75、不審者に問答無用の尋問タイム
※※※
「……い、おい! 何があった!?」
暗い部屋の中、ドンドンとドアを乱暴に叩く音が響き渡る。反応がないことがわかると、ノックは次第に焦ったような力任せのものに変わっていった。見た目ばかりを繕った板切れが軋み、悲鳴をあげる。乱暴さに今にも壊れてしまいそうだ。
「――あ、ああ、だい、大丈夫だ。なんともない」
「……本当かよ? ガキふたりにずいぶん手こずったみてぇじゃねえか」
「わ、悪い。こっちの若いのがドジってよ、味見がしてぇって聞かねえもんだから」
しかしそれも部屋からの声にピタリと止まった。仲間とでも話しているのだろう、ドアの前に立っているであろう誰かはこちらに聞こえないくらいの音量でボソボソと話した後、苛立ちを隠さない盛大な舌打ちを響かせた。
「チッ! 紛らわしい真似してんじゃねえよ! つまむってんならもっと静かにしろってんだ」
「は、はは、悪い悪い。よく言って聞かせとくさ」
「……で、ガキ共は。まさか使い物にならなくしたってんじゃねぇだろうな」
「まさか! どっちもぐっすりだ。よく寝てる。ちょっとやそっとじゃ起きやしないさ」
「そーかよ。じゃ、問題なしってことでいいんだな」
「そ、そうだ。いつも通りだ。やることは、何も変わらない」
「……へいへい。ま、ヘマすんじゃねーぞ」
男の言葉に納得がいったのか、扉の前から足音が遠ざかっていく。まばらな靴音はなかなか途切れない。どうやら声の人物以外にもかなりの人数が部屋の前に集まっていたらしい。
「――ガキのひとりでも逃がしてみろ。お前らの取り分はなしだからな」
「あ、ああ。わかってる」
仲間に向けたものとは思えないやけにドス効いたひと言だけを残し、気配は完全に消え去った。少なくとも俺にはそう思える。男の縋りつくような視線を無視し、確認のためにライゼに目を向ければ無言の頷きが返ってきた。
もう聞かれる心配はない。ライゼの反応にその確信を得て、俺は足元へと視線を戻す。
「…………いっ、言った! お前らの、いう通りにしたっ!」
それだけで男の、取り繕っていた仮面が剥がれ落ちる。さっきまでの余裕ある会話が嘘のように、縛り上げられた三十路男は焦りと恐怖に塗れた声をあげた。シーツで縛り上げられた手足が床の上で跳ねまわる様子はまるで活きのいい魚のようで、あまりの暴れっぷりに見ているこっちが心配になるほどだ。
だが、男はそんな心配など気にもしていない。ただ必死に、ライゼから少しでも距離をとろうともがき続ける。
「なっ、なっ? だ、だから、わかるだろ?」
「お静かに」
「お、お嬢ちゃん。確かに俺らが悪かった。でも、全部が全部俺らのせいってわけじゃねえんだ。わかるだろ? 生きていくために――そう、ほ、ほんの少しの気の迷いってやつだ。善いことばかりじゃ食ってけねえ。だから、なあ、頼むって。勘弁してくれ」
「……確かに約束は守っていただきましたが、まだ聞きたいことが残っていますので」
食い逃げしようとした奴が似たようなこと言ってたな、確か。
俺は生前の店での記憶をぼんやりと思い出しながら静かに告げる。男の目はあの日の食い逃げ犯と同じだった。気を失った若い男とドアとの間を行ったり来たりで、謝罪よりここから逃げ出す隙を伺うので忙しいらしい。まあ誠心誠意謝ろうと、子供に奴隷だの味見だの言う変態野郎の言葉を信じる気は毛頭ないが。
相手は俺が子供だからか舐め腐っているのか、バレバレの三文芝居で同情を引けたと思ったのか、「わかるだろ」とでも言いたげな表情で縛られた腕を差し出してくる。誰が解くか変態野郎め。
思いっきりその合図を無視すれば、男の顔に浮かんでいた薄ら笑いがさっと怒りへと変わる。ほら見たことか。
「んだよっ! 俺、俺ぁ言う通りにしたじゃねえか! こんのクソ奴隷が、ガキは黙って大人の言うことを――っ!」
俺が「ライゼ」の「ラ」を言うよりも、その動きは早かった。ライゼの大きな手が男の両頬を挟み、黙らせると同時にその表情を恐怖に歪んだひょっとこ顔に無理やり変化させる。
「この程度の薄い肉、すぐに穴を開けてやってもいいんだがな」
「……!」
「わかったな? わかったなら一度で学習しろ」
「……! ……!」
男が必死で首を縦に振るとライゼはゴミでも捨てるかのような手つきで顔から手を離した。どさりと床に落とされた男は歯がガチガチと鳴るほどに震えており、血の気の失せた頬からは赤い筋が一本垂れている。
