4.ダウナーな【魔女】と、お買い物


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 まあ、伊達に、【メリアル王国】の領地内に存在する冒険者パーティーの中で、最強、と呼ばれているわけではないというか。


 そもそも、僕たち【天の惑星】が最強と呼ばれている理由っていうのは、二つ名が影響しているわけではないっていうか。


 たとえば【メリアル王国】には僕たち以外にも、たくさんの、有望視されている冒険者パーティーっていうのがあって、代表例としては【レチゾンの地割れ】だとか、【深海火口】であったりする。


 で、その二つのパーティーは僕たちとは違い、十人規模のパーティーで、しかも、二つ名持ちが大半を占めている。


 にも関わらず、【天の惑星】が最強とされているのは、端的に、実力ゆえだった。


 【暴れ竜】と名を馳せる前からアリープは無敗の一番槍だったし、【聖なる盾】を拝する前からアーラーは王国騎士団の筆頭騎士だったし、【魔女】と周囲におののかれる前から、それこそ一緒に通っていた魔術専門学校時代から、ウィンチェルは異質ゆえに、注目を集めていた。


 【勇者】であるラツェルも同じく、託宣を預かる前から、つまり僕と出会った頃にはもう、【レチゾンの地割れ】に勧誘されていた過去を持つ、才能ある冒険者だったのだ。


 ……だから。



「む。遅かったな? ハチタ。それに、ウィンチェルもか。……大丈夫だったぞ。拙者ひとりで、なんとかなる相手だったゆえにな」



 僕とウィンチェルが空を経由して、悲鳴の上がった現場に到着した頃には、もう既に、なにもかもが、終わっていた。



 ……で、アーラーから話をゆっくりと聞いてみれば、悲鳴を上げたと思しき、中年の、兎耳族の店員――彼女はアクセサリー店で働いているらしいのだが、早朝にいきなり、野蛮な強盗に襲われたのだという。


 そして、その強盗はいま、完全に状態で、つまりは意識を失った状態で、店先の地面に、口づけしていた。


 かたわらに立っているのは、汗一つ浮かべていない、涼しい顔をしたアーラーで、彼は悲鳴が上がってから五秒後には、道の街路樹に魔術によって擬態していた強盗を見抜き、引っぱたいて、気絶させ、店員の前まで運んできたのだという。


 さらに店員のケアも万全で、【聖なる盾】であるアーラーには付与魔術バフの心得もあるので、精神の安定も、施されたあとだった。


 ゆえに店員は強盗に遭ったというのに落ち着いていて、しきりにアーラーに感謝しつつ、頬を、赤く染めている。……おいおい、一回りくらい歳が違うように見えるけれど、年齢とか関係ないのかな。イケメン野郎の、イケメンフェロモンには。


 それにしても、とんでもないスピード感である。


 僕としても素早くウィンチェルに連絡を入れ、それなりの早さで現場に駆けつけたと思っていたのだけれど……、まあ、僕の早さなんていうのは、それこそアーラーからしてみれば、ビッグ・タートルの歩みにも似ているのだろう。


 で、どこか気まずい雰囲気が流れる中、とりあえず犯罪者に関しては、帝国の法によって裁かれるし、犯罪者を引っ捕らえるのは、帝国騎士団のお仕事である。


 ということで、僕はアーラーに言う。



「……これ、帝国騎士団に報告しないといけないけど。……アーラー、やってくれない? さすがに僕、帝国騎士団と顔合わせするのは、、ちょっと嫌なんだよね。……まあ、どうせ、


「む? ああ。騎士団か。そうだな。拙者がこやつを連れて、騎士団の詰め所にでも行くか。……店員殿。状況を説明するため、拙者と一緒に来てくれるか?」


「っ、はい! もちろんです! どこまでもお供いたします!」


「いや、どこまでもというか、詰め所までなのだが……。そうだ。ハチタ。買い出しは、悪いがウィンチェルと行ってくれるか? すまないな」


「ああ、オッケーオッケー。むしろ、悪いね。付き合ってもらったのに、面倒ごとを押しつけるみたいになっちゃってさ」


「構わぬさ。適材適所というやつだ」


「…………え? あの、私、いまから寝るつもりなんですけど。帝国騎士団との顔合わせは、正午の予定ですよね。それまで私、短いながらも、睡眠時間を確保するつもりなんですけど? アーラーさん?」


