝る気ゼロのくせに謝るなよ。…………まあ、いいや」


「あれ。やけにあっさりと引くね? いいのかい? 私、実を言うと押しには結構弱いほうなんだよ? ぐいぐい来られてしまったら、明かしたくないことも、口にしちゃうかもしれない。あれもこれも、ハチタくんに喋ってしまうかもしれないよ。……それでも、引いて、いいのかい?」


「いいよ」



 僕は端的に答え、なぜならラツェルはどうせ教える気なんてさらさらないだろうし、僕との会話を引き延ばそうとしているだけだと分かるからで、名残惜しそうにするラツェルを置いて、僕は馬車の中に引っ込んだ。


 そうして、ウィンチェルの、眠り姫にも似た寝顔を眺めながら、一つ、大きなあくびをする。


 ……僕の長所っていうのは、開き直りが一つ挙げられるけれど、他にも諦めの良さっていうのもあって、僕はもうラツェルから情報を引き出すのを諦めていて、なるようになれ、という精神状態になっている。


 なるようになれ。


 まあ、僕がそう祈らずとも、なるようになるのだけれど……。


 やがて退屈を持て余した僕は馬車の箱から出て、ダーク・ホースにまたがっているアーラーと会話をして、それからを討伐して戻ってきたアリープとボード・ゲームに興じ、さらにそのゲーム中にウィンチェルが起きて混ざり、ワンゲームが終了した頃に、村についた。


 午後二時。


 城と都市部の間にあるその村は、田舎村だからこその長所を活かした農耕を盛んにおこなっているようで、田んぼと畑と家畜が目立ち、採れたての野菜や卵を使った料理を、村の名物として、振る舞っているようだった。



 ダーク・ホースを村の手前に待機させ、馬車の箱を収納し、ラツェルは意気揚々と、僕たちに言った。



「よおし。ちょうどよく村についたね? ここですこし、休憩がてら、ご飯にしようか。ちょうどいい時間だしね? ……ふふふ」



 ……最後の意味深長で、意地悪な笑みによって、この村に立ち寄ることこそが、馬車で移動した理由なのだと、僕には理解できた。


 つまりラツェルが明かしていない秘密的なものも、この村に隠されているか、あるいはこの村で披露されるっていうことでもあり……、まあ、やっぱり、物事っていうのはなるようにしかならないのだけれど。


 僕はまた一つ大きなあくびをして、対照的に、いつでもどこでも元気であるお転婆娘のアリープに腕を引かれるようにして、村のアーチをくぐった。



 【シレイヌ村】の村民は、愛想のいい笑顔で僕たちを歓迎してくれる。



 ……ただ、その笑みがちょっと不気味に思えたのは、きっと気のせいではないだろう。





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