ようやく本気で「やる気だった」ということがわかってくれたようで何よりだ。というかここまでされないとわからないのか。
「では、質問です。この宿にあなた方の仲間は何人いますか?」
「……あんたらより大勢、とだけ言っとくよ」
曖昧な返答にイラつきながら俺はまだ顔色の悪いカミラへと視線を向ける。薬の影響かまだぼんやりとした表情の彼女だったが、俺と目が合うと申し訳なさそうに顔を伏せた。
「……申し訳ありません。アオイ様に危険が及んでいたというのに、このような醜態を」
「落ち込まないでください、カミラ。相手は薬を使ってきたんです。仕方ありません」
今にも唇を噛み切りそうな女騎士の背をさすりながら俺は言葉を続ける。ガネットにも効くほどの薬だったのだ。人間のカミラがどうにかできるわけがない。そう考えるとなおの事、俺とライゼに効かなかった理由がわからないが、今それは後回し。
「それより、今怒鳴り込んできた相手です。彼は――」
「はい、間違いありません。あの声は、宿の主人のものでした」
やっぱり。どこかで聞いたことがあると思ったらこれだ。
カミラの返答に内心で落胆しつつ、俺は目を泳がせている男に視線を落とす。一応頭に浮かんでいた「宿の人間に助けを求める」という案に二重線を引いて消しながら。
「質問を変えます。この宿にいる全員が、あなた方の仲間なのですね?」
「……」
沈黙の肯定。つまりはこの宿自体がこいつらの狩場だったというわけである。どうなってんだこの世界の治安は。
初っ端から危ぶまれる国の状況に頭が痛くなってきて思わず額に手をやれば、カミラから「すみません」という消え入りそうな声が返ってきた。
「もう少し慎重に選択をするべきでした。その上、この程度の薬に屈するなど……わが身の至らなさを恥じ入るばかりです」
「……どうかあまり自分を責めないでください。あなたは私たちが休めるようにと手を尽くしてくれただけじゃないですか」
初めて来る国に、初めて入る宿。それが罠かどうかなんて予想できるわけもないのだから誰も悪くない。しいて言うならば罠とか仕掛ける奴らが悪い。
しかしそれでも納得がいかないのか、カミラが小さく「しかし」と呟く。恐らくはこの状況を自分のせいとでも考えているのだろう。
気に病みすぎるな、と続けて言おうとしたときだった。何故かじっとこちらを見つめるガネットと視線が合う。何か興味を引くことでもあっただろうか。しかし「何か?」と尋ねた俺に返ってきたのは実にどうでもよさげな「別に」という返事だった。
「あんたとそいつのお涙頂戴劇場なんかにゃちっとも興味ないね」
「は、はあ?」
「……ただ、そうさね。思っただけさ。そいつの信仰心はその程度だっ――」
それが耳に届くより早く、俺は手元にあったものを適当に掴んでぶん投げた。
聞こえてない? 聞こえてなかったか、よし。
俺はきょとんとした様子のカミラを確認して、顔面に枕がクリーンヒットしたガネットからの罵詈雑言を聞き流す。まったく、そんなことを聞いてただでさえ落ち込んでるカミラがショックを受けたらどうしてくれる。責任感が鎧を着て歩いているような彼女のことだ。唇どころか舌を噛み切りかねない。
「ゴホン! し、質問を続けますね」
多少強引な気はする。が、さっさと話題を変えたかった。サトルがガネットにデコピンをかまして黙らせるのを見届けてから、俺は縛られた男に再び質問を向ける。
「あなた方は私たちを奴隷だといいましたね。その根拠は?」
「……この国に入るガキは二種類しかいねえ。奴隷商に捕まった間抜けなガキか、何も知らねえガキかのどっちかさ。あんたらは家族に見えなかったもんでよ」
「……では、何故私たちを捕まえようと? どこかに売りさばきでもする予定だったのですか?」
「は? んなことするかよもったいねえ!」
本当に、心からもったいないと言いたげな反応に思わず面食らう。てっきり子供を攫って金を稼ぐ、人身売買の類かと思っていたからだ。
「…………なら、なんのために?」
「薬だよ。薬。決まってんだろ」
やけくそ気味の男の言葉は淀みなく、その表情はとても嘘を言っているようには思えない。
しかしどうか嘘であってくれと、続いた言葉にそう思わずにはいられなかった。
「この国の女神様はよ、子供を渡しゃ薬を作ってくれんのさ。……ま、作っていただく立場からすりゃ、材料くらい持っていくのが礼儀ってもんだろ?」
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