「む。二度寝か? この時間からの二度寝はよろしくないな。ハチタを頼むぞ? ウィンチェル。拙者は、この強盗めを連れて行くゆえな」


「いや、だから私、寝ていないので……」


「よしウィンチェル。ふたりで買い出しに行こう。……あー、専門学校時代を思い出すね? よく工作の道具を買いに行ってたもんね? ほら、僕は面倒だから行きたくなかったけど、ウィンチェルが行きたい行きたいって言うから、しかも、あのときのウィンチェルは極度の人見知りで、ひとりで買い物するの苦手だからって、僕は仕方なくついて行ってたよね? 可愛い後輩のお願いだからさ? ね?」


「…………分かりましたから、それ以上、掘り返さないでください。ぶっ飛ばしますよ」



 そして、店員さんよりも頬を赤くさせたウィンチェルに肩を何度もパンチされながら、アーラーと別れて、僕たちは、早朝に開いていた、【サザミラ共和国】を発祥地とする、武具商店へと戻った。


 都市の一等地に建てられているということもあり、外から見ただけでは狭く、品揃えの悪そうな店内に見えたけれど、中は空間魔術で拡張されていて、恐ろしいくらいに広々としていた。


 うーん。店の端から端まで歩いたら、たぶん三分くらいは掛かるのではないか? と思えるほどの規模であり、なるほど、さすが世界全域にお店を広げているだけあった。


 それに武具商店という看板でありながら、売られているものには、食品や生活用品もあったりして、もはや何でも屋さんだな、という感じである。


 で、僕とウィンチェルは店に備えつけられているマジックバックに、ぽいぽいぽいぽい、必要なものを投げ入れながら、店を練り歩き、ああ、この分だと今日の準備は間に合うかもな、と希望を抱く。


 ちなみに必要なものというのは、武具商店で必然的に売られているような、量産品の剣やら槍やらステッキやら、盾やら兜やら鎧やら、戦闘に必要なものを主として、他にも携帯食料や、サバイバルに使う汎用性の高いロープ、一回分の魔術が込められた、マジックアイテムやらである。


 ……揃わなかったら揃わなかったで、無能なりにめちゃくちゃ頭を下げて謝ればなんとかなるだろうと思っていたのだが……、まあ、この軽い頭を下げなくて済んで、良かったと思うべきか。



 【カンガンド大帝国】が誇る帝国騎士団の調に、我が【天の惑星】は、招かれていたのだ。



「……にしても、本当の要件ってなんだと思う? ウィンチェル。……どう考えても、調練が主な目的って感じじゃないよね。準備するように求められているものも、べつに僕たちが揃えなくても、普通に帝国騎士団で揃っていそうだし。……万が一に揃っていなかったとして、僕たちにお使いを頼む理由も分からないし。ていうか、仮にも他国の冒険者である僕たちを呼ぶのに、こんなに待遇が良くて、それでただの調練なんて、嘘くさい感じ、しない?」


「……さて、どうなんでしょうね? あるいは帝国騎士団が名ばかりの見栄っ張り集団で、買い出しすら出来ない烏合の衆っていうこともあり得ますよ。だから、わざわざ私たちを呼び出して、道具を買わせているのかも」


「……ウィンチェル、帝国騎士団に恨みでもあるの? 眠いのは分かるけど。……、まあ、分かるよ。眠いと、イライラするもんね?」


「……眠いからイライラしてるってわけじゃないですけど。私、面倒なことが嫌いなんです。それでイライラしてるんですよ」


「…………ごめん」


「? なんで先輩が謝るんですか。……話、戻しますけど、先輩の言うとおり、他に目的があるのは分かりきっていることですからね。……それをまだ明かされていないという状況も、ひじょうに面倒極まりない。しかも最初の依頼が、買い出し……、私たちを、なんだと思っているんですかね?」


「冒険者パーティーだと思ってるんだよ」


「アーラーさんの向かった詰め所、ぶっ飛ばしてもいいですか?」


「駄目だよ。アーラーが傷つくから。彼、めちゃくちゃイケメンだけど、ちょっと繊細なところもあるんだよ。……仲間からの攻撃とか、結構、心に響きそうだし。やめておいてくれ」


「…………王国のギルドから、『帝国騎士団からの依頼が来ているよ』と説明を受けたときは、もうすこしワクワクしていたんですけどね」



 いらいらとした様子を隠そうとせずにウィンチェルは言い、実際に彼女は、乱暴に、空中の魔素マナを操って風を起こし、商品を商品とも思っていないような扱い方で、マジックバックに放り投げていった。


 ちなみにマジックバックは僕の持っているリュックサック型のものとは違い、かごの形をしていて、容量としては、王国にある大衆銭湯の、大浴場くらいはあるだろうか?


 僕は頭の中のメモ帳にレ点を入れ続け、必要なものがちゃんと揃っているか、整理を続ける。そうしながら、ウィンチェルに言う。



「……ウィンチェルがワクワクなんて、珍しいこともあるもんだね。六、七年の付き合いだけど、初めて聞いたかもしれない。ワクワクしていた、なんて」


「そうですか? 私、専門学校時代は結構、ワクワクしていましたよ。毎日毎日、ワクワクすることの連続でした」



 そうなの? と聞き返そうとしたけれど、ウィンチェルが意味深長に、その、紫の宝玉にも似た瞳で僕を見上げてくるので、僕は言葉を詰まらせる。

 

 ていうか、ウィンチェル、専門学校時代はほとんど僕とつるんでいたし、もはやそれ、僕と一緒にいるとワクワクするって言っているようなものじゃないか? ……うぬぼれか? うぬぼれかもしれないな。


 という感じで僕が無言になっていると、ウィンチェルは視線を僕から逸らして、また乱雑に、それでいて繊細に、風を操って、必要な準備物をマジックバックに入れていく。


 ……そうして、気がつけば僕たちは店内を一周して、レジの前に立っていた。


 頭の中のチェックシート、レ点はすべて埋まっていて、どうやら、帝国騎士団の面々に対して負い目を感じる必要も、頭を下げる必要もなくなったらしい。


 会計はパーティーの共有資産で行い、しかしもちろん、店員からはちゃんと領収書を頂戴して、後から帝国騎士団の方に請求する予定である。会計を済ませると、今度はマジックバックの中身を、僕の所有しているリュック型のものへと移動させなければならず、それはそれで骨が折れる作業でもある。


 と、僕がひとりであるならば思っていただろう。


 レジを抜けた先のスペースにおいて、ウィンチェルが空間を繋げる魔術を行使して、簡単にマジックバックの中身を移動させてしまう。しかも案の定の無詠唱であり、いやはや、空間を操る魔術すら無詠唱で扱うなんて、やっぱり【魔女】様は【魔女】様なんだな、とかって、僕は思わず感心してしまう。




 外に出ると、店に入るときよりも日が高くなっていて、往来も、賑わいつつあった。


 たぶんアーラーも詰め所からホテルへと戻っているだろうし、僕とウィンチェルも戻ることにする……、のだが、そのついでに朝飯を済まそうと、てきとうな定食屋さんに入って、二人で日替わりの朝ランチを注文した。


 朝ランチの内容はバード・エッグを中心とした質素なもので、僕はビーフとエッグを平たいパンにのせて、一息に食べてしまう。


 対してウィンチェルはナイフを使い、エッグもベーコンもパンも、なんならサラダですら切り刻み、口に運んでいく。


 お互いに会話はなく、しかしべつに険悪というわけでもなく、むしろ心地よさがあって、ああ、専門学校時代もこんな感じで、ウィンチェルとご飯を食べていたよなと、すこしノスタルジーな気持ちになってしまう。


 やがて、得たいの知れない酸っぱいジュース(恐らく帝国で採れる果物の果汁だろう)を飲み込み、二人して唇をすぼめたところで、ウィンチェルが、呟くように言う。



「もう、今日は一仕事終えたので、ホテルに戻って一緒にだらだらしませんか?」


「残念だウィンチェル。一仕事終えたのは終えたんだけど、実をいうと、これから本題の仕事なんだよ。……帝国騎士団の調練とやらに、僕たちは、参加しないといけないらしい。……まあ、僕は休んでもいいと思うけど」


「駄目ですよ。先輩が休んだら。……逆に私の方が、休んだところで問題ないと思います。だから、休みます」


「それこそ駄目だ。一応、王国の代表としてきているわけだし、なによりひとりの友人として、ウィンチェルの凄さっていうのを、帝国騎士団に見せてやりたい気分になってるから。……ということで、一緒にだらだらするという案は却下だ。お互いにくたびれた顔をして、仕事に行こう。行きたくないけど……」


「……私がいまくたびれているのは、元をたどっていくと、先輩のせいなんですけどね? 先輩がアリープとデートして、だから買い出しが今日になったって、昨日の晩にラツェルさんから聞きましたよ」


「…………まあ、そういうこともあるよね」


「じゃあ、正午まで、一緒にダラダラしてくれますよね?」



 なにが「じゃあ」なのかは分からないけれど、頬杖をついて言うウィンチェルの瞳は真面目な雰囲気を発していて、よくよく観察してみれば、やわらかく持ち上がった紫の髪の毛も、明らかに逆立ちしつつあり……、有無を言わさぬ迫力が、ウィンチェルからは滲んでいた。


 ……この状況で僕がなにを言おうと、ウィンチェルは魔術を行使して、僕の首を縦に振らせるだろう。


 伊達に長い付き合いではないので、それくらいは分かってしまうのだった。


 

 そしてウィンチェルに促されるままに、僕はウィンチェルの泊まっているホテルの部屋へと赴き、案の定にベッドに引きずり込まれ、そのまま抱き枕としての役割を果たし……、ウィンチェルが寝たあとに、僕も意識を手放してしまったようだった。


 まあ、朝早かったから、仕方がないね……。


 目覚めたときには、もう帝国の城へと向かわなければならない時刻となっており、僕とウィンチェルは揃ってホテルを出て、アリープ、ラツェル、アーラーと、合流した。



「おっすおっすー! ふたりともちょい遅かったね! じゃー行こっか! れっつごーれっつごー! …………ちなみにハチタ、なんで寝癖ぼーぼーなの?」


「……いろいろあったんだよ」


「ふうん。さすが、ハチタくんといったところかな? 帝国騎士団と初対面するっていうのに、のままで来るなんて。……その肝の据わり方、私もあやかりたいものだよ?」


「皮肉にしか聞こえないからやめろ、それ」


「睡眠は身体を動かすのに重要なものだからな。ハチタもそれをよく理解しているのだろう? 拙者には、分かるぞ」


「うん。そうだね。もうなんでもいいよ。あはは。あはははは! 僕たちは親友さ!」


「先輩、帝国騎士団に喧嘩を売る気、満々ですもんね? さっきも帝国騎士団なんて買い出しすら出来ない集団だって、啖呵切ってて」


「おまえは黙ってろ」




 ……ちゃっかり、ほんとうにちゃっかり、僕が眠っている間に、ウィンチェルは湯浴みを済ませたらしく、身だしなみが整っていて……、そして僕は、寝起きゆえに寝癖がぼーぼーだった。


 まあ……、僕はほとんどおまけみたいなものなので、べつに、いいか……。

 

 という感じで僕はすぐさま開き直り、そして僕たち【天の惑星】は、まぶしい晴天の下、【カンガンド大帝国】の城へと、歩き出した。